プライメイツ・セレクション 安楽椅子の狩人 小説:シュージ 挿絵:sei  目的地に辿り着いたのを感じて、私はゆっくりと瞼を開けた。  テレビのノイズが晴れるように現れた光景は、予想していた通りにちょっぴり刺激的だ。  乱暴に板を打ち付けられた窓の隙間から、赤錆びたような夕日が射しているコンクリート作りの部屋。その中に、人影がいくつか見える。  偉そうにオフィスチェアにふんぞり返るモヒカンヘアの男。にやにやと笑いを浮かべながら小銃をいじっている男。手足を縛られて床に転がりながらも、そいつらを睨みつけているネコミミの女。そして、ぴくりとも動かずに床に転がるもう一人のネコミミ。  昔はありきたりなオフィスビルだっただろうこの場所に、その面影に似つかわしい者は一人もいなかった。 「殺すなら、一思いに殺せ……」  ネコミミの女が、憎々しい視線を向けながらポルトガル語で吐き出す。  モヒカン頭の男たちには通じていないのか、にやけた顔のまま応えない。元から、話をして何かを得る事は一切期待していないのだ。  彼女が身につけた軍服のボタンは全て乱暴にちぎり取られていて、ボロ布として手足にひっかかっているだけだった。 「またバケネコが何か言ってるぜ。さっきヤったばかりだってのに、もう待ちきれなくなったかぁ?」  男たちの言葉は、この国では聞き慣れた日本語だ。 「そりゃお前の事だろ!一緒になって楽しんでたオレも強く言えねーがよ」 「ま、こんな事滅多に無いんだ。楽しもうって思わねー方がおかしいんだよ」 「だよなあ。俺たちが南アメリカのバケネコどもに勝つどころか、生けどりにできるなんてな!全く、あの拾い物様々だぜ」  耳障りな笑い声を上げるモヒカン頭の連中をよそに、私はもう少し早く来ていればお楽しみの覗き見ができたかな、と考えていた。  南アメリカ共和国が戦争を始めてから、三十年が経とうとしている。  かつて南アメリカ共和国は、軍備の増強を目的にして、遺伝子操作を施した強化兵士……トランスヒューマンを量産していた。  普通の人間に比べて筋力、知力、器用さ等、あらゆる能力について素質に恵まれるトランスヒューマンは、理想的な兵士になる。国を挙げての量産によって、戦闘員全てをトランスヒューマンで構成した強力な軍隊を持つ事を、当時の指導者は期待していたのだ。  想定外だったのは、計画のために招いたトランスヒューマンの発明者、神野真人博士が抱いていた野望である。軍隊の完成と共に蜂起した神野の一族は、瞬く間に南アメリカ共和国をトランスヒューマンが支配する国へと作り変えたのだ。  南アメリカ共和国の掌握を第一歩とした神野の蜂起は、世界中に広がった。  遺伝子改造を受け、人に飼われるものの象徴として付けられていた猫耳と尾は、今や人の思い通りにならない獣の象徴に変わっていた。戦争前から変わっていない「ネコミミ」という彼らのニックネームは、可愛らしさよりも憎々しい響きを伴って耳にする事が多くなった。  長い戦争の影響を受けて、今では普通の人間が地上で生活する事はできなくなっている。生き残った人々の多くは世界各地の地下都市に避難を強いられ、敵味方の軍隊と遺伝子改造生物が闊歩する地上には、緑に飲み込まれた廃墟が広がっていった。  そんな過酷な地上でも、留まろうとする人はいる。  廃墟を根城にするモヒカン頭の連中みたいに、法の支配が及ばない無法地帯と見て略奪や支配に励む者。  彼らは小規模なギャング団であったり、それらを束ねて広大な縄張りを維持する地方豪族となったりする。  南アメリカ共和国軍や、元々地域を支配する軍隊には力が及ばないものの、地下都市に避難できない人々や、地上を生業の場とするハンター達にとっては決して無視できない驚異だ。 「さて。そろそろ到着かな、モリス」  口に出した私の言葉は、私が見ているこの部屋には届かない。