小学校の頃、1度は会話の議題に上るものがあるのを、君は知っているだろうか。
怪談話のことだ。トイレの花子さんなり、こっくりさんなり、段数が増える階段なり、動き出す人体標本なり、皆で話したことがあるだろう。それが7つあれば、立派な七不思議の完成だ。
そして、七不思議の場合は大抵、7つ目は誰にも知られておらず、知ると大変なことになる筋書きだったりする。実際考えてみれば、いろんな人に聞き取り調査をすれば、自ずと7つ集まってしまうものだ。
さて、普段ならそんなことは塵ひとつとして信じない僕だが、現在いる居候が式神(あくまで彼女達が名乗っているだけで、そうではないかもしれない)とかいう人外なので、それぐらいのかわいいことならいくらでも信じる用意がある。寛容な心は大切だよ、うん。
桜ヶ丘学園七不思議。
その話はゴールデンウィーク直前の学校で、必然と話されていたことだった。僕が現在通っている桜ヶ丘学園は、有名な私立学校で幼稚園から大学院までそろっている。クラスでは僕や親友の守人のような、高校入試をクリアした中途編入組と、前からいたエスカレータ組とがいて、エスカレータ組がこの時期学校に慣れた編入組に対して、親愛の証として話されることが多い。
つまり、この話を知っている=この学校に受け入れられている、という図式が成り立つわけだ。
僕がこの話を聞かされたのは、新入生への部活動説明会のときだった。
「なあ神島。お前ってこの学校の七不思議のこと知らねえんだっけ?」
エスカレータ組で初めに友達になった小倉 舘雄が切り出す。
「えっ?神島君って七不思議知らないの?そっか、神島君編入組だもんね」
僕への会話なのに割り込んできたこの少女の名は確か…
「おい天むす!俺は神島に言ってんだけど」
「いいじゃないそんくらい。減るもんじゃないし」
天童 結(ゆい)。入学式後のホームルームで激しくハイになって、守人に会話のお誘い(と書いて「言葉の弾幕」と読む)をしていた子だ。このままだと口喧嘩しかねない雰囲気を感じた僕は、舘雄に話を続けさせる。
「七不思議って?そんなものこの学校にあるの?」
ちなみに舞台ではサッカー部が部員確保のための劇をやっている。正直、痛い。
「ああ。全部知ってるわけじゃねえけどな。きっとあいつならいっぱい知ってるぜ。何せあいつ新聞部だし」
舘雄が指差したのは少し後ろに座る眼鏡をした少年。エスカレータ組で名は園原 圭太という。
「ケータよりマキのほうが知ってるよ。あの子中等部の時、オカ研部長だもん」
結はそう言って前のほうを指差す。そこには空気をどんよりさせるオーラを漂わせた少女が1人。名を黒澤 麻紀。オカ研とはオカルト研究会の省略言葉で、この学校の部活動としてはかなりマイナーの部類である。
「何の話だい?僕も混ぜてくれないかな」
守人が僕の後ろから参戦する。振り向くとスカートを穿いた守人がにこりとしている。守人は本名を高野谷 守といい、性別上は女性なのだが、精神は男という複雑な奴である。ちなみに、僕の中学時代からの親友だったりする。
「マモちゃんはこの前私が話したよね。七不思議のこと」
守人は「ああ」と一言言って、
「その話なら天童から聞いたよ。面白そうな話だよね。僕達の学校にはそんなものなかったし。うらやましいよ」
と意見を述べる。
「僕達って?」
舘雄がいらぬ疑問を抱いた。
「僕と神島のことだよ。僕達中学は同じなんだ。言ってなかったの?神島」
懇切丁寧に守人が舘雄に説明する。
「マジかよ!まさか神島と付き合ってんのか?」
「それは違うよ。まあ親しい間柄ではあるけど、それは友人関係としてだ。恋人かと言われれば、そんな気は僕達の間にはまったくないね」
うれしいやら。悲しいやら。
「何です?七不思議って」
さらに参戦者。
「ああ夕子も編入組で知らないんだっけ?」
結が受け答えしている少女を見て、戸惑う。…こんな奴クラスにいたっけ?
