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トップ  >  黒人形作  >  cross drive  >  cross drive 第四話 Lunatic gardenand Full moon cradle  第4章 remained ties and broken chain
ずっと花は咲いてはいられない。いずれ花は枯れる。永遠なんてモノは存在しない。人もそう。ずっと子供ではいられない。いずれ大人になるときが来る。
だから僕たちは間違っていたのだろう。お互いに子供で居続けたいと望んで、そして時が進むことを拒絶した。
僕はこの世界に降り立ったとき、大人になることを捨てた。時が進むことを拒絶した。僕は自分に永遠に子供でいる呪いを掛けた。そして、名前も捨てた。もう、僕には必要ないものだから。
あの名前は、大人になったときに名乗ろう。そのときはもう来ないけど。僕はその全てを捨てた。だけど、簡単に捨てられるものではない。だから、自らの半分を分け与えた存在を作った。正確に言うと作ってもらった。神様と名乗る少女に。
その日から僕は変わる。夢の世界を漂うだけの子供に。
いずれ来る終わりに怯えながら。それでも世界を漂い続ける。

目覚める。今日も5月21日。子供部屋で起きているのは僕だけのようだ。僕はむくりと起き上がり、床に降り立つ。
「ぐうっ…」
突然の吐き気。力の使いすぎがここにきて一気に来る。あいつはもう僕の半分ほどを持っていっていた。まるで呪いだと自嘲する。いや、これはきっと呪詛よりもきついだろう。
「はうぅ…んぁっ…」
あいつが胎内で暴れまわる。僕は蹲りひたすら耐えた。
「ふぁ〜大丈夫かぁ〜?白梅」
いなりが寝起き声で僕を心配する。僕は無理に笑顔を作り、大丈夫なように装った。彼女には記憶継承をしていない。だから、きっと前回のことも覚えていないだろう。
「白梅…嘘が下手じゃの」
いなりは起き上がると近づいて、僕の体を抱きとめる。僕は突然のことでどうすればいいのか解らない。
「苦しいのじゃろ?泣きたいのじゃろ?なら、強がりなんてする必要はないぞ。思いっきり泣けばいい。それぐらいなら、わしの肩は安いぞ?」
僕はその言葉が終わるのを待たずに泣いてしまう。どうしてだろう。涙が溢れて止まらない。いなりは僕をベランダまで誘導した。きっと眠っている他の子達に配慮しているのだろう。
「おお!綺麗な朝焼けじゃな」
空はほんのりと空色に戻りつつあった。紫と赤、空色が混じる空はキャンバスにその絵の具を垂らしたかのように混じって美しかった。もっとも、僕には歪んで見えるため本当の美しさなどわからなかった。
「なあ白梅」
「…なあに?…」
いなりは僕に旧来の友の態度で話しかけてくる。いつもと違う口調。私が緊張していると、いなりは穏やかな表情で言った。
「わしはお前に宿っているものが何であるかは分からぬ。きっとたまにも分からぬじゃろう。じゃがの。それでもわしらは、お前に助かって欲しいと願っておる。わしらにはお主を助けることができぬじゃろう。この世界、夢幻世界に選ばれたのはかおるじゃからな。だから、わしらはかおるに最後の手助けを行う。お主がここに隠した、あの世界の扉をお主の分身とともに開ける」
それは、彼女が全てを知っていた証だった。彼女やたまは最初からこの世界の秘密を知っていた。
夢幻世界。僕の技、夢幻回廊の中にある異世界。時が狂ってしまっている世界。僕は決死の力で最後の日を、この世界に閉じ込めた。そしてループさせる。いくつかの不安定要素を残して。どこかにあるはずの、僕が救われる道を探すために。
だが、きっとそれは詭弁だ。僕はきっと見つけて欲しかったんだ。僕が失った全てを。僕が捨てた全てを。そして、僕を終わらして欲しかったんだろう。そして、あの世界の扉が開けばそれは叶う。
「…うん…解った…」
僕は全てを受け入れよう。今ここで終わらせよう。もう、僕も子供ではいられない。