返事を返したのは、ノイズ混じり通信越しの、青年の声だった。  『もうビルの目の前だよ。入口にちょっと大物の見張りがいるけど……こっちは見てなかったのかい、夕霞*ゆうか*』 「あら、ごめんなさいね」  乱れた服のネコミミ兵に目を奪われていたとは、言いづらい。 「さっきまでビルの中を見ていたの。今モリスのカメラを借りるわね」  『了解。作戦の成功は夕霞にかかっているから、しっかり見ておいてね』  今度は一瞬にして、視界が切り替わる。  さっきに比べて眩しいくらいの夕日に照らされる、私が見ていたビルの外側の光景が頭に流れ込んできた。  地上に留まる代表的な人種はもう一つある。それが私たち、ハンターと呼ばれる職業だ。  遺跡となった工場や屋敷に残された財産を回収して回る、トレジャーハンター。  警察には手に余り、軍隊の力を割くには数が多すぎる賞金首を狩るバウンティハンター。  民間の交渉事や、腕前が求められる雑務を請け負うトラブルハンター。  装備も練度もバラバラで、系統立てられた指揮もないハンターは、危険な地上で死傷する率が兵士より高い。  それでも新たにハンターになる者が尽きないのは、大きな見返りの魅力があるから。  地上に打ち捨てられたこの三階建てのビルには、私を目的に近づけるものがあるはずだった。 「見張りは……二メートル級強化外骨格が一体か。中の連中が言っていた『拾い物』って、たぶんこれの事ね」  『珍しいのが落ちてたものだね。このあたり一帯の宝物は、同業者がみんな拾って行ったと思ったのに』 「きっと、まだまだ見つけにくい隠し場所は残ってるのね。私たちのお家みたいにね」  ビルを外側で見張っているのは、西洋の甲冑を拡大したような外見の強化外骨格だった。  二メートルほどの大きさの鎧は、持ち主の筋力を機械的に増幅させて厚い装甲で身を守る。本来であれば、歩兵が数人で運用しなければならない重機関銃を単独で運用するための補助機材なのだけれど、この機体は銃らしきものは何も持っていなかった。  壊れてしまったのか、それとも銃だけ持ち去られてしまったのか。最初から、作業用に武器を外された機体だったのかもしれない。 「鎧が素手なのは救いね。それでも、南アメリカ共和国のパトロールユニットを捕まえちゃうくらいには強いみたいだけど。ビルの中に、少なくとも一人はネコミミ兵が生け捕りにされてるわ。もしかしたら、二人だったかも」  『小銃弾ではあの装甲を貫通できないからね。僕もこれからちょっと骨が折れそうだけど……相手に銃が無ければなんとかなるよ』 「モリスは頼もしいわね」  私がそう言ったのに反応してか、視界が瞼で覆われる。モリスは何も言わないけれど、照れ笑いを浮かべる彼の姿が容易に想像できた。  この、私の意識にに流れ込んで来ているのはモリスの視点だ。彼が瞬きをすれば、それは映像にも反映される。  私はこの能力を利用してモリスをサポートして、モリスがハンターの実務を行う。今のところ、私たちの目的に近づくには最善の作戦だと思っている。  両目にサイバー義眼を入れているモリスと、カメラを自分の視界のように扱える私の能力の組み合わせは、コンビを組むための相性としては最高だ。……ちょっと秘密を抱えた、私の能力を受け入れてくれる事も含めて。  私はモリスにビル屋内の様子を手短に伝えると、今度は視点を強化外骨格に切り替えた。相手がカメラを持っているなら、敵しか見えていない情報を得るには好都合だ。  監視カメラやモリスの視界とは違い、強化外骨格の各機器のコンディションを示す拡張現実*AR*が浮かび上がる敵の視界は、大いに作戦を立てやすくしてくれる。  ふと、視界の隅に見覚えのある画像がAR表示されているのを見つけた。さっきまで私が見ていた監視カメラの映像だ。どうやらこのパイロットも、カメラ越しに犯されるネコミミ兵を見ていたらしい。