そこにいるのは男子が10人いて8人は、恋人No.1選ぶだろう清純派な美少女だった。守人とタメをはれる美人だから余計に珍しい。その肌の白さは家の居候を思い出す。
ぼそぼそと舘雄に聞く。
「あんな奴クラスにいたっけ?」
「忘れたのかよ。お前と同じ編入組の水無月 夕子だろ?うちのクラスの2大美女の1人な」
「もう1人は誰だよ」
「決まってんじゃん。お前の後ろの奴だよ」
後ろを振り向くと、夕子と会話している守人がいた。
ここでひとつの伝説を紹介しよう。
僕が中学2年生のときクラスの中で唯一、バレンタインデーでチョコを3桁もらった人物がいた。その人物はややこしいことに(あくまで義理だが)僕にチョコを上げたため、バレンタインデーから数日間、さまざまな男子に付けねらわれることになった。そんなときに僕を助けてくれたのもまたその人物であり、狙ってやった節があるのを後に気づいた僕が問いただすと、そいつは笑ってさわやかに誤魔化しやがったのである。
ここまでいえばその人物が誰だか分かるだろう。ちなみにその人物は中学時代の文化祭で、全校男子のうち約8割を虜にしていた。理由は簡単で、僕らのクラスがコスプレ喫茶なるものを催し、彼女が先生も驚きのチャイナ服を着ていたからである。今思い出してもあの生足に唾を飲み込んでしまった自分が恨めしい。
で現在、当の本人はもうクラスの中で最高ランクの美女と位置づけられていた。…中身男のくせに。
「おい神島聞いてんのか?」
「悪い。過去の嫌な思い出について猛省していたから聞いてなかった」
「はぁ?何言ってんのお前」
舘雄は白昼の街中で大声で狂喜乱舞する人を見るような目でこちらを見て、
「だ・か・ら!明後日の休みに肝試ししようぜって話」
夏を先取りしすぎだよ。それ。
「普通肝試しって夏やるんじゃないのか?」
「いちいち夏に学校行ってられっかよ。それにこの時期は先生側も忙しくてさ。警備が手薄で学校での肝試しやりやすいんだぜ」
ちらりと中国系の顔をした担任を見る舘雄。担任は熱心に野球部のグダグダな芸を見ていた。面白いのか?あれ。
「神島君は行くの?行かないの?」
結が僕に質問する。守人を横目で見ると、すでに夕子と七不思議について談笑していた。どうやら行く気らしい。…まあクラスの2大美女揃い踏みも見てみたいし、なにより最近クラスになじみ少し刺激が少なく退屈していたところだ。これを無下に断る理由もなし。
「ああ行くよ。おもしろそうだしね」
このとき僕は、後に起きる幸せと不幸せにまつわる物語に巻き込まれるとは、露も知らなかったのであった。

「おかえりなさい薫様」
近況報告。
守人のとこのメイドさんで、名は桐葉 音子(きりは ねね)という人が、僕の居候の世話をするうちに母性に目覚め、今までシフト交代だったのを彼女の希望もあり、彼女が専属担当ということになった。それからというもの、彼女は僕らと共に夕飯を食べ、片付けるまで家にいるようになった。それだけでなく、僕がいない間の家事も全てやっているそうだ。正直、畳んであるパンツなどを見ると恥ずかしくなる。
「た、ただいま…音子さん」
ぎこちなく答えてしまう僕。
「今、夕飯の支度をしていたところですよ」
陽気に答える音子さん。その後ろから、
「おかえりかおる」
「おーすにゃ!薫」
「…薫…おかえりなさい…」
と声が掛けられる。彼らが居候で、最初の子が小野原 いなり。次の子が末島 たま。最後の子が兎宮 白梅という。彼らは人外の生物(?)で、平安時代の陰陽師に仕えていたという「式神」だそうだ。それぞれ動物の耳と尻尾を持つ。いなりは狐。たまは猫。白梅は兎という具合に。いなりがこちらに近づき、耳を貸せというジェスチャーをする。僕はそれに従い、彼女が耳打ちしやすいように屈む。
