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トップ  >  黒人形作  >  cross drive  >  cross drive 第一話
その奇妙な同居生活は3週間前の、僕の高校入学式の日の前日より始まった。
家より遠い、有名私立高校に進学した僕は、否が応でも下宿する羽目になった。
家を探し始めたのは合格発表後であった。明らかに部屋探しするには遅く、手ごろないい部屋はもうなくなっていた。3つほど不動産屋を回ったが納得する物件は見つからず、腹の虫がなったのでファミレスに寄り、昼食をとる。
ここまですべてを凡打した期待のルーキーのごとく意気消沈していた僕は、注文をとるウエイトレスが去った後、机に上半身を突っ伏して店内を眺める。こういうときこそ、話し相手がいて欲しい。親にでもついてきてもらえば良かったと考え、それは寒いなと思い直しているころにバイトのお姉さんが、僕が頼んだ料理をマニュアルどおりの文句と共に運んできた。
食べ終わり店から出るころには、もう日が翳り始めていた。早く見つけないと旅費も無駄になると思い、次の不動産屋に向かう。いかにも、といった感じの古い店で、なかには初老の男性が2人、書類整理をしているだけだった。戸を開けたのに、こちらに気づいてない。
「あのー」
僕は少し弱めに言う。やはり、気づいてない。
「あのー」
先程よりも強めに。それでも、気づかない。
「あのー!」
音楽で言うところのフォルテッシモで叫ぶ僕を、片方の男性がやっと気づいた。
「はいはい。なんでしょうか?お部屋をお探しですか?」
その男性は眼鏡の位置を直すと、自分が座っていた机から適当なファイルを取り出し、僕に見せる。

「えっと…駅から15分で行けて、月3万の部屋って…ありますか?」
僕が要望を言うと、男性はパラパラとファイルを捲っていく。やがて、ある部屋の間取り図が書かれたページを開いて、見えやすいように向きを変え、僕の前に出す。
「ここなら駅にも7分でいけますし、値段も3万6千円と手ごろですよ」
僕は部屋の間取り図をよーく見る。確かにいい部屋そうだが、目ざとく引っかかる文字を見つける。
「このトイレ共同って、同じアパートの人がトイレを共同で使うってことですか?」
「そうですが…」
「他のはないんですか?」
男性は、あからさまに嫌そうな顔をしてファイルをとって探していく。2,3個ファイルを変えたが見つからず、僕に対し、
「もうこの辺ではあれしか残ってないですね。すいませんが少し妥協されてはいかがかと」
と言ってくる。僕はどうしようかと思案していると、もう一人の男性がこちらに近づき、
「あの部屋なら、どうじゃろ」
と提案してきた。眼鏡をかけた男性は少しだけ思案して、一度自分の席に戻り、一枚の紙を持ってきた。
「この物件は、本来なら月々に7万円を取るところなんですが、このお部屋は3万2500円でお出ししております」
そういって出したのが、駅から歩いて3分にある比較的新しいマンションの一室の間取りだった。トイレ風呂付なのにこの金額は目を疑うほど安い。しかもエレベーターつきの19階建て中、12階だ。人気もあるだろうに。いろいろと考えているうちにひとつの答えに行き着く。
「ここって…その…でるんですか?」
僕はひそひそ声で言った。
「えっと…ええ。ここに依然住んでいた方のお話によりますと、夜中に犬の鳴き声がすることがあるそうで。ペット禁止なのにおかしいなと思ったら、いきなり金縛りにあって、そのあとずっと枕元に何かいるそうです。それが3回あったそうですから」
確かに、そんなことがあったらまともに住んでいられる人は少ないだろう。
「御札を貼っても、次の日にはその上に爪跡が残っていて、まったくと言っても効果がないそうです」
立派な心霊現象だなと思った。僕は作り笑顔を出しながら、
「大丈夫です。ぼくそういうお話信じてませんから。この部屋にします」