「勘違いするのではないぞ。わしらはお主を終わらせる気などない…きっとかおるなら最後の必要な存在に気づいてくれるはずじゃ」
いなりは後ろ振り向く。この部屋の扉の向こう、廊下を挟んだ先に薫の部屋がある。きっと彼女には薫が見えているだろう。
「…白梅…行くね…」
僕はここを後にする。もう、戻ることは無い。
「ああ。では今夜に、会いに行くぞ」
それが、最後の会話。僕はベランダから飛び出し屋根伝いに公園の先を目指す。後ろでいなりが、手を振っている気配を感じた。
嬉しいな。まだ僕は愛されている。それが、幻想であっても。
神様に祈る。最後の時まで、せめて夢が覚めないようにと…

起きたら既に白梅はいなかった。僕はしっかりと覚えている。今日も5月21日。僕は今日は学校に行かないと音子さんに伝える。音子さんもそれを了承していた。前回のように夕子は身を引き、真琴は僕と共に行くと言いだした。僕はそれを制して、真琴を学校に行かせる。
「行った…ようじゃな」
いなりが真琴を見送った僕を迎え入れた。隣にはたまもいる。リビングでくつろぐ彼女は、既に着替えを終えていた。いなりはよくスカートを穿くのだが、今回はジーパンだった。上は露出が大きめなTシャツを着ている。たまは半ズボンに長袖のポロシャツと言う組み合わせだ。
「2人に…話があるんだ」
僕がそう言うと、いなりは「やはり」という顔をしてたまと向き合う。少しばかりごにょごにょ話をした後、僕に「座れ」と指示をする。僕が空いているイスに座ると、いなりが先に話し始めた。
「さて、会いに行くぞ…籠命のところへ」
僕はその言葉に戸惑っていた。彼女が何故そんなことを言い出したのか、何故彼女は僕の言わんとしている事が理解できたのか、そして、彼女の記憶の中では僕に1度も語られてはいない籠命を、話の引き合いに出したか。
「わしの記憶の中ではかおるに籠命の話はしてなかったな。じゃが、わしは知っている。お主が籠命のことを知っていることを…」
いなりは僕の瞳を見つめる。僕はその真剣な瞳を受け止めた。いなりは少しばかり僕を見ていたが、何かを察知したのか軽く外のほうを見てからすくっと立ち上がり、たまもそれに続いて立った。僕も、彼女達と同じように立つ。
「行くぞ。迎えが来た」
いなりはそのまま真っ直ぐ玄関へ。たまもそれに続いた。僕は、最低限の用意をしてから彼女達に追いつく。
「お早う…と声をかけたい所だけれど…そんな余裕は無いわね」
外では黒百合が僕らを待っていた。黒百合がここにいると言うことは、学校には守人はいないのだろう。黒百合は僕を見た後、いなりとたまを見て、
「さあ…早く行きましょ…時間が惜しいわ」
と言って、僕らを先導する。僕らは彼女についていくばかりだ。黒百合が向かったのは、なんと僕の学校だった。僕が戸惑うのも気にせず、皆は先に行ってしまう。僕も逸れないように後をつける。
「この先に…『橋』があるわ」
着いた場所は教会だった。7不思議の5番目にして、夕子のトラウマスポット。血塗られた地価牢がある場所。
「これは飾りよ…白梅は扉のある場所への橋をここに隠した。ここは色々とあって近づき難いし、あなたたちも鬼の件があるから近づけない」
黒百合はそこで言葉を紡ぐのを止め、いなりたちを見た。いなりたちは頷くと、僕に道を譲る。
「どうしたの2人とも?」
「俺はこっから先に行けないのにゃ」
たまが僕の質問に答えると、黒百合が説明する。
「この先にいけるのは貴方だけよ。あの扉を超えることができるのは、この世界で唯一記憶を保ち続けられる貴方だけなの。他の人は、もうすぐ消えるでしょうね…本当のことを教えてあげる。この世界の全てと、この先で待つ運命を」
いつの間にかいなりとたまは消えていた。…音も無く。自然なままに。
「彼女達の役目もこれで終わり…という訳ではないか。ただ、気を利かせたのでしょうね」
黒百合はなにやら納得した顔になると、周囲の時を止めた。きっとこれは、最後の助言だと、僕は直感した。