「かおる。今日の夕飯に出てくるビーフストロガノフというのはどこの異国の料理じゃ?ねねのやつもったいぶって教えようとせん」
いなりは音子さんをちらりちらり見ながら言った。そこへ、
「だめですよ薫様教えちゃ。知らない料理が出ると知ったときは誰かにその味を聞くのではなく、自分の舌で判断しなければならないのですよ、いなり様」
と音子さんが見透かしたように釘を刺す。
「おのれねね…わしがどう情報を得ようとわしの勝手じゃろうが!」
「情報を得るなら私に気づかれないようにやらないと…フフフ…」
「むむむ…」
完全に遊ばれる長姉。
「薫」
たまが僕を呼ぶ。僕がたまのほうを向くと…
たまが白梅のスカートに手をかけていた。
白梅は音子さんといなりの喧嘩?におろおろしていて、その事に気づかない。
「そーれにゃっ!」
たまの腕が天空めがけて突き上げられた。薄黄色のドレスのようなひらひらのロングスカートが数秒、空中を漂う。中に穿いていたおむつが顔を覗かせる。空中を漂ったスカートが再度降り立ち、その後全員が凍りつく。
間。
白梅が真っ赤になって、たまの額にチョップを食らわせたあとリビングに逃げ帰る。
「いにゃー…見られて恥ずかしいものかにゃ−。しょうがにゃいことだしもうにゃれたのに。それにしてもにゃんで下着やおむつまで女の子用にゃのかにゃ?」
他人事のように言うたま。最後の部分は同意するが、まあいい。僕は呆れ顔を作り、
「たまは少し羞恥心というものを学んだほうがいいみたいだね」
と言った。たまの返答。
「にゃんだそれ?おいしいのかにゃ?」

「ごちそうさまでした」
「お粗末さまでした」
流石というか、音子さんは和洋中どれもおいしく作ることができる。今日のビーフストロガノフも最高だった。音子さん曰く「私よりもメイド長やお嬢様、シェフの方々のほうがよっぽどうまく作れますわ」だそうだ。音子さんが皿洗いしてる間に、僕は自室に戻り宿題をする。さすが有名進学校。毎日の宿題の量が半端ない。
宿題をし始めて30分ぐらいして玄関のチャイムが鳴る。
「お邪魔しまーす。神島いる〜?」
どうやら守人が来たらしい。時計を見ると8時47分を示している。僕はいったん宿題をするのをやめ、リビングに向かう。
音子さんに案内されたのか、守人がすでにくつろいでいた。たまは、テレビのバラエティ番組を見て大笑いしている。
「…薫…お風呂開いた…」
白梅がリビングの扉を開け、そこにいた守人にびっくりして急ぎ足で僕の後ろに隠れる。ぎゅっとズボンを握られては、身動きできない。
「やあ白梅。いつもながらに思うけど、そんなに怯えなくてもいいのに。でさあ神島」
守人は明るい口調で話す。表には見えないけど内心少し落ち込んでいるのが分かる。3週間経っても、白梅は守人になかなかなつかないのだ。守人にしてみればそれがショックなのだろう。だからあえてなんでもないように振舞っている。本人曰く「嫌われていると思われても決して顔に出さないことが僕の信条。受け入れてもらうにはこちらはオープンでなければならないだろ?」だそうだ。
「神島はどう思う?」
いかん。聞き逃してしまった。
「どうって?」
「またうわの空か…神島…君は少し他人との会話中に自分の考えにのめりこむ癖を改善したほうがいい。その癖を直さないといつか本当に大事なことを聞き逃してしまう」
「以後努力する」
「口は相変わらず達者だね。まあそれが君の好きなところではあるんだけど」
守人は時に手厳しい。注意するときはこっぴどく打ちのめされる。しかし、その中にも優しさが垣間見える。守人は「ではもう一度言うけど」を加えて、
「3人を今回の肝試しに参加させたいんだ」
ととんでもないことを言った。
