私は叶わぬ恋をしている。叶わない理由は3つ。
1つ目は相手が女性であること。
2つ目は相手が自分と住む世界が違うこと。
3つ目は……
私、片瀬 シオンは科学者だ。専攻は脳科学。主にヴァーチャルとリアルにおける感覚の違いについて研究している。私は世間様では天才科学者で通っている。年齢は14歳。この年で博士号を3つ取得している。特異な外見で目立つのかもしれない。私はドイツ人の母と日本人の父との間に生まれた。髪の色は金。瞳の色は焦げ茶。それを青いリボンで纏め、白衣のジャケットの下は小さな子供が着る服を着ていたからだろうか、あだ名は「Dr.アリス」だった。
そんな私が恋に落ちたのは些細なことだった。大学時代の友人に誘われ、日本に来たときだ。私の父親は日本人だが、日本に帰ることはほとんど無かった。だから、私は日本をまったくと言っていいほど知らなかった。ただ、私の父は日本のお伽話を私に良く聞かせてくれた。私はそこから日本を想起し、想いを馳せた。
そんなときの彼の誘いは嬉しかった。私は彼に誘われるまま日本に来た。彼に案内されるまま、「京都」「奈良」「東京」と巡った。しかし、そこには私がかつて想いを巡らせた日本はなかった。そして、最後に彼はあるところに私を案内した。もうそのときは日本に対する想いを諦め、観光旅行として割り切っていった。彼が案内したところ、そこは……
「秋葉原」だった。
そこは私が今まで見た全てとは異質の世界だった。かわいい少女のえが町中に飾られ、様々なものが露天で売られ、そして所狭しと並ぶ店。日本の変な一面を体現したその町に私は足を踏み込んだ。
彼に案内されるがまま、様々な「店」に入った。そこでもかわいい少女の絵が大きく飾られ、何人もの男性がそれを手にとっては置くという行動を繰り返していた。私はその中で異質の存在だった。時々好奇の目で見られたり、排他的な目で見られたりした。私の様子を気遣ってか、彼は私に外で待っていてくれればいいと告げてくれた。私はその言葉に甘え、外に出た。
日差しが強い。日本の夏は厳しいと聞いていたが、このコンクリートジャングルだとそれが際立つ。私はその暑さから逃れるために彼の携帯電話にSMSを送り、近くの日陰に入った。
「何やっているのかな。私は」
誰にも聞かれないような小さな声で呟いた。私も第2次成長期を迎えようとする身だ。お伽話がお伽話であるのは理解できる。だが、そこにある「日本」に憧れてここに来た私は、ひどく滑稽だった。汗が一筋流れる。きっと暑さのせいだ。私はそう決め付けハンカチを出そうとして、その瞬間、風が吹いた。
「あ…」
ハンカチは私の手を離れ、路地奥へと吸い込まれていった。それを追いかけるように、私も路地へ。行き止まりの路地の先に、ハンカチは落ちていた。私はそれを拾うと、すぐさま元の場所に戻ろうとして、
「わたっ」
後ろに立っていた人物にぶつかった。私は謝ろうとして、その人物が何故背後に立っていたかを考え、すぐさま離れた。
「ぶつかったことについては謝ります。しかし、女の子の後ろに立つなんて貴方、何者です?」
私はポケットの携帯電話を強く握り締めた。私にぶつかったのは私より2回りも大きい男だった。彼は私を見ると、無言で鞄からあるものを取り出した。彼はそれを私に差し出す。それは、コンピューターゲームのようだった。箱には「新感覚体感ゲーム」とだけ、書かれている。
「これを、私に?」
そう聞くと、彼は無言で頷く。怪しい。中身がとても怪しい。こういうときは貰わないに限る。そう直感で思った。私は貰うことを断った後、横を通り過ぎようとして、彼に腕をつかまれた。
「警察、呼びますよ?」
私は脅しで、そう言った。日本人はこう言うと大体逃げるそうだ。だが、彼は動じず、逆に私にしか聞こえない声で、あることを口にした。
「なっ!!?」
それは、誰にも、知られてはならない、私の、秘密。
「ど、どうして、それを!?」
私は動揺を隠せずにいた。顔は紅潮し、瞳孔は開いてしまっている。語調は強いが、相手を見ることはできていない。それほどに、この秘密を知られるのは嫌だった。この秘密は私と私の家族、大学でも親しい人物だけしか、知らないはずなのに。
「Dr.アリス」
彼が懐かしいあだ名で私を呼ぶ。その瞳は見たことがあるような、そんな気がした。私は彼の言う言葉を待った。
「これを貴方に託す。上手く使え」
彼はそれだけ言って、コンピューターゲームを私に押し付け去ってしまった。私は呆然とその場に立ち尽くしてす。ソフトには「chain heart」というタイトルと、「新感覚体感ゲーム」という謳い文句のみ。仕方ないからカバンにそれをしまって、元の場所に戻った。
このとき、私はこのゲームが私の運命を変えるということを気付きもしないで。
ホテルに戻った私は、部屋のベッドに突っ伏した。今日はなんだか変な気分だ。体中が重く感じる。そのまま瞼を閉じようとして私は先ほどの出来事を思い出し、目を強引に開いた。いけない。寝たらまずい。体に喝を入れ、眠ってもいい準備をする。まず、扉の外に「起こさないでください」の掛札をつけ、内側から鍵を掛ける。余分な衣服を脱ぎ、備え付けの浴衣に着替え、スーツケースを開ける。
私の秘密が、そこにあった。
スーツケースの一部分を占有するおむつ一式。そう、私は未だに、おねしょが直せていないのだ。私がアリスと呼ばれた理由。1つ目は容姿がお伽噺のアリスに似てたから。2つ目は現実ではなく、空想を追いかけ続けるから。そして、最後の理由が私がまだ幼い子供と変わらないように、おむつをつけて寝ているから。まあ、最後の理由を知っているのは限られているが。
おむつカバーを広げ、その上に折りたたんだ布おむつを重ねる。今まではいていたショーツを脱ぎ、下半身を露出した状態にする。そして、ゆっくりと、おむつの上に腰を落ち着ける。ふわっとした感覚が体を包む。嫌悪すべき存在なのに、体はそれを迎え入れようとする。それを理性で殺し、淡々と作業を続けた。はみ出した分のおむつを内側に折りたたみ、最後におむつのマジックテープをしっかり留め、腰紐を結ぶ。それでもはみ出た部分は、丁寧に押し込んだ。
「…うん。大丈夫っぽい」
わたしは鏡を見ながら確認する。自己嫌悪に陥りそうだが、そんなことも言っていられない。隙間なんかがあって、そこから横漏れでもしたら、大変なことになる。
「あうっ…」
体が火照りそうだ。理性が緩んだせいか、体のほうが反応する。いけない。こんなの、私は望んでいない。気持ちを落ち着かせるために、先ほど貰ったゲームをしてみることにした。幸い、これのハードはパソコンだった。ノートパソコンはいつでも持ち歩いているため、起動できそうだ。ソフトの箱を開くと、中にはソフト本体であるDVD。説明書。特殊な形状のヘッドセットが付属としてついていた。私は説明書を熟読する。どうやら、そのヘッドセットをつけなければ、ゲームは起動できないらしい。仕方なく、リボンをはずしてヘッドセットをつけた。少し大きかったので、サイズ調整をする。先にパソコンは起動しておいたので、後は、ソフトを入れるだけだ。
「これでよしっと…」
パソコンがソフトを起動し始める。私は幼い少女が絵本を読むような体勢で、パソコンを見ていた。
そして、私と彼女の物語は始まった。