同じ事を考えていた自分に、ちょっと呆れてしまった。 「ARに武装は表示されてないから、やっぱり敵は素手みたい。特殊なセンサーもないし、光学索敵にも何も映ってないからモリスはまだ気づかれてないよ」  『ありがとう、安心した。それじゃ、そろそろ行くよ』 「オーケー、始めて」  その直後、街の廃墟を映すばかりだった視界に変化が現れる。  索敵ARが廃墟の陰から現れた人型の輪郭を浮かび上がらせ、パイロットに伝えるために画像を拡大した。映っているのはネコミミの青年、もちろん私が見慣れたモリスの姿だ。  肩の後ろまで伸ばした橙と白の髪に大きな耳、まるで狐みたいな大きな尻尾は、敵として対峙する相手には猫科の猛獣のように見えているだろう。  丈夫な野戦服の上にボディアーマーを装備し、手には金属製の棍棒……中世騎士が使う、メイスのような武器を持って向かってくる相手に、即座に強化外骨格は身構えた。 「おい、貴様!止ま」  パイロットが発した警告は、最後まで言い切る前に衝撃音にかき消された。  強化外骨格はモリスを掴もうと伸ばした腕をそのままに、メイスの柄頭が食い込んだ胸部装甲を見て硬直している。  柄頭が命中した瞬間、爆発音と共にメイスのスパイクがわずかに伸び、杭打機のように装甲の内側を貫いていた。  モリスが蹴りの勢いに任せてメイスを引き抜くと、強化外骨格は彫像のように同じ姿勢のまま、仰向けに地面に倒れて動かなくなった。  視点がモリスに戻る。  モリスは強化外骨格から目を離し、ビルに向けて走り出していた。 「敵はあと二人よ。位置は……さっきから変わってるわね。南側の柱に繋がれたネコミミ兵を二人がかりで犯してる。さっきの強化外骨格に倒れた音には気づいてるはず」  『捕虜虐待だねえ。どっちの勢力も、戦時協定なんて結ぶ気ないだろうけど。突入するよ』  モリスがメイスの柄についたレバーを引くと、弾き出された薬莢がコンクリートの地面に落ちた。  このメイスの正体は、火薬の爆発力で威力を高める対装甲兵器だ。軍の徴発によって銃が入手困難になった今、この手の変わり種武器はハンターたちの好む物となっていた。  階段を駆け上がり、両開きのドアを蹴り破る。  敵はやっとズボンを穿き終え、武器を手にしようとするところだ。大きい隙を作るくらいなら脱いだまま戦えばいいのに。  ネコミミ兵の小銃をいじっていた男は、ボウガンを。もう片方の男は、鋳造の長剣を持っている。小銃には人体通信を使ったロックがかかっており、持ち主にしか使えない。いくら高性能でも、今使えないなら粗末なボウガンにも劣るのだ。  まともに聞き取れない滅茶苦茶な言葉を喚きながら、男たちは一斉にモリスに襲い掛かる。  発射される矢を屈んで躱しながら近づいたモリスは、踏み込んだ勢いを借りてメイスを振り上げた。  射手の鳩尾を抉るようにメイスがめり込み、柄頭が丸々吸い込まれる。 「モリス、右後ろから来てる!」  驚愕の表情を浮かべた射手が血と吐瀉物を浴びせるよりも先に、モリスは腕力に任せてメイスを横薙ぎに振り回す。  死角からモリスに斬りかかろうとしていた剣士はタイミングを逃して、メイスから離れて飛んできた仲間の死体を斬り落とす事になった。  血しぶきをかき分けて、モリスのメイスが迫る。振り下ろされたそれを剣で防ぐ事もできないまま、モヒカン頭の剣士は柄頭に叩き潰された。  『終わった……今回もなんとか勝てたね』 「お疲れ様ー。凄く順調だったじゃない?」  『指揮官の目に狂いが無いからじゃないかな。それよりも、目的のものを探さないと』  戦闘は終わったけれど、まだ作戦は達成していない。私たちがここに来た目的は、ここにあるはずの宝物を探す事だった。  『彼女が持っていたはずなんだよね?』  モリスが視線を下げ、私もそれを見る。  