「ん?呼んだかにゃ?」
たまが言葉に反応してこちらを向く。僕はちらりと白梅を見て、
「なんで?」
と尋ねる。
「何故って『式神』だからだよ。いなりたちの話に寄れば、以前は幽霊達と戦っていたって言うし、今回の肝試しに本当に幽霊がいるかどうか分かりやすそうだしね」
守人はニコッと笑顔で締める。
「話は聞いたぞ」
突然後ろから気配。振り向くといなりが白梅の髪を梳いていた。いなりは続ける。
「かおる。お主らあの学校で肝試しをするそうじゃな」
いなりの目が面白そうなおもちゃを見つけたかのごとく輝いている。
「まあそうだけど…」
僕は嫌な予感がした。
「ふむ。普段ならこんなばかげたことに参加する気はないが、今回は2人もいることだし参加するかの」
予感的中。
「にゃんだ!面白いことにゃら混ぜろにゃ!」
連鎖反応。
「…白梅はどうするんだ?…」
僕は恐る恐る白梅に聞く。白梅は少し考え込んだ後、
「…うん。薫がいっしょなら…白梅行く…」
どうやらとてもなつかれたようです。守人は狙ってましたとばかりに声を朗らかさせ、
「なら決まりだね。当日は一緒に行こうか神島。あと3人用のリュックもプレゼントするよ。おむつ換えセット入れ用だけどね」
守人はそのまま、音子さんを連れて帰っていった。
「おやすみ」
僕が3人に向かって言う。
「おやすみ薫」
「…おやすみなさい…」
たまと白梅は反対の部屋に入り、いなりは、
「今日はわしの番じゃな」
僕についてくる。厄介な母さんの置き土産だ。子供用の2段ベッドでは3人は入りきらないだろうからと、母さんは日替わりで僕のベッドで寝るように、3人を教育していったのである。おかげで毎日寝不足気味だ。
尻尾がはみでないように上布団を掛ける。そのため、顔が近い。少しどきどきしている胸を黙らせ、寝ることにする。目を閉じて少しぐらいして、
「起きとるか。かおる」
いなりの声。僕は薄目を開けていなりを見る。いなりは今まで見せたこともないような、大人びた表情をしている。いなりは僕の返答を待たずに続ける。
「起きておってもそうでなくてもかまわぬ。聞け」
僕は狸寝入りをすることにした。
「おぬしがわしらのことをどう思っているかは知らぬ。じゃがの、わしらはおぬしに拾われて本当に感謝している。おぬし以外だったらすぐにわしらのことを追い出していたかも知れぬ。おぬしは今、わしにとって5番目に大切なものじゃ。じゃからの…何と言ったらよいかの…その…あんまり無茶するでないぞ?」
最後のほうは恥ずかしいのかいつもと違い語勢がない。僕はその言葉を反芻しながら深い眠りにつく。途中、水が流れるような音がしたが。
次の日、起きたのは5時30分。朝ごはんは自分で作らなければならず、それが4人分となると、少し忙しい。ベーコンエッグとトースト、トマトとレタスのサラダを3人分作り、その後1人分の和朝食を作る。料理に関してはすでに5年の実績があるから心配ない。
「ほにゃー」
たまが一番早起きする。それでも6時ジャスト。僕はたまを3人の部屋に連れて行き、パジャマのズボンをおろす。そこには重さで少し垂れ下がったおむつがあった。それを下ろすと、重さでいっぱいしているのが分かる。
「お前今日はいっぱいしたな」
「うーんいい夢見たのがまずかったかにゃー」
それを丸めてから、大事なところをウエットティッシュで丁寧に拭く。その間ずっと尻尾が波打っていた。おむつを昼用の新しいものに換える。それからオレンジが印象的なポロシャツを着させ、下はクリーム色のズボンを穿かせる。
「………」
「起こしちゃったか?」
白梅が欠伸をしたあと、口をうにうにさせている。僕はたまに「人の朝食を奪うなよ」と釘を刺してから、まだ瞼を上下に動かしている白梅の元に向かう。
