そのまちは「ねこのまち」と呼ばれていた。
まちに活気はなく、ただ廃墟が立ち並ぶそのまちに足を運ぶものはほとんどいない。ただ、年が終わるその日になると、近隣の村より幼い男女がやってきて、まちの中央にある祭壇にお供えものをおいて帰る風習がある。
何でも、このまちにはねこのかみさまがいて、この辺りの地域を護ってくれていると伝えられているらしい。
だから、毎年この時期になると、まちの祭壇にはお供えものと花が飾られている。ただそれだけのまちだ。そんなまちに、ひとりの男が流れ着く。
「はぁ……はぁ……」
荒い息を吐きながら、まちにやってきた男。齢は二十ほどに見えた。そして何より、ふらふらしながらまちに入り、何かを探しているようだった。でも――
「…………」糸が切れたように、男は地面に倒れて動かなくなってしまった。
しばらく経って、男の前に人が現れた。
「まったく……年が明けると言うのに、こんなところで行き倒れられては心持ちが悪いわ」齢十四、五ほどの少女が男を見下ろす。
溜め息を吐いて、男の肩を揺らした。「おい、起きろ。こんなところで倒れられては困る」
「み……水を」「水?」「水をくれ……」「あ、あぁ分かった」
少女が走って、しばらくどこかへ行って戻ってくる。
その手にはくすんだ木のコップに入った水があった。
「ほれ、これでいいんじゃろ」「あ……ありがとう……この恩は一生忘れな……」「いや忘れろ」
男は倒れたままでしばらく動ける様子ではなかった。
「しかし、何で倒れていたんじゃ、こんな人のいない辺鄙なまちに」
「それは……」男は口籠もる。
「別に言いたくないのならいいが……おぬしはどうするんじゃ、この後」
「……わかりません」力なく男は言った。
少女は溜め息を大きく吐いた。そして、観念したように言った。
「じゃあ、うちのところに来るか」「え?」「いや、なんじゃ…このまま放って置いて勝手に死なれても、うちの心持ちが悪いのじゃ」
「……いいんですか」男は驚いて、目を見開いて少女を見上げた。
「いいもなにもあるか。本当はおぬしなど放って置いて、勝手にしたいわ」少女は怒る。「しかし、このまま放って置いて、勝手にここで死なれたらうちが困る――ただそれだけじゃ」
「ごめんなさい……」
「分かったら、早く動けるようになって、ここを去ってくれ」
そう言うと、少女は男を蹴った。
「いて……」
この誰もいないまちで、少女と男は出会った。それはまだ寒さの厳しい、年が明けた1月はじめの日のこと。そして、この出会いがふたりを変えていくのは、まだこのときは知るよしもなかった。
(続く)