「この世界は偽りよ…全てね。本物なのはあの時死んだ私と貴方、そして白梅だけね。他のは白梅が再現させたもの。あの時死んだ私たちを、白梅は『夢幻回廊』の中に閉じ込めて再生させたの。この世界は、白梅が持つ…というか持たされた力、『夢幻回廊』に付随する『夢幻世界』。時や空間、全てが捻じ曲がってしまった世界。白梅はそれだけではなく『最後の1日』も夢幻回廊の中に閉じ込めたの。何度も同じ日を繰り返しさせて、自らが滅び、貴方が死ぬ結末を回避する方法を探すために。それか白梅ができる最大のことだったから」
ああ。今まで全てその結末だと自覚する。いつでも僕は白梅を助けられなくて。
「化け物に自分を奪われそうになっても、白梅は貴方が自分を救ってくれることを待ち続けるわね。だけど、リミットまではそう無かった。だから貴方の仲間に様々な情報を仕込んだ。人形の話は多分本人から聞いたのでしょうね。いくつもの情報を貴方に与え続けた。彼女達は、白梅が生み出した彼女達の分身体。本体は別の世界で貴方と白梅の帰りを待ち続けているわね。そして、この扉の向こうに行かせなかったのは、それで事件は解決してしまうから…」
黒百合は耳をゆらっと揺らすと、僕に向き直る。そして、頭を下げた。
「お願いします。白梅を…私を…救ってください」
それだけ告げると、黒百合も消えてしまった。誰もいない空間から、声がする。
――白梅がこの世界を維持できなくなりかけているの。急いだほうがいいわ
僕は、扉に手を掛ける。扉の向こうは、教会のイスが見える。僕は、自然にその扉を開けた。
向こう側には銀河が広がっていた。
見渡すばかりの星が足元から下に輝いている。上も同様で、星が無数に輝いていた。まるでこのまま堕ちてしまいそうになる。
――惑わされないで。道は足元にある。信じて前に進みなさい。
僕は深呼吸をする。心を落ち着かせ、覚悟を決める。大丈夫。怖くない。
僕は前だけを見据えて、全力で走った。しっかりと道はある。堕ちることは無い。走っている最中、僕はどこかにいる白梅に声をかけた。
白梅、もう1度約束しよう。僕は、君を助けに行く。

この先にあるのは、永遠の森。常に着きは冷たく笑う、常夜の世界。
今、世界は動き出す。永遠に止まった時計は、鼓動を再開させる。
その先に待つ、結末に向かって…

銀河を抜けると、その先には森が広がっていた。空には満月が輝き、周囲には人の気配は無い。真っ直ぐ伸びる道は、自然にできた獣道を改良したものらしく、曲がりくねっていて、時折草で判らなくなる。それでも、僕は前へ進む。
「珍しい。人間だ」
「人間がいるぞ」
突然、右から声がした。振り向くと、そこには白梅と同じようにうさぎ耳をつけた子供がいた。片方は女の子のようで、首にネックレスをかけ服は簡易な和服で色は群青。髪の色は黒で、長さは肩ほど。お河童に切りそろえられている。耳はくたーとしていて、白梅のそれに近い。
もう1人は男の子のようで、手には木刀。こちらも簡易な和服を着込み、色は黄緑。髪の色は茶色で、短くカットされていた。目つきは鋭く、耳もしゃきっとしていた。
彼らは僕が気づいたと知ると、すぐに森の中に走り去ってしまう。僕は追おうと思ったが断念した。既に森の中に彼らの姿は無かったからだ。僕は自分の歩く道を信じて、そのまま真っ直ぐ行く。
森の出口に着くと、そこには大きな屋敷が広がっていた。その屋敷はちょうど陸地の端に建っているからか、半分ほど海の上に建っていた。屋敷の入り口には、先ほどの2人の子供が待っていた。その後ろには、子供が1人。彼女には兎耳は、ついていない。
「ようこそお出で下さいました。さあ、こちらへどうぞ」
奥の少女が僕を招き入れる。僕は、彼女の指示に従うことにした。僕の予想が正しければ、彼女は…
屋敷のある部屋に案内されると、先ほどの2人が僕の両隣に座る。少女は僕の向かい側に座り、僕のことを観察する。そのとき、女中さんがお茶を持ってきてくれた。この女中さんも兎のようで、耳がひこひこ揺れている。