「白梅どうだ?やっちゃったか?」
少しの間、顔を赤くして黙る白梅。その後、小さく縦に首を振った。僕は確認のためにオムツに手を入れる。白梅は僕のやることを察知したのか、静かにパジャマのスカートを持ち上げる。中はたまほどでもないけどしっとりと濡れていた。服装から外見から何から女性なのに、性別は男というのは守人とは別の意味で困惑する。
おむつを手早く換え、青緑色のキャミソールの上に白い薄い生地のチュニック、下に薄灰色のキュロットスカートを穿かせる。白梅と共にダイニングに戻ると、たまが僕のベーコンエッグを半分ほどいただいている最中だった。たまは僕の存在に気づいてその手を止める。
僕はあきらめて手を洗い、食卓に着く。そのあと往年の馬場チョップを髣髴させるほどの威力と速さでたまにチョップをお見舞いした。洋食組の食卓が大体終わり、残りは白梅がトーストをもふもふ食べていることと、たまがサラダと格闘しているだけだったとき、チャイムが鳴る。この時間帯だと音子さんだろうか?僕は玄関の覗き窓を覗く。そこには、自分の学校の女子制服を着る少女。その人物が誰だか最初わからなかったが、それが水無月 夕子だとわかるとドアを開ける。
「どうしたの?こんな朝早くから」
僕はパジャマの上にエプロンという姿だったのを後悔した。
「あっ…ごめんなさい!その…今度の肝試しのことで話したいことがあって…その迷惑でなかったら…一緒に学校に行ってもいいでしょうか?そのときにお話できると思いますし」
困惑。突然の出来事でうまく思考できない。なぜ僕なのか。そもそも学校のことを知っているエスカレータ組の…結なりに相談すればいいし、同じ編入組でも守人がいるし、接点も薄いから行為云々はないだろうし…いろいろな思考が飛び交う。やがて、足りない思考で何とかとりあえずの結論を出す。(この間5秒)
「寒いだろうし、中に入りなよ」
「すいません。お邪魔します」
僕の言葉に従い、中に入る夕子。リビングの連れてくと、ちょうどたまのサラダを白梅が食べているところだった。食べ方がウサギなのは姿どおりというか…たまはいなり用の和朝食にある、塩鮭に手を出したいがいなりが怖いために手が出せないというジレンマと戦っていた。驚いている夕子。
「親戚の子なんだ。ちょっと家庭事情の関係で僕が預かっているんだよ。ベビーシッターさんもいるから大丈夫だよ」
「そうなの…大変ですね薫君の家って」
「ま…まあね」
夕子の姿に驚いた白梅がサラダから手を離し、たまの椅子の後ろに隠れる。たまも僕が連れてきた女の子ということで興味津々のようだ。僕は彼女をソファに座らせ、
「お茶入れるよ」
「い、いえ。お構いなく」
お茶を入れるために台所に向かう。僕が台所に向かうと、たまが近づき、
「あいつだれにゃ?薫の彼女にゃのか?」
とんでもないことを言う。
「ち…違うよ!クラスメイトだよ。今度の肝試しで僕に聴きたいことがあるんだって」
その後ろでじっとこちらを見つめる白梅。
「…薫…本当?」
疑うように聞いてくる。
「本当だよ。僕が白梅達に嘘ついてどうするのさ」
僕の瞳を食い入るように見る白梅。
「…うん…嘘…ついてなさそう…」
疑いが晴れた頃にはお茶の準備ができていた。僕はそれを持っていく。お茶を飲ませている間にいろいろと身支度をする。僕が準備し終わり部屋を出るときに、むくりと起き上がる尻尾。その後、耳がぴくぴく動きながら本体が起きる。
「なんじゃ…うるさいのぉ」
眼をこすりながらいなりが抗議する。僕は部屋を出るのをやめ、いなりに近づく。
「うむ。満足いくまで調べればよい」
いなりはパジャマのズボンを下ろし、胸を張って言う。なんとなく卑猥な意味合いが含まれている気がするのは僕だけだろうか?