自分を捕えていた男たちの血を浴び、精液を浴び、一層無残な格好になったネコミミ兵だった。  監視カメラより近いモリスの視点で見て、初めてその表情が見て取れる。 「W.O.L国のネコミミ……裏切り者……!」  外国語の恨み節が漏れ聞こえるが、モリスはそれに応えない。  恐怖と怒りが混ざった顔でこちらを睨みつける彼女を見て、私はいつもと同じ感想を抱いた。  ああ、この現場に居るのが自分だったら嫌だな。  初めは、映画やアニメの凄惨なシーンを見てよくそう思っていた。今や、世界全てがカタストロフィ映画同然となってしまったのだ。  自分がいる部屋以外、世界全てが私にとっての「居合わせたくない現場」になった。 「そうね、彼女が持っていたはずだけれど。今は違う所にあるはず」  もはや服をすべて脱がされた彼女が、何かを身に着けるのは不可能だった。  身に着けているのは、片方しかテープが留まっていない紙おむつだけ。その隙間から精液と尿が混じり合った液体が、床の血だまりに零れ落ちていた。  あんな粗雑な連中でも、寝床の床を汚されるのを嫌うのかと、少しおかしくなる。  それなら間に合わせのボロ布でいいはずなのに、貴重品の紙おむつを使うのにはこだわりがあったのかも知れない。  モリスは縛られて何もできない彼女の横を通り過ぎ、その後二度と視線を交わす事は無かった。  『あった、これだ』  モリスが木箱から手に入れたのは、掌に収まる携帯端末だ。 「やった。無傷みたいね」  『南アメリカ共和国の軍用端末なんて、そう手に入るチャンスは無いね。その点だけは、このギャング達もいい仕事をしてくれた』  南アメリカ共和国軍の共通装備であるケータイを持ち歩いている兵士は珍しくないが、民間のハンターが襲って奪えるようなチャンスはそう無い。……パトロール中のユニットを、偶然ギャングが生け捕りにしているなんて幸運が無い限り。  『それじゃあ、帰るよ。いくらかお土産も持って帰れそうだ』 「うん、楽しみに待ってるね」  戦利品の包みを抱え、モリスが戻って来る。その待つ時間は、とても待ち遠しくて楽しみだった。  この能力に気づいたのは、二〇九〇年代も初めの頃。  高校を卒業してすぐ、特に仕事も決まらないまま自分の部屋で寛いでいた時だった。  ケータイから流れるニュースストリームからは、絶え間なく凶悪賞金首の懸賞広告が送り出されていた。自分のやりたい仕事も決まらない中、賞金を稼いで暮らせたら素晴らしいじゃないかと、呑気な事を考えていたと思う。  例えば、この賞金首の居場所を知らせるだけでも、莫大な賞金の一部を受け取る権利を得られるのだ。戦う腕前に自信が無くても、立派にバウンティハンターとしてお金を稼げるじゃないか。  そう思いながら、賞金首の顔写真をじっと見ていると……突然、視界が切り替わった。  手足の感覚は自分の部屋にいる状態のままなのに、目玉だけどこかに飛んで行ったみたいな感覚。  私の目は、いつの間にかどこか建設現場に飛び込んでいた。  首を動かすこともできない不思議な視点だったが、何故か視界の端に見えた日時の表示を見て、私はこれが監視カメラの視点であると気が付く。  そこには、ドラム缶の焚火を傍に置き、座り込んだ賞金首の姿が映っていた。  ハンター組合の情報提供窓口は、市民に開かれている。  まるで夢のような現象を見た直後だったけれど、その時の私は確信を持って情報送信のボタンを押した。  私の口座に賞金が振り込まれたのは、それから二週間ほど後の事だった。  それからしばらくこの能力について実験してわかったのは、情報回線で繋がったあらゆるカメラの視点を借りられる事。  アナログ、デジタル、有線、電波、光通信と伝送路を選ばない事。  そして、認証や暗号化は能力を阻害しない事。  サイバーパンクな物語に登場する電脳ハッカーを連想させるものの、原理はコンピュータ通信だけでは説明できなかった。