それからいろいろと手続きをして、部屋に入ったのが入学式の2日前。荷物整理をして、引越しそばを食べたのが21時だった。2LDKのひとつの部屋にまだ片づけが終わらない荷物を押し込んで、疲れたのか22時には目を閉じて寝てしまった。
物音がして、目が覚める。
体を横にして、ベッドの中から様子を伺う。カーテンをつけてない窓から、月明かりがのぞく。枕もとの目覚まし時計を確認する。時刻は2時24分。丑三つ時といったところだ。幽霊が出るにも、ちょうどいい時間帯。
また、物音。
その音は割と大きかった。次に、扉を閉める音。この部屋ではないことだけは確かだ。少し怖くて、身動きできない。暗闇に目が慣れたころ、勇気を振り絞ってベッドから降りる。
物音を立てないように、ドア際まで移動。ドアに耳を押し当てて、外の音を聞く。
足音が3つ。
とても軽いが、確実に歩幅の違う足音が3ついるのを感じる。それが何度も、リビングと物置と化した部屋を往復している。やがて、足音が止む。気配はリビングに集中している。ドアをこっそりと開け、リビングに向かって移動。もしかしたら泥棒かもしれない。僕は覚悟を決めた。手にはありあわせの、空のペットボトルがある。
「おりゃああああっ!!」
雄叫びと共に、突入。
「うわ!なに?」
「!」
「にゃんとぉ!」
中にいた気配の正体が、おのおのの反応を示す。彼らはこちらを唖然と見ていた。月明かりが、リビングを照らす。そこにいたのは…
3人の子供だった。
1人は巫女衣装を着た黄金色のセミロングの少女。頭から犬のような耳が、お尻から先端部が白い尻尾が生えている。その子はソファーの上で僕が持ってきた漫画を読んでいる。それが狐だと気づいて、目を移す。
その横で、肉にかぶりついているのは、ポロシャツにズボンという姿の少女とも少年とも分からないやつだった。こちらの耳は猫のようで、明るさの違う灰色がトラ柄のようになっていた。髪はおかっぱに切りそろえられている。こちらも尻尾が生えていて、波打つように動いていた。
1人ソファーの後ろに隠れているのが、とてつもなく長い髪の少女だった。全身真っ白なワンピースを着ていて、髪の毛も白。肌も透き通るほど白いから、目の赤さが異様に目立つ。こちらは頭からウサギの耳が伸びていて、見えないがおそらくお尻にはこれまたウサギのような尻尾がついているのだろう。
観察が終わるまでの数十秒間、僕らは身動きとれずに、にらみ合っていた。
これが僕が記憶する、奇妙な同居人たちとのファーストコンタクトであった。

それから、リビングの電気をつけ、散らかっていた物置(仮)を整理し直し、彼らにそれぞれ飲み物とこっそり親に内緒で買ったおつまみを出し、セカンドコンタクトに望むころには、4時を回っていたのであった。
「君たちは何者だ?何で人の家に、勝手に上がりこんでいるんだ」
僕は彼らを睨みながら言った。
「それはこちらのせりふじゃ。人が住んでいるとこにあんなガラクタつみおって」
狐耳の少女がお茶を啜りながら抗議する。それに続けとばかりに、猫耳の少年とも少女ともつかないのがおつまみをつまみながら抗議する。
「そうにゃそうにゃ!ここは俺達の居場所にゃんだから、さっさと出て行くがいいのにゃ!」
語尾が「にゃ」なのは猫だからだろうかと思案していると、ウサギ耳の少女がおどおどしながら、猫耳の少年の後ろに隠れてこちらを見つめる。その視線から、あからさまな恐怖と拒絶の雰囲気を感じ取り、困惑する。
「…わかった。一回落ち着いてくれ。このままだと僕の耳が壊れるからいっぺん黙ってくれないか」
この押し問答が続くこと20分。ようやく自己紹介のところまでこぎつけた。
「僕の名前は、神島 薫。今日からここに住むことになった人間だ。文句があるなら契約書を見せるからな」
「わしの名前は小野原 いなり」
「俺の名前は末島 たま」
「……」
ウサギ耳の少女は無言なまま、たまを見た。
「おい白梅!自己紹介!」
たまが促すが、首を横に振るだけで何も言わない。見かねたいなりが、
「この子の名は兎宮 白梅じゃ」
