S M L
 
 
ねぇ?君は1人で部屋にいたことがある?誰もいない家の中、シーンと静まり返った中に、ポツンと取り残されたことがある?

 ないんだったら、教えてあげる。あるんだったら、同情してあげる。それはね、とってもとっても、苦しんだよ?

 

 戦争が、始まったの。あたしも知っている、すぐそばにある国と。昔は仲が良かったのに、どうしてだか今はすごく仲が悪い、その国と。

 どうして仲直りできないのかな。どうして喧嘩しちゃうのかな。大人はみんな賢いのに、それができないなんておかしいよ。

 あたしの感情など知りもしないで、世界は、街は、戦争へと歩みを進めていた。街中に怖い顔した兵士が溢れ、ギラついた眼であたしを見るの。その瞬間、体が震えあがっちゃった。怖さで体がうまく動かないよ。どうしよう。気を紛らわすため辺りを見回すと、そこに広がっている光景は、今までとは違った、知らない世界だった。

明るかったサンレイン通りの人たちは、みんな家に引き籠っちゃった。通りを歩く人の数も、前に比べるとすごく少なくなっているし。それに、歩いている人の顔がね、笑顔じゃないんだ。皆辛そうな、疲れている顔で、苦しそうに歩いている。耳に届く話は戦争のことばかり。街を包む黒い影のようなものは、あたしの心をどんどんと暗くさせていくの。

もう、いられないよ。ここは、あたしの知る世界じゃないもん。

あたしは耳を塞ぎ、無我夢中で走った。あの喫茶店も、裏路地にある魔法石店も、見向きもしないで。

家に帰り戸を閉めて、その場で思わず蹲っちゃった。息が荒い。苦しさで泣き出してしまいそうになるぐらい、あたしは「今」を生きられなくなっていたんだ。今の世界の息を吸うのが辛いの。今の世界が辛いの。怖いよ。苦しいよ。逃げたいよ。

「助けて……ママ…」

声が掠れて、玄関に響き渡る。呼んでもあの優しいママは、ここにはいない。パパも。大人たちはみんな、戦争に行っちゃったから。

「助けて……シオン…」

蹲って、俯いて、あたしは泣いちゃった。心が痛い。感情で頭が無茶苦茶になっちゃう。あたしは泣き続ける。この心の痛みを、和らげる方法を知らないから。

 一緒におもらししちゃったのは、内緒にしてほしいな。

 

 それから数日は、いつも通りのようで、そうでない日々か続いたの。学校へ行って。勉強して。友達と笑って……でも、違う。何か、違う。いつも通り笑えない。いつも通り楽しめない。おかしいな。おかしいな。どうしちゃったのかな。あたし、どうしちゃったのかな。いつの間にか、涙を流すことが、できなくなっちゃった。

 そして、戦争が始まって1カ月経った放課後、街の空気はさらに重たくなって、誰も外に出ようなんて考えなくなったの。夜も明かりを点けず、いつ起こるか分からない、「くうしゅう」に怯える日々。1人、誰もいない家で、あたしは体育座りしてた。今日も一緒。いつもと一緒。誰もいない家。笑うことを忘れた家。泣くことさえもできなくなったあたし。

 目の前には、シオンと繋がれる水晶が置いてある。最近まったくと言って話せてないな。忙しい様子だから、あたしも触れることができなかったし、あたし自身も忙しかったしね。だから、すれ違い続けて、今日まで、話せていない。

「声、聞きたい。会いたい。ねぇ…シオン…会いたいよぉ…シオン…」

自然と声は涙声になるけど、肝心の涙が出てこない。水晶はうんともすんとも言わない。枯れたような声だけが、部屋に響いた。日が落ちる。赤かった部屋が、どんどん暗闇になる。