「自己紹介します。私の名前は紫煙院 籠命。この家の主にして月の民最後の生き残りです」
彼女は淡々と話す。その声に、感情など含まれてはいない。僕も自己紹介しようとしたときに、先に隣の男の子が自己紹介した。
「俺、宝塔華 柳耶。で、こいつが蝋静雅 水仙。2人でこの屋敷周辺のパトロールしてるんだぜ!」
反対隣の少女が深々と礼をして、
「不束者ですがよろしくお願いします!」
と言った。僕は結局最後に自己紹介した。籠命はそれが終わると同時に話し始める。
「貴方が来たのは白梅のためですか?それとも私のためですか?」
彼女は僕の目を見て、質問をする。僕は、そのアクアブルーの瞳に射抜かれ、舌がうまく動かない。
「私には貴方がどんな人かを『感覚的』に理解することができます。あなたはいなりの新たなマスターであり、白梅と共に住んでいたんですね。つまり、私と白梅、両方の事情も全て知っていますね」
僕は首を縦に振る。言葉ができないなら、ジェスチャーが一番だから。
「私はいなりによって永遠に年を取らない体になることができました。心は彼女が来れば封印で解いてもらうことになっています。私はこの術のことを白梅に話す予定でした。お互い永遠に子供でいたいと願っていましたから」
彼女はただ事務的に、感情の起伏もない平坦な声で話す。
「ただ白梅は勘違いをして、最終的に私との縁を切ってしまいました。『…絶交…する…』…それが、あの時暴走した白梅の最後の言葉です」
彼女の声は平坦だ。が、その中に悲しみは感じ取ることはできた。やっと僕は言葉が喋れるようになる。
「白梅は今、『化け物』に意識を乗っ取られようとしています。…僕がここに来たのは、あの生き物を呼んだ貴方達なら、何か知っていると思ったからです」
僕の単刀直入な質問を聞いても、籠命は動じたりはしなかった。彼女は「残念ながらお役に立てることはないでしょう」と俯き加減で言った。それから「ですが」と前置きを入れ、
「これだけはお渡しいたしますね」
籠命は1本の短刀を取り出した。いくつもの宝飾が施された儀式用の短刀である。僕がそれを手に取ると、籠命は僕を見つめ、言った。
「その剣で白梅を刺せば、白梅ごと『化け物』は葬り去れます。そうすれば、『世界』だけは守れるかもしれません…この短刀はあの子が暴走した際に、父が止めるために携帯していたものです。しかし、情が移ったのか父はこれを白梅に使用せず、白梅に殺されました。私はその現場にいました。父のそれは自業自得です。ですから私は何も言いません。ただ、なぜか涙が流れてしまった。それだけのことです」
彼女は懐かしむようなニュアンスで語る。平坦な声で。
「でもこれでは…」
「ええ。この方法は彼を救うことは出来ません。でも、彼を苦しみから解放することは出来ます。もちろんそれが正しいとは思えませんし、私も賛成しかねます。けど、選ぶことが出来るのは、あなただけです」
彼女はそこを強調した。そこだけは、心がこもっている気がした。それだけ言い終わると彼女は立ち上がり、「お見送りします」と一言。僕もそれに合わせ立ち上がる。2人の兎も一緒に立ち上がった。
「この子達はあの子の遠い親戚に当たります。今、この世界は本来通り、兎人たちの楽園です。私はただ1人の月の民として、ここで歴史の管轄をしています」
彼女は歩きながら色々と教えてくれる。白梅の昔のこと。月の民のこと。兎人のこと。最後に自分のこと。
「私は呪いでここから出ることはできません。それが、いなりとの約束でもあります。白梅がここの扉を閉じた今では、誰も訪れることも、出ることもできなかったのですけどね」
籠命は空を見上げる。そこには、満月。
「この世界では日の光を浴びることはできません。私はあの世界で初めて日の光を浴びました。その時とても暖かい、そして怖いと感想を持ちました。日の光は強すぎて、星や月を隠してしまいます。その光が持つのは、拒絶です」