白梅はぺこりとお辞儀をし、すぐにたまの後ろに隠れる。その後いろいろと話を聞いた。要点だけまとめる。なぜまとめるかというと、3人(白梅は話さなかったのでほぼ2人)から事情云々を聞き終わったころには、日の出を過ぎてしまっていた。要点をまとめてみればそれはそんなに長くなかったので、いかに余分な部分が多く含まれていたのが分かる。
で、まとめてみると…
彼女らは『神様』だそうだ。正確に言うと、昔偉い陰陽師か何かに憑いていた式神で、その陰陽師を祀っていた神社がここにあったのを、ここにマンションができるときに取り壊してしまったがために、以来居場所がなく、偶然空いていたこの部屋に隠れ住んでいるとのことだった。正直、嘘くさい。
とにかく3人をどう扱おうと悩んでいるころに、妙な水音が鮮明に聞こえた。見ると、白梅がソファーに大きな水溜りを作っている最中だった。
「あー白梅!」
「わしにかかっとるぞ白梅!」
他の2人にも被害が及んでいるようで、結局、3人とも下の服をぬらしてしまったようだ。
「ふぁ…ふぁ…」
今にも泣き出しそうな白梅。正直、今大声で泣かれるといろいろとまずい。僕は白梅を急いで抱え上げ、風呂場まで連れて行く。白梅は僕に抱かれたことに驚いて、動きが止まる。脱衣所まで連れて行った後、ジェスチャーで黙ってくれと言う意思表示をすると、再度リビングに雑巾を手に持ち戻る。
被害は深刻なことになっていた。
先程とは別のところに水溜りができている。それも2箇所。そして、濡れ具合が先程よりひどい2人。僕は諦めて、2人を脱衣所に連れて行き、一念発起して床を拭く。ソファーのシーツはこの前買ったばかりだ。それを丁寧に取り外し、洗濯機に放り込む。時刻は5時30分。汗をかいたので、朝風呂をすることにする。
脱衣所に行くと、汚れたままの服で3人が申し訳なさそうに俯いて立っている。僕は彼らの姿を見てあることを思い出す。僕には妹がいるのだが、こいつがまた手のかかる奴だった。父さんも母さんも仕事で忙しいため、専ら、面倒は僕が見たものだ。下の世話も上の世話も全部である。ある日、妹がおもらしをしたとき、僕は怒ることもせずに、「気持ち悪かっただろう」と泣きじゃくる妹をなだめたものだ。
僕は優しい笑顔を作り、3人に言う。
「気持ち悪かっただろう?今脱がしてやるからな」
3人は俯くのをやめ、僕の目を見る。僕はその瞳を受け止めて、
「まず白梅からな。それまで2人とも待てるか?」
たまといなりがゆっくりうなずく。その行動は幼児そのものだった。白梅が、僕の近くに来る。僕は昔妹にやってあげたように、服を脱がせる。やがてその手がパンツに手がかかるとき、白梅が僕の腕をつかむ。
「…や…」
「や?やめてほしいって?」
首を縦に振る白梅。
「けど早く脱がないと気持ち悪いだろ?」
うつむく白梅。僕は諭すように続ける。
「恥ずかしがることないと思うぞ。僕は妹がいてさ、それで見慣れているから」
白梅は助けを求めるように、たまといなりを見た。見かねたいなりは、僕に近づき、
「かおる。すまぬがちょっといいかの?」
そう言って白梅の手を引き、たまも入れて3人でひそひそ話をするような体勢になる。それから3分ぐらいして、いなりが近づいてきた。
「あのー…そのー…言いにくいことなのじゃが」
いなりはそう言いながら後ろを気にしている。そこにはたまの後ろに隠れた白梅がこちらを伺っている。下には妙な黄色のしみがついたパンツがあった。
「白梅」
いなりは白梅に呼びかける。白梅は出てこない。
「ほら白梅っ!しっかりするにゃ」
タマがうまく重心をずらし、白梅のバランスを崩させる。白梅は2、3歩前に出て動きを止め、僕の視線を感じ、顔を真っ赤にしながら動かなくなる。
僕はその白い裸体に眼を奪われた。
電気の下であっても、その白い体は輝いて見える。頬に入った朱色が、この白にアクセントを与えていた。髪も白いため、雪の中では判別しにくいだろうと思った。上から下まで見たとき、1つの違和感に着目する。先に白いその裸体に眼を奪われていたからだろうか、その違和感に気づけなかった。だが気づくと、これほどおかしいものはない。それがあるのは股間。