時が経っても未だに、この能力の動作原理はわからない。  私と同じような原理不明の能力を操る人間が複数存在する事もわかった。  私が盗み見たカメラに偶然映った彼らは、リボルバー拳銃をリロードなしで七発以上撃ったり、不可視の腕で人間を殴り、締め上げたり、不死身の体を持っていたりした。  彼らの話を聞いて、私はこれらの能力の持ち主が「超越者」と呼ばれている事を知ることになった。  同時に、全員が共通して寿命では死ぬことがない……不老だとも聞いた。  神や仙人、魔法使いと呼ばれた者の正体は超越者だったのかも知れない。しかし、神話の中でも彼らが命を落とすように、私が見ている前で何人もの超越者が命を落としていた。  殺されなければ死ぬ事がない超越者だけれど、生まれ持った能力を活かそうとして、戦いの中で死んでしまう。  私は、この能力を使って安全に生き延びたいと思った。  安全な家を買い、そこに居ながらにして情報を集め、情報を売って生活する。  恨みを買わないように、仲介者を何人も通したりもしながら、この生活は順調に続くように思えた。  でも、神野の反乱がそんな努力を無に帰してしまったのだ。  二〇九五年。神野の手先、南アメリカ共和国軍によって宇宙空間の監視衛星は破壊され、海底ケーブル網は分断された。  荒廃した地上の情報ネットワークはあらゆる所で分断されて、私は目の半分以上を失ったのだ。  私のような能力者の存在を予期していたのか、神野のネットワークは既存ネットのどことも繋がってはいなかった。私の目論見は、一世紀も持たずに崩れ去ったのだ。  稼いだ賞金で安全を買っていたとはいえ、地上に残された自宅は安住の地ではなくなった。  今は、誰からも忘れられた、打ち捨てられた小型ジオフロントの奥で潜み暮らしている。  かつての私は、ただ長く生き延びるために生きていた。今もそれに違いはないけれど、神野への復讐という目標が新たに掲げられたのだ。  神野を倒し、地上のネットワークを復活させる事。私の目を取り戻し、ついでに世界を平和にする。  そのためには、一人だけでは力不足だった。目標のために手を取り合って行動する相手、今私が帰りを待っている彼がどうしても必要だ。 「ただいま、夕霞」  あれから数日経ったかと錯覚するような待ち遠しさは、待望のモリスの肉声によって破られた。 「モリス!おかえりなさいっ」  まるで子供だ、とは自分で思うけど、玄関の彼に飛びつくように抱き着いた。  身長差があるから、手を回しても彼の腰にしか手が届かないけれど、これ幸いとふさふさの尻尾をなで回す。  既に風呂は済ませているようで、あの血に塗れた戦いの痕跡はすっかり洗い流されていた。 「今回はずいぶん待たせちゃったね。さてと……」  大きな荷物を床に置いて、モリスは私を抱っこしてくれる。 「私から言うのが様式美かしら。早速……私にする?」 「様式美なら、三択じゃないのかな。まあ、どっちにしろ夕霞を頂くけどね」  心地よい彼の腕に揺られながら向かうのは、寝室ではなくて広間のベビーベッドだ。  市販品よりずっと大きい、私専用に彼が作ってくれた。 「おむつを当てていても、身も心も赤ちゃんになりたいってわけじゃないんだけどね」 「ちょっとした演出だよ。介護気分より、可愛い方が好きでしょう?」 「それは、そうねー」  ゆっくりと体を下ろしてもらい、ベッドに横になる。  私のお尻の膨らみで腰が少し浮いている感じは、厚く当てた布おむつ独特の感覚だ。  戦前の一人きりの時からずっと、私はおむつを愛用している。  初めは能力に没頭した時に、油断しておしっこを漏らしてしまったのがきっかけだった。  それ以来、能力を使う時は必ずおむつを当てているけれど、肌に当たるおむつの柔らかさが病みつきになって、手段と目的が逆転してしまったような気がする。 