籠命は視線を僕に移すと、こう付け加える。
「白梅は日の光に憧れました。ですが、それは全ての生き物に過ぎた存在です。そう、誰も1人では生きていけないのです。拒絶では生きていくことはいけない。全ての最初は寛容と肯定で始まるのです」
いつのまにか、境界線まできていた。目の前には先ほどの宇宙が広がる。籠命と兎達は足を止める。ここから先に行くことができるのは僕だけだ。
「お気をつけて下さい…」
「はい…全力を尽くします…」
僕は宇宙に1歩踏み出す。宇宙に堕ちることは、無い。僕は右手に握る剣を見つめながら歩く。この剣は、絶対に使わない。そして、前を見据え、走り始めた。時間が無い。僕のするべきことをしなければならない。

あの少年は、アンネが言ったとおりの少年だった。あの少年なら、運命が変わるかもしれない。
「アンネ…そろそろです」
私は軒下で月に向かって詠うように言った。
「籠命〜あいつが籠命が言ってた『剣』?」
柳耶が近づき同じように月を見る。私は声を出さず頷く。柳耶は「そうか〜」とだけ頷いて月を見た。
「籠命様。そんなに月が綺麗ですか?」
水仙が柳耶とは反対側に来た。私は同じように頷く。水仙は「けど昨日と変わりないですよ〜」と戸惑う。
「今日の月は一段と輝いていますよ」
私は2人に説明しながら思う。白梅、あなたも私も間違ってしまっている。大人になることを拒絶してしまった私達は、未来を拒絶してしまった。だから、それを閉ざすために、貴方のアレがあるの。貴方が拒絶を続ける限り、アレは強くなり続ける。
本当に必要なのは、貴方自身が変わることなのに、貴方はまだ気づいていない。
それが、最大の鍵なのに。

夢幻世界はあの公園だけになっていた。ほかは全て宇宙。空も夜のように宇宙が覗ける。
「遅いぞかおる!」
いなりが既に戦闘態勢で待っていた。僕がいなりに近づくと、いなりが開口一番にこう言った。
「あの剣はどうするんじゃ?」
どうやら全てを理解しているようだった。僕はいなりに質問する。
「ここにいるいなりは偽者なんだよね?」
いなりはそれを聞くと笑いながら答える。
「偽者本物関係ないじゃろ?わしはわしじゃ。たとえここにいるわしが紛い物だったとしても、こうしてお主と話しているわしは間違いなく小野原 いなりじゃ。なら、そこに真偽の必要はあるまい」
たまも同じように笑いながら僕を非難する。
「そうにゃそうにゃ。俺らが偽者かどうかにゃんてどうでもいいにゃ。問題は薫が俺らのことをどう見るかにゃ」
僕は2人の言葉にはっとさせられる。そうだ。ここにいる2人は偶像だけど、2人となんら遜色ない。なら、2人は2人でしかないんだ。
「うん。がんばろういなり。たま」
「そうにゃ。それでこそ主だにゃ」
いなりは僕の剣を気にかけているようだ。僕はその剣を見せてから、
「これは使わない。白梅を助けるのに剣じゃダメだ…きっと」
それを地面に投げ捨てた。剣の投げ捨てられた方向から、足音が聞こえる。
「待ってたわよ…私も、そこの2人も」
黒百合が、本を1冊手に持って現れた。本のタイトルは所々かすれて読めない。
「白梅…準備が整ったわ。貴方も出てきなさい」
丘の頂上に、白梅が突如として現れる。また、いつもの構図。僕らが丘の下で、白梅が丘の上。けど、もう同じ構図になることは…ない。
「…薫…黒百合…」
「全てを終わらせに来た。白梅」
「私は…貴方を…」
そこで会話は途切れる。白梅がお腹を押さえて苦しみだした。
「…ああ…ひゅん……ふぅう…んあっ……」
白梅の喘ぎ声が響く。僕は足に力を入れ、全力で走り出す。誰の静止も聞かず、ただひたすら前に。その行動に黒百合も、白梅も驚いていたようだ。白梅は両手に紫水晶を取り出し、僕目掛けて投げた。僕はそれをすれすれで避ける。服が裂ける音がした。それでも、スピードは緩めない。
「…ダメ…んあん……はぁ…近づ…ひゅぅんっ……いちゃ……ああん…だめぇ……」
白梅は僕のことを恨めしく見ているだろう。僕はそこで、必殺の一撃を出すことにした。