その違和感とは、小さいながらも男の証を示すものだった。
呆ける俺。
「こやつ、女装が趣味というかなんというかのやつでの。まあ許してやりんさい」
白梅は恥ずかしがるようにそれを隠す。少しの間、きょろきょろと周りを見渡し、タオルを見つけると、それを体を隠すように巻いた。それだけ見ると女の子なのだが、こいつは男なのだそうだ。なんかすごく悔しい気分になった。
その後、全員の服を脱がして判明したことだが、たまと白梅は男で外見年齢は11と9、実年齢(これが当てはまるのかどうか微妙だが)は932歳と911歳で、いなりは女で外見年齢12歳、実年齢943歳だそうだ。そうなると生まれたのは何年だ?2008−932=1076だから平安時代だなと考えていると、すでに3人は風呂場に突撃していた。
「今シャワーを出すからな」
シャワーの蛇口をひねり、3人にかけてやる。そのあと、丁寧に頭から洗ってあげる。そこで人間の持つ耳がないことと、この獣の耳が本物であることを確認した。お風呂から上がった矢先に、ある問題が発覚する。
彼らの着替えがないことである。
このままの格好でいさせれば風邪を引かせてしまう。どうしようかと右往左往していると、ある人の顔を思い出し、携帯電話で連絡する。ちなみにその間は僕の衣服を着させてあげた。ダボダボした服を着ているところを見ると、とても愛らしく思える。
「もしもし高野谷ですけれど…」
「もしもし?守人?」
「なんだよ神島。君はもう引越ししたんだろ?といっても僕も同じ高校で、近くに住んでるんだけどな。確かハイツ大塚だっけ?」
「そうなんだけどさ。ちょっと厄介なことになってるんだ。うちまで来てくれるか?」
「今7時なんだけど?」
「そこは頼むよ!僕と守人の仲だろ?」
「…あとでジュース1本ぐらいおごれよ」
「それぐらいならいくらでもおごってやる」
「じゃあすぐに行く」
守人は僕の中学時代に親友の1人だ。俺より頭がよくて、入試問題をほぼ満点で合格したやつだ。当然、新入生代表はあいつがやることになっている。それから30分ぐらいして、玄関のチャイムが鳴る。玄関を開けると、そこには眠たそうな顔をした、守人の姿がある。
「おっす守人」
「おっすじゃないよ。僕が超特急で来たというのにずいぶん軽い挨拶だね。このまま帰っちゃおうかな、僕」
「すまん頼むよ!僕じゃ対処できない難題なんだよ!お前ならそんな問題も余裕そうだし」
「わかったわかった。とりあえずその問題とやらを見せてもらおうかな」
そういって僕を押しのけ、ずんずんと家の中に入ってくる。僕はその後についていき、案内した。
守人はそれを見たとき、後にこう語ってくれている。
「あの時は僕でも自分自身の認識している現実を疑ったね。せめてさ、事前情報さえくれればこんなにショックを受けることはなかったんだけどさ」
守人は3人を見て凍りついていた。10秒ほど固まった後、ゆっくりといなりに近づき、その耳を触る。一方のいなりたちはというと、僕が連れてきた友達に対して、驚き半分と興味半分で見つめていた。もちろん白梅は人見知りして、たまの後ろに隠れている。そして、
「なんだよこれぇぇぇっっ!!!!」
大絶叫。お隣との友好関係を作るのが大変そうだなと他人事に思う僕を差し置いて、守人はものすごい勢いで3人のことを触りながら調べる。急に足を引っ張られる感覚。見ると、白梅が僕の足を盾に隠れている。守人の魔の手がたまに及んだからだろう。それと同時に、白梅は僕に少しばかり心を開いたことに気づいて、ほっとしている。
「これ全部本物なのか…この耳のさわり心地は凄いな…尻尾までついているのか…」
守人のボソボソ声がこちらにも聞こえる。傍から見ると女子高生がかわいい子猫を見てきゃあきゃあ言っているようにしか見えない。
説明するのが遅れたが、僕の親友、高野谷 守人の性別は女だ。本名は守というらしい。本人から聞いた話によると、なんでも性同一性障害という病気らしいのだが、僕にはそんなことはさっぱり分からない。