「ほら、可愛いから見てみようよ。しっかりカメラに収めてるからさ」  そう言いながら片目をつぶるモリスに、言われるままに視界を借りた。  童顔が目立つ頭から足下まで伸びた黒髪は、一部を結んでツインテールになっている。ゴシックな服に包まれた体はあまり凹凸がなく、発育はよろしくないなあと思った。  極端に短いスカートから覗く、ボールのように膨らんだおむつカバーは、我ながらお似合いだと思う。 「うーん、なんて言うか……おむつが取れるのが遅い小さい子?」 「そういうところが可愛いくて好きなんだよ」 「ありがとう、褒めてるのよね?」  そう言われて、悪い気はしない。  改めて自分を見てみると、超越者になってから背も胸も縮んでいる気がする。少なくとも、老化からは遠ざかってるのは間違いなさそうだ。 「まずは、おむつを交換しようね」 「うん……お願い」  膝を持ち上げて、ちょっと開く。本物の赤ちゃんがおむつを交換してもらう時のポーズだ。慣れているはずなのに、少し恥ずかしい。  二枚のマジックテープを大きな音を立てて剥がしてもらうと、薄黄色に染まった布おむつが滴を垂らしているのが露わになる。 「ずいぶんいっぱいしたね。僕が出かけてからずっと替えてないの?」 「う、うん。仕方ないじゃない、目を離す暇がなかったし」  小さな女の子が……モリスの視界の中の私が赤面する。自分が恥ずかしがっているのを見るのが恥ずかしい、まるで無限ループだ。  十枚ほど当てられた布おむつを剥がしてもらうと、濡れたスリットが目に飛び込んでくる。おむつを処理しやすくするために、そこはつるつるに剃ってしまっていた。 「じっと見られるの、恥ずかしいよ……」 「見てないと、おむつを替えるのは難しいねえ」  おまたが視界の中心にあるという事は、モリスが注目しているという事で。  思わず顔を手で覆ってしまうけれど、別に借りている視界が見えなくなるわけじゃない。恥ずかしがっている自分の姿が強調されるだけだ。 「ずっとおしっこで濡れてたんだから、早く綺麗にしないと。ちょっと冷たいけど我慢してね」 「うん、はやくっ……んっ」  濡れ布巾のひやりとした感覚に、少し体を震わせる。  モリスがおまたを拭く手が、徐々に動きを早くしていく…… 「も、もう、綺麗になったでしょ?」  そう言っても、手の動きは止まらない。いつの間にか、布巾の動きに合わせて水音が聞こえるようになっていた。 「だめだめ。綺麗にするだけじゃ準備はまだだよね?」 「そうだけど……うぅっ」  布巾の冷たさももう気にならないくらい、体が熱くなってくる。  気を抜くと、またおしっこが漏れてしまいそうな数分間の後、やっとモリスは手を止めた。 「いい子にしてたね、夕霞。このまま始めちゃうのもいいけど、先にお土産をあげるね」 「お土産?」  熱を出したように赤い顔を上げ、自分の目でモリスを見る。私にお預けしてまで見せたいお土産って…… 「新品の、紙おむつ?」 「夕霞のお気に入りだったでしょ?」  モリスが取り出したのは、長方形に折りたたまれたテープタイプの紙おむつだった。 「本当、数年ぶりね! ありがとう」  今は紙おむつは政府配下のジオフロントでしか生産していない上、配給制に置かれた貴重品だった。ネコミミ兵を捕まえていたギャングの略奪品から持ってきてくれたんだろうけれど、モリスが自分から探してくれたのが本当に嬉しい。 「喜んでくれてよかった。僕も、紙おむつの方が夕霞に似合うと思うしね」  モリスの助けで腰を浮かすと、おしっこじゃない滴がおむつから糸を引いた。  代わりにお尻の下に広げた紙おむつに触れると、布とは違うきめ細かい柔らかさが迎えてくれる。  丁字型に広がった新品おむつの上で足を広げているのは、この地下深くの我が家で味わえる最高の開放感だと思う。  