怖い。暗いのは怖い。1人は怖い。寂しいのは怖い。苦しいのは怖い。怖い。怖いの。怖いよ。助けてよ……

 心の中が悲しい気持ちで埋め尽くされる。もう、駄目だ。あたしはもう、ダメになっちゃう。

 そんな時、水晶から淡い光が漏れた。滲む視界から溢れる光は、繋がっている証拠だった。

「…シオン」

あたしは自然と、その名前を呟いた。

「どうしたんだいコロン…ひどい顔…」

シオンは、驚いた口調であたしを慰めてくれた。優しさに心が包まれる。もう、我慢なんて、できないよ。

「シオン…シオンッ…会いたかったよぉ~…」

思わず水晶に抱きついて、声を張り上げ、恥ずかしいのも忘れて、あたしは思う存分泣いちゃう。張り裂けそうな心を解き放ち、もう何が何であるかわからないまま、あたしは泣いた。泣き続けた。

「コロン…」

泣き終わったときに、優しい言葉をかけてくれる。本当に頭を撫でられているような、そんな気分にしてくれる、優しくて温かい、心地よい音色。

「落ち着いて、コロン。あなたは1人じゃない」

シオンの言葉に、あたしは思わず首を傾げてしまう。けど、彼女の真剣そうな顔を見て、胸の中に、もっと温かいものが広がった。ちょっぴり酸っぱくて、恥ずかしい、けど、なぜだか温かくなる、そんな気持ちが。気づかぬ間に、あたしの背筋はシャンとなっていた。

「私がいる。私はあなたを、1人にしない」

その言葉で、あたしは考えるのをやめる。嬉しい。けど、恥ずかしい。これ、なんて呼べばいいのかな?わかんないよぉ。

「シオン…?」

あたしは彼女の名前を呼ぶことしかできない。その時のあたしは、そんなことしか、できなかったの。

そうこうしてる間に、シオンは下を包むズボンを脱ぎだし、おむつだけになってた。戸惑いの言葉が頭の中でグニャグニャ飛び回る。

ねぇ、シオン?……どうしたの?


あたし、どうすればいいの?

その時突然、シオンの気持ちがあたしの心に流れてきたの。いたずらっ子のような、明るくて、好奇心と少しばかりの悪意に満ちた、くすぐるような感情。

「…シオン…?」

戸惑いの言葉を、シオンに掛けた。シオンは一体、何を考えているのだろう。その心の奥底にある気持ち、それ、あたしには、わからないよ。

「コロン…緊張しなくていいよ…」

シオンの、妙にエッチぽい声が、耳に響く。艶やかになる顔色であたしを見つめ、瞳には、炎のようなものが見え隠れした。その炎に魅入られるあたしの前で、シオンは徐に手をおむつの中に突っ込んだ。

「…んっ!?…シオ…ン…?」

急に来た、なんとも言えない浮かび上がる感覚に、あたしは反射的に動いてしまう。大事な所からくるその感覚は、今まで経験したことがないものだった。

何が起きているの?ふみゅ…おかしいよ…これ、何?だめぇ…そんなとこ、弄っちゃぁ…

言葉にならない言葉が、頭の中をもっと荒らしていく。くすぐったいような、恥ずかしいような、変な感じ。

「何…これぇ…?」

喋るのも、精一杯。シオンは止めてくれないどころか、さらに激しく弄ってくる。

ダメだってばぁ…やんっ!ふぅにゅっ!シオンっ…やめてっ!あたし、あたしが…

体を捩じらせて逃げようとしても無駄だった。直接…といってもシオン越しだから間接になるのかな?…弄られているから、感覚はとめどなく溢れ、逃げ場なくあたしを襲う。

「怖い…怖いよ…やめてよ…シオンっ!?」

「…んっ!」

びりって!びりびりって!電気が、んっ!やめっ……あん…ひゃぁっ…また、びりびりっ!あたひっ…変に、変になっひゃふ…

「シオッ…だめ…わひゃひ…おかひくっ!なっひゃふっ……」

「安心しなさい。私が付いてひるから」

そんあ…ことぉ…でもぉ、それなぁら…いいかなぁ…

 そこで、あたしはシオンに抵抗するのを、止めた。

 

そこから先のことは、覚えていない…というか、頭がいっぱいで、覚えるなんてこと、できない。ただ、気持ち良かったことと、おもらししちゃったこと。そっして、シオンの心に触れられたことだけは、なぜだかしっかりと覚えている。

きっと、嬉しかったんだと思う。寂しいのは自分だけじゃないって、気づけたから。

 

けど、運命は残酷だ。あたしはそれを、すぐに思い知らされることになった。


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