「で?この子達がどうしてここにいるとかは聞かないから、問題はなんだい?」
守人はもう満足したのか、振り返って聞いた。僕は今までのことを手短に話す。
「なるほど…これはいろんな意味で一大事だね。まあともかく、服を買うならメジャーか何かでサイズ測ってからにしようか。メジャーある?」
「えっとこの棚に…あった!」
僕は2つのメジャーを取り出す。
「じゃあ僕がこの女の子、えーと…」
「いなりじゃ」
「いなりちゃんのサイズを測るから…」
「僕がたまと白梅のサイズを測るってこと?」
「そのほうがいいだろうしね。測るサイズは身長と胸囲、胴囲、あと足の長さと大きさかな」
「じゃあ僕はリビングでやるから。守人はこの部屋でやってくれ」
「了解」
そのあと、嫌がる白梅をなだめたりしながら、サイズを測っていく。朝の天気予報が、週間予報に変わったころ、玄関のチャイムが鳴った。誰だろうと思うながら僕は、2人にリビングから出ないように言いつけ、玄関に向かう。
「誰ですk…」
「あーら薫ちゃん。朝早くからちゃんと起きてるのね。お母さん感心しちゃった」
目の前ににこやかな笑顔を浮かべた自分の母親が立っていた。そのとき、きっと他の人は見えなかったと思ったが、僕は全てのものが止まる光景が見えた。数秒間氷付けになっている僕をかわし、母さんは僕の家に入る。
「あら?誰か来ているの?」
母さんは玄関に置いてある靴を見て言った。僕はその言葉で、氷付け状態から開放された。
「あ、ああ。ちょっと守人が来てるんだ。この部屋、自慢したくってさ」
「だとしても、朝早くから呼びつけるのはお母さん感心しないわ。さっき感心したから、これでチャラかしら」
母さんはまっすぐリビングに向かう。まずい。このままだと3人のことがばれる。とにかく時間稼ぎをしなければ…。
「か、母さんはどうやってこんな朝早くからここに来れたんだ?飛行機だってまだ飛んでないのに」
「世の中には高速バスなり、夜行列車なり夜中に移動する手段はいくらでもあるのよ、薫ちゃん。おかげで腰が痛いの。あとでマッサージにでも行こうかしらね」
そう言いながら腰をたたく。
「あれ?おばさま。いらっしゃったのですか?」
守人がリビングから出てくる。
「ええついさっき。朝からごめんね守人ちゃん。この馬鹿が迷惑かけて」
馬鹿は失礼だろ。馬鹿は。
「いえ。もう中学時代で慣れましたから」
守人は僕に近づき小声で、
「3人は今物置にしているところに隠れているように言っといたから」
と報告する。
「こう見てるといいカップルに見えるのにね。気をつけなさい薫ちゃん。守人ちゃんに迷惑かけないようにね」
「母さん!見も蓋もないことを!」
守人がくすくすと笑う。母さんはリビングに入り、ソファーに腰掛けると、辺りを軽く見回し、
「あら?このソファーのカバーがないわね。あと妙なにおいが…」
「あ、ああ。昨日そこで引越しそば食ったらこぼしちゃって。だから今洗ってるんだ」
どう考えてもばれそうな言い訳。
「そうなの。だめよ薫ちゃん!引越しそばを食べるときはちゃんと残さずこぼさず食べなさい!」
論点がずれてる母親。その後、30分ほど談笑した後、母さんが急にこんなこと言い出した。
「そういえばお母さん、薫ちゃんの借りてる部屋、どんなものか見てないのよね。少し探検しちゃおうかしら」
またまたピンチ。
「そ、そんなことよりもさ。街に行かない?母さんはこの街、来たの久しぶりなんだし」
「でも、大家さんとこにも顔見せしないといけないし…」
「それは昨日僕がちゃんとやったって」
「でも…」
渋る母。うーん手ごわい。そこへ、
「いい加減掃除せい!あんな部屋に閉じこもるのはもう嫌じゃ!」
「薫薫〜いつになったら服が着れるのにゃ?」
「……薫…白梅…風邪引いちゃう…」
一番の問題点が乱入してきた。僕、混乱。守人、沈黙。母、唖然。
このあと母さんが僕に詰め寄り、刑事ドラマ並みの尋問を行ったのは言うまでもない。

「事情は分かったわ。お母さん少しがっかり半分、涙半分だわ。薫ちゃんにこんなに信用されてないなんて」