僕はおむつの中に手を突っ込む。案の定、びっしょり濡れていた。さすが長姉、量も一番多かった。新しいおむつを穿かせ、黒のワンピースを渡す。
「僕学校行ってくるからさ。音子さん来るまで任せるよ」
ちょうど部屋を出るとき、
「かおる!」
いなりに呼び止められる。僕が振り返ると、もう着替え終わったいなりがベッドに腰掛けている。少しフリルがついたメルヘン系のワンピース。金髪が映える黒にところどころ白が混じる。顔を赤くしたいなりは目をそらしながら、
「昨日のことじゃけど…その…別にそんな気持ちではないぞ?…わしは長姉としての思いを伝えただけでの…かおるのことを好きだとかそんなわけではなくてな…いやキライじゃないのだが…」
明らかに夜に言ったことだろう。僕は聞いてないという演技を装うことにした。
「へ?何のこと?」
一瞬ぼーとするいなり。その後顔を真っ赤にして、
「そ、そうか今の無しじゃ。今後触れたらぬしを吹っ飛ばすぞ!」
と言ってそっぽを向く。
「いなり」
僕は穏やかな口調で呼びかける。
「なんじゃ?わしはもう用はないぞ」
そっぽを向いたまま答えるいなり。
「いってきます」
いなりは呆気に取られたようにこちらを向く。僕はウインクして彼女の視界から消える。
「い…いってらっしゃい」
後からいなりの見送り声が聞こえた。

僕と夕子は駅に続く一本道を並んで歩く。いつもより早めに出てきたためか、人が少ない。未だ夕子からは何も切り出しては来ない。この間に耐えられなくって僕が切り出す。
「話って何?肝試しの詳しいことは僕知らないよ」
「いえ。私が話したいことは肝試し当日のときのことです。私、このような催し物に出たことがなくて。あの、どのような感じなのでしょうか?」
僕は肝試しのことを簡単に説明する。僕がすべてを説明を終えると、夕子は納得するような表情をした後、
「へえ〜…そのような催し物だったのですか…ありがとうございます。よくわからなくて」
「別にいいけど…でもどうして僕に聞きに来たの?」
「あの…高野谷さんに聞いたら『神島なら喜んで教えるよ』と教えていただいたので」
やはりあいつか。
「迷惑だったでしょうか…」
「いや…そういうわけではないけど」
そんなこんなしてるうちに、いつの間にか駅に着いていた。
「あの…本当にありがとうございました」
深々と頭を下げる夕子。
「いいよ別に。あと守人…高野谷に会ったら伝えて。『あとでシェイクをおごれ』って」
僕はそれだけ言ってICカードで改札を通過する。
最後に少しだけ気になったこと。どうして彼女は僕の自宅を知っていたのだろうか。いくら守人に言われたからって当人の自宅まで行くだろうか。後で聞いたら、守人は僕の自宅のことを教えてないとのこと。このときは少ししか感じなかった違和感。これが後に重要な鍵となるとは、このときの僕は知る由もなかった。

同じように、いなりも違和感を感じていた。あのときリビングから感じた違和感。自分たちとは違う、人外の感覚。とても薄いが、確かな違和感。その違和感を懐かしく覚えた。
……知ってる。わしはこいつを知ってる。
風が吹く。そよ風さえ、このときは不気味に思えた。

―――波乱の肝試しが始まる。