黒く塗りつぶしたものが世界だとしたら、魂とは星の輝きだろう。
『私』はこの小さな小さな混沌の中でそれを知覚する。
―――揺らめき瞬く一等星。
世界を揺るがす光を『彼ら』は許さない。余分な光を摘み取るのが『彼ら』と『私』たちの役目。強烈な光は世界を、『闇』を埋め尽くす。『闇』は世界。世界は『闇』。『闇』が消えれば星は見えない。より強い光に星は飲み込まれる。だからこそ狩り取る。その強大な光を。
―――それは本当に世界のためだろうか?
抱いてはいけない疑問。機械はただ機械であれ。世界そのものに疑問を持つことは、自分自身に疑問を持つこと。『ルール』は絶対。『ルール』を失うと星たちは闇に飲み込まれる。光と闇のバランスでこの世界は成り立っている。管理者たる『私』たちは、『ルール』を遵守する必要がある。
―――ではその『ルール』は誰が決めた?
誰もが答えられない難題。『私』たちにだってわからない。この難題の解答を持つ者がいるのなら、その者は神に等しき存在だろう。すでに『彼ら』の中に神はいない。『私』たちの中にもいない。いるとしたら、この星空の彼方のみ。
―――かつて1人の男がいた。
『私』は彼を狩るために『彼ら』から命令された。星空を埋めつくす月。闇を塗りつぶし、星を見えなくさせる。『私』は純粋に彼を狩り、そして彼の従者に阻まれる。その力は無尽蔵。『私』は彼が神の候補者たりえると思い、彼を保護しようと考える。しかし『私』は任務を解かれ、代わりに『彼ら』が直々に彼を消滅させた。
―――赤月が『闇』に沈む。
彼は神になりえなかった。強すぎる光をもつ星はやがて内側から崩壊する。彼の死は元々定めだったのかもしれない。決められたルーチン。変わらない世界。閉じられたリング。この世界は神を拒絶する。管理者が神を否定している。『ルール』が神を■している。
―――今度は間違えるものか。
神は存在する。存在しなければならない。この狂ったメビウスリングを断ち切れるのは神の力を持つものだけ。狂いすぎたまま、なおも現存する世界。チガウ。これは本来あるべき姿ではない。なぜなら……
―――世界は、こんなものではないと『私』は知っているから。
そのために、『私』は神をサイセイする。どんなことをしても構いはしない。求めるのはその先。『ルール』を作り直す。世界は変わらなければいけない。星の力を解き放つ。閉じたリングを壊させる。
―――代償は払った。あの命に報いるためにも。
すでにもう遅い。『彼ら』と袂を分かった『私』は、『彼ら』にとって世界の不純物に他ならない。狩られる対象となる。『私』はすでに見つけている。月に代わる新たなる神に等しき魂を。その証は太陽。『闇』さえも喰いちぎる光。
―――さあ、始めよう。もう一度この世界を生まれさせるために。
すでに第一の鍵は解かれた。彼ならば、神になりえる存在となる。それを守り導くのが『私』が自らに課した役目。もう『彼ら』には邪魔をさせない。たとえ相手が■だろうとも。あの犠牲で彼の魂は封印されてきた。いまそれが、かつての月の従者たちによって解き放たれた。急がなければなるまい。今度こそ、『私』は神を救い出す。それが、本来私に課せられた使命ならば。

―――刻限は、近い。『私』が『私』であるためにも、この世界を■■せねば…

これは、悪夢だ。
だから、ノイズまじりでまともに聞こえない。
「………君は……カら来…ノ?」
聞いたことのある声。
「お…チャ…。…たお……シし……ッた」
これは真琴の声。
「優…イナ、……る君は」
これは守人の声。
「偉…ネ。……ルちゃ…は」
これはお母さんの声。
「……マデ…たこ……褒…て…ロウ」
誰の声だっけ、これは?
見たことある風景。聞いたことのある声。どこかに眠っていたはずのもの。
それが何かで途切れて………
赤。
白。
金。
「コレハ、ヒツゼンナノ。アナタハ、ナニモオボエテイナクテモイイノ」
頭がきしむ。…それ以上先は見てはいけない。
頭がきしむ。…それはきっと過去の話。
頭がきしむ。…必要ないなら思い出さなくてもいい。
そうしよう。そうしよう。そうしよう。そうしよう。そうしよう。そうしよう。そうしよう。そうしよう。そうしよう。そうしよう。そうしよう。そうしよう。そうしよう。そうしよう。そうしよう。そうしよう。そうしよう。そうしよう。そうしよう。そうしよう。
だからこれは悪夢。
悪夢ならきっと、起きた後は何もない日常が待っている。だから、早く忘れよう。
きっと悪夢だから。
どうしようもない結果が待っている。この悪夢の結末は同じ。それは………

―――自分の目の前で、『あの子』が死ぬユメ。

「……ル君。私、イ……の遊……で……テル…ラ…」
「…け…!カ…ル…!」
「さ…ナ……言ワ……よ?」
「コ…デ、モウ■シイ事ハ…………マスネ。私ガ、……デ…リ……ヨウニ」

軽やかな笑い声。頭をくすぐる様な感覚。目の前には何もないはずなのに、誰かいるような気がする。
―――フフフ。思い出した?私はね…
そのまままた闇の中に意識が落ちていく。
あと少しで朝が来る。この悪夢もひとまずの終わりを告げるだろう。体中が石のように重い。また眠りに落ちる前に、あの笑顔が見えた。彼女の名前は確か…