ソファーに腰掛け、およよと泣く母。いなりがお茶をずずずと啜りながら、
「お母上を泣かせるとは…薫殿はさぞかし親不孝物じゃのう」
と追撃する。僕はすかさず反撃しようとして、
「服がないとちょっと寒いにゃ。で、サイズ測ったくせに買いに行かにゃいのかにゃ」
出鼻をくじかれる。
「と・も・か・く!こいつらの服を買いに行くんだろ?」
何とか、自分の意見を言う。守人の弁護と質問。
「そうしないと風邪引いちゃうからね。けどこのおもらしって直せないの?」
たまが答える。
「無理にゃ!とゆーかわからんのにゃ!おそらくまともな食事をここ最近喰っとらんかったからかも知れにゅが…排出系機能がまるでにゃっとらん!通常式神は、破損機能は自力で修復するのだが、それは主がいたらの話(はにゃし)だにゃ。俺ら3人には主がいにゃいから、自力修復は相当難しいのにゃ。修復するには、高度にゃ陰陽術士に再契約してもらうか、式神専門の技能者に修復してもらうしかにゃいと思うのにゃ!」
後ろで白梅が首を縦に振った。その話を聞いて母さんが、
「そんなことならお母さんにお任せ!けど少し人手が足りないわね」
「僕のメイドさん数人手伝わせますよ。僕も、彼女達に暇でも出そうかなと思っていたと子ですし」
さすが守人。大企業の御曹司?はレベルが違う。すると、母さんが僕に1万円を渡し、
「少しの間、どこへでも遊んでらっしゃい。ここから先はお母さんと、守人ちゃんとこのメイドさんで事足りるし、ちょっと驚かせてさっきの借りを返したいからね」
と言って追い出されてしまった。1階のエントランスホールには、すでに5人ほどメイドさんが待機していた。恐るべし、高野谷グループ。
「守お嬢様。お呼びでしょうか」
「12階の神島の部屋に行って、そこにいる神島のお母さんの指示に従うこと。よろしく頼むわね、三井さん」
「仰せのままに」
珍しく女言葉を使う守人。三井さんと呼ばれるメイドに率いられ、他のメイドたちがエレベーターで僕の部屋に向かう。
その後話題の映画なんかを見て昼食を食べて、帰ってきたのが太陽がてっぺんからずれて落ちて少し経ったころだった。
「ただいま〜」
「おかえりなさい」
僕らがリビングに入ると、ニコニコした笑顔で母さんが出迎える。
「あれ、メイドさんは?」
「お仕事終わったからお家に帰ってもらったの」
母さんはエプロンを優雅にたなびかせると、僕の部屋と、もうひとつの部屋に続く廊下に出る。ついて来いということだろうか?
僕らは後をついていき、僕の部屋とは反対の部屋、物置部屋に入る。
そこには、メルヘンが広がっていた。
明らかな子供部屋。大小さまざまなたくさんのぬいぐるみと、カラフルなタンス。冷たいフローリング一面にカーペットが敷かれ、2段ベットが隅に鎮座している。その真ん中には、例の3人が装いも新たになって存在していた。
いなりは、オレンジのフリフリのスカートの上に、ピンクの毛糸のセーター。足には、幼児が履くようなオーバーニーソックス。髪は後ろはそのままに、赤いリボンを使い2房ほど耳の前に垂れ、鎖骨辺りまで伸びている。
たまはジーンズ生地の見たこともないような服を着ていた。上下が一体となった服で、下は股の辺りで服が終了し、足が剥き出しになっている。足先には灰色の靴下。上はその服の下に白と黄色のボーダーのTシャツを着ていた。髪はおかっぱのまま。少しぼさぼさしていたところが整えられていた。
白梅は白いレース地のアクセントがついたロングスカートの上に、水色のキャミソールに、薄緑のジャケットを着ている。真っ白なアンダーニーソックス。髪の毛は、2つに結わえられ、尻尾のように揺れている。
3人は座って恥ずかしそうにこちらを伺う。
「どう?お母さんとしてはコーディネートがんばったのよ〜」
どうって言われても。
「うーんなんかお尻がもこっとしてません?心なしか」
守人が鋭い意見を言う。そのことを言われ、3人の頬が赤くなる。
「さすが守人ちゃん!気づくの速いわねぇ。そう!実はこの子達ね…」