そして、おむつ替えの直後の姿勢は、いつもモリスを受け入れている姿勢だった。 「ねえ、いいかな」  いつまでも慣れずに照れる性質なのか、彼がエッチしようとストレートに言う事はない。 「……うん」  モリスがおちんちんをズボンから取り出すのを、つい見つめてしまう。 「あ、すごい。いつもより大きい……敷いてるのが紙おむつになっただけで、興奮しちゃうの?」 「そうかもね。今日の夕霞はいつもより赤ちゃんみたいで、可愛いよ」 「モリスも、こういうの好きだものね」  まるで、寝ている赤ちゃんを抱き寄せるように。  覆い被さるように密着したモリスの熱いものを、私は飲み込んでいった。  背中から支える彼の大きな手、密着した胸、私の中。もっと彼を感じていたくて、自然と彼の唇を求めていた。  絡む舌同士が触れる度、彼と私の味が混じり合う。  肉棒が引き抜かれ、また突き入れられると、内臓を肺まで押し上げられたみたいになって、勝手に息が漏れてしまう。 「んっ、もっと、激しくして」 「大丈夫?じゃあ、激しくいくよ……」  次は、大きく腰がぶつかって来た。 「うあぁっ!」  堰が切れたような馴染み深い感覚に、声を漏らしてしまう。 「出ちゃってる……? 私、お漏らししちゃってる?」 「どうかな? ここからじゃ二人とも見えないけど、おむつ敷いてるから大丈夫だよ」  お互いの顔しか見えない距離で、お漏らしを確かめようともせずに腰を動かした。わずかに混じる水音と、激しく腰を動かす音が、部屋中に響き渡る。  その激しさが最高潮に達した時、気が遠くなるような感覚を覚えた。 「出すよっ……」 「モリスっ……!」  瞬間、モリスの熱さを中に感じる。  体の芯が震えるような快感を伴って、モリスのおちんちんが波打つのを味わっていた。 「はあっ、ふあぁ……」  心地良い弛緩に襲われて、ベッドに両手を投げ出す。  二人の結合が、ゆるりと押し出されるように離れると、混じり合った液体がテープも止めていない紙おむつに染みを作っていった。 「さて。お仕事の話で悪いけど、これも試さないとね」  本来の役目を果たす事無く汚れてしまった紙おむつを廃棄した後、モリスは荷物から包みを取り出した。  お気に入りのビーズ入りソファーに身を任せたまま、私はその包みを受け取る。 「ありがとう。これを取りに行ってもらったんだものね。うまく行けば、やっと計画が進展するわ」  開いた包みから出てきたのは、南アメリカ共和国軍の通信端末だ。 「勿論、そのままじゃセキュリティがかかっていて使えない。例え元の持ち主を連れてきたとしても、決して認証を通してはくれないでしょうね」 「僕も拷問とか趣味じゃないなあ。夕霞の能力を活かしたら避けられるなら、文句なしだね」  南アメリカ共和国軍は、徹底して既存のネットワークから切り離した連絡系統を構築している。  私の能力では通信経路に繋がりが無いところを見る事ができないから、今まで敵の中枢を盗み見る事ができなかったのだ。  今ここにある端末は、少なくともW.O.L国侵攻部隊を網羅する彼らのネットワークに繋がっているはずだ。  端末に触れて目を閉じ、目的のものを探すようにネットワークに私を浸透して行く。 「見つけた……!」  ノイズが晴れるように現れた視界に映る横顔。軍隊、民間ハンターを問わず指名手配された最高級賞金首である、神野の娘の姿がそこにあった。 「誰も居場所を掴めなかった指揮官を、私たちだけが追いかけられる。世界をこんな事にして、私の目の半分以上を奪った神野への、復讐を始められるわ」 「良かった。僕たちにしかできない事が、やっと始まったね」  安心して家に居られる生活を取り戻すために。紙おむつがいつでも買える生活のために。そして、モリスとずっと暮らせる生活のために。  結果的に世界を救うだろう復讐のスタートラインに立って、私たちは立ち上がった。