どうでもいいことだ。今は眠ろう。
今、何を考えていたかをすっかり忘れる。面倒くさいので眠ることにした。
―――それでいい。それで。
誰かも判らない声に見守られながら。

体の渇きで、目が覚める。
■は時間を確認する。深夜2時。月が天頂より落ち始めていて、全ての音が拡大して聞こえる丑三つ時。
体が渇いている。                         体が求めている。
             どうしようもないほど、熱い。
心が渇いている。                         心が求めている。
           内側から脈動が、早鐘のように響いている。
苦しい。                                 愉しい。
その苦しみから逃れたくて、■はむくりとベッドから亡者のごとく起き上がり、音も立てずに床の上に降り立つ。下腹部が重たい。パジャマを膝下まで下ろし、見るとおむつがおしっこをいっぱい吸って垂れ下がっていた。■はそれを無視した。もう一度パジャマを元に戻す。歩くたびにくちゃくちゃ音がする。それが聞こえないか心配だ。2段ベッドの自分が眠っていた場所とは違う、相方が眠っている場所を覗き込む。
そこには眠れる身近な異性。■はゆっくりとその中にもぐりこむ。そんなことをしても気づかないのは熟睡してるからだろうか?体の渇きに任せ、本能のまま行動する。
このまま今日は、●と一緒にいたい。
きっと渇きは収まるから。                  この渇きを癒せるから。
               一緒に寝れば大丈夫。
■の感じた寂しさは消える。              ■の感じた衝動が燃え上がる。
                 このまま…
ゆっくりと目を閉じよう。                      ●を△したい。
■でない■に飲まれる。本能そのものの行為。獣と変わらない。ただの自己満足のための行為。■は●が着けていた下半身の衣服を慎重に脱がせる。こちらもすでに致したようで、おむつがぐっしょりと濡れていた。それさえも取っ払って、●の陰部を丸裸にする。同じようにこちらも丸裸にして、結合させる。
虚無感に襲われる。                        快感に襲われる。
これがくだらない行為だと分かっている。  これがとても愉しい行為だと分かっている。
自分で見ている映像がジョークにしか思えない。 自分が見ている映像は最高のショーだ。
ぽっかり開いた心の穴。                   ぽっかり開いた心の穴。
それを自己嫌悪で満たしていく。              それを快感で埋めていく。
くだらない。最低。                        止まらない。最高。
相手が目覚めたようだ。こちらを信じられないという目で見ている。それは■も同じだ。こんな風に渇きを覚えるのは何年ぶりだろうか?
●の羞恥に心が痛む。                     ●の羞恥に心が躍る。
何も考えたくなくなる。                ●に考えさせる隙は与えない。
自分の体が、激しく前後運動をする。それだけで、相手は完全に思考能力を失った。こちらも同様に、思考能力を奪われる。獣のように、本能のまま動き続ける。ようやく自分が、獣と同じ耳と尻尾を持っている存在だと気がついた。
体が勝手に動いていく。                 求めるままに、体を動かす。
体中が熱い。                     体中がもう限界と叫んでいる。
お互いシーツによだれを撒き散らして、           お互い快感の渦に溺れて、
                   それでも、
               この体の渇きは抑えられない。
ようやく迎えた絶頂。お互いが精根尽き果ててぐったりする。気が抜けたのか、結合したままおもらしした。偶然剥ぎ取ったおむつが結合部の下の部分にあり、そこに吸収されていく。相手も同じ事をしてるようで、2つの水の音が部屋の音を支配する。■は結合部分を解き、最後の後始末に取り掛かる。
「修正する…盟約によって時を還す…権限。発動」
今のことを『無かったことに』。再び目覚めると、さっきと同じ2時。■はもう一度目を閉じる。おむつはぐっしょり濡れている。まだ温もりを保ったそれは、程よい心地よさを■に与える。外は、見紛う事なき満月。月明りに照らされた部屋。隅っこにいる■と違う■。それがにたりと笑う。きっとこれは悪夢だろう。それが覚えている最後のこと。
気づいたら朝になっていた。彼が来るまで、ここで二度寝しよう。耳がふさふさ揺れる。悪夢以外に、夜中いい夢でも見たためだろうか。体もつやつやする。自分の体調の変化に戸惑いながら、それでも二度寝はやめなかった。彼が起こしてくるのを待ちながら、気長な朝を過ごそう……

―――あと何回こんなことを繰り返さなければいけないのか。
赤い雨を降らせ、地面を赤く染め、自らの視界を赤で埋める。
―――見える全てが■■対象。意味があるとは思えない△△行為。
狂っているにも程がある。こんな世界はもう嫌だ。
―――それでもここから抜け出せない。底なし沼へ、ずぶずぶ嵌っていく。
足掻こうとすればするほど、潜っていく悪循環。靴で鳴らす音はぴちゃぴちゃしか覚えていない。
―――足掻いても足掻いても、生み出されるのは、絶望。
これが世界の道理だと、理解するのがとてつもなく嫌だ。
―――お願いです。誰か私を××て下さい。もうこんな場所に居たくはありません。
それがきっと、『私』が望む真実。そのために私は……

また、1つの空を赤く染めた…――