そう言っておもむろに、いなりのスカートを捲る。そこにはその子供特有の白いショーツではなく、赤ん坊が穿くようなおむつがあった。CMとかで診たことある紙おむつだった。ますます顔が赤くなる3人。おそらく他の2人も同じようなことなのだろう。
「本当は布おむつのほうが経済的なんでしょうけど、薫ちゃんにそんな技能はなさそうだし、家を開けちゃうから大変そうだしね。これならこの子達だけで交換できるし、お金のほうは私が工面できるしね」
母さんがテンポよく説明した。僕がうなずきかけ、止まる。
「ま、待って!僕がこの子達の世話をするの?」
「あら?嫌なの?」
「嫌ってわけじゃないけど…」
「お昼のことは心配しないで!守人ちゃんのとこのメイドさんが週番で通ってくださるそうで。けどお給料払えませんよ、私」
「いいですよ。そのほうがメイドさんを余らせなくて済むし、なんだか面白くなってきたし」
当事者を抜いて、話が進む部外者。もう、どうにでもなれ。軽く話が済んだところで、母さんが僕に言った。
「そうそう。今日私この部屋で寝るつもりだったけど、こんな大所帯じゃ寝れないからって守人ちゃんところのメイドさん、近くのホテルに予約とってくれたの。代金はメイドさん持ちだから悪いし、そっちに泊まるね」
その後、数時間談笑。そして時間になったからと母さんが抜け、それを送ってくついでに帰ると、守人も帰った。
玄関で2人を見送ると、袖を引っ張られる感覚。下を見ると、白梅が赤くなってこちらを上目遣いで見ていた。
「どうした白梅?」
「…おしっこ…」
「ん?おしっこ?でちゃったのか?」
こくりとうなずく白梅。
「今、換えてあげるから、部屋に行こうな」
小さくうなずく。部屋に着くと、母さんが用意したおむつ換えセットを出して、準備する。こうしてやるのも数年ぶりだ。スカートを捲るように指示する。最初は嫌がっていたものの最後は素直に、白梅は顔を真っ赤にしながら両手でスカートをあげた。
白い紙おむつが露になる。真ん中にある黄色い線が、青くなっている。最近は便利なもので、外からおむつが濡れてるのが分かるようになったそうだ。一応念のため、おむつの中に手を入れる。中はぐっしょり濡れていた。
「いっぱいしちゃったな」
先程と同じようにうなずく。僕はその濡れたおむつを膝ぐらいまで下ろす。中は黄色く染まっていた。おしっこのにおいが鼻を突く。次にサイドをビリビリ破り、お尻についたテープで丸める。用意されていた紙おむつ用ゴミ箱にそれを捨てると、白梅の大事なところをウエットティッシュで丁寧に拭く。
「ひゃ…あ…ん…」
少し色っぽい声を出して、白梅が何かに耐えている。どう見ても外見超美少女なのに、中身が男なのがなんというか、変な気分になる。ちなみに声はめちゃくちゃ透き通っているから余計美少女のイメージに拍車を掛ける。
ビニール製の袋の中から新しいおむつを出し、それを穿かせたら交換終了である。妹にやらせたように、最後にお尻をとんとんと叩き、こう言う。
「おむつ、キレイキレイになって気持ちいいだろ?」
そう言うと妹は、『うん!』と大きな声と満面の笑顔で答えた後、また遊びに行くのだが、白梅もまた、
「…うん…」
と小さいながらも答え、僕に会ってから見せたことのない、満面の笑顔を見せてくれた。

そんなこんなで、僕の奇妙な同居生活は始まった。一応大家さんには、「親戚の子供を預かっている」ということになっている。どこぞの漫画と、そう大して変わっていない理由だなと、自分で笑ったものだ。他にも、休日になると、守人が遊びに来ては3人とじゃれあう(敢えてこう表現したのは、別に嫉妬しているからではない)ようになった。そして3週間、僕らはデコボコながらも暮らしている。そうこの物語は、僕とデコボコ3人組にまつわる、交じり合ったが故の幸せと不幸せ(Cross Drive)の物語である。

追伸 お隣さんとはいまだに友好関係を築けていません。僕、涙目。
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