「白梅…僕は君のことが…好きだ!」
白梅が固まった。周りの人も固まっていた。顔が真っ赤になってしまっている。
「僕は君を構成する全てが好きだ!君のためなら死んだって構わない!だから…」
僕は地面を強く蹴った。白梅との距離は5メートル。
「遠慮なく僕を殺してくれ!僕は君の全てを受け入れる!」
白梅は一際大きな声を上げた。苦しそうに顔を歪め、お腹を必死に押さえている。
「僕は…白梅、君ために…」
その隙間は既に数cm。僕はそっと白梅を抱きとめ、告げる。
「どんな苦しみさえも受け止める盾になる。君を苦しめる全てから、僕は君を守ろう。だから、その苦しみ全てを僕に吐き出してくれ。そのうちの全てを僕に向けてぶつけてくれ」
白梅の瞳から、涙があふれた。白梅の中にいる化け物は白梅から生み出されようとしていた。僕は動かず、白梅を抱きとめてる。白梅はかすかに震えている。
「…ダメ…だよ…こ…のま…まじゃ…」
「僕は全て受け止めるよ…だから、白梅も自分を嫌いにならないで…全てがあって白梅は白梅なんだから…」
白梅はその言葉を受け、動きをするのをやめた。そこから時間が止まったように感じた。その数瞬は、どこまでも続くように思えた。やがて、白梅が最後の断末魔を上げようと口を動かそうとしたその瞬間、それは起きた。

僕はどこでもあり、どこへでもない世界に1人佇んでいる。
――あなたがまたここに来るなんて思いもしなかった。
誰かが僕に話しかけてきた。この声は、いなりを助けようとしたときに聞こえた声だ。
――ここは深層意識の更に下。全ての人間と通ずることが出来る混沌の場所。全ての記憶が眠る場所。
君は誰?
――私は全ての世界を知るもの。この深層世界と表層世界を行き来できる存在。記憶を司り、世界を守り、全てを維持するもの。
僕はどうしてここにいるんだ?
――あなたを世界が必要としている。ここはあなたの真実が見える場所。
世界が僕を…必要?
――渦巻く螺旋に刻まれた記憶。太古より記憶されし血を持つ一族の末裔。神の依代の権利を持つもの。
神の依…代?
――世界を司る3つの神。だが、それは意思の権化でしかない。それを物理的存在にするには、その神を宿す人間の存在が必要になるの。
それが、僕?
――その素質が君に有る。だが、ここまで来るとは思わなかった。
これから僕は、どうなるの?
――ここに君の未来を示す答えがある。それはかつてあなたが持っていた力。貴方は過去にここにきて、その力をここで捨てた。私はそれを回収し、預かっている。今それを、君に返すとしよう。
預かっている…もの?
――君の記憶、君の深い場所に眠る存在。君の存在の具現。君がかつて呼び出し、失った宝具。
宝具…?
――後はあなた次第。…過ちは、繰り返さないで。
過ち…?過ちって?
――それは、あなたが…

全ての時が動き出す。
僕の右手には剣が握られている。見たことも無いような鉱石で作られた無骨なフォルム。柄にはいくつかの宝石が鏤められ、特殊な紋様が彫られている。それは独特の力を僕に与えていた。その感覚を…僕は知っている。
「白梅」
僕は白梅に語りかけた。白梅は既に限界で、「アレ」を生み出そうとしていた。僕は剣を強く握り締める。迷っている余裕は無い。説明する暇も無い。これは僕の知っているもの。僕と言う存在そのものの証。なら、その力は、僕の中にある感覚と同じ。
「少しだけ、我慢してくれ」
僕はその剣で、僕ごと白梅を突き刺した。さくっと簡単に体に進入する剣。白梅はか細い声で「あ…」とだけ言った。その後力を失い、ぐたりとこちらに倒れこむ。僕はそれを受け止めた。まるで眠るように、穏やかな表情をしている。僕も自ら剣で体を貫いている。寄り添うように1つの剣で貫かれた僕らを、いなりたちは呆然と見ていた。
「……少し、休んでいてくれ。白梅…」
僕は白梅の髪を撫でながら呟く。すると、剣がするりと抜かれる感覚。引き抜いたのはいなりだった。いなりは驚愕と憤怒の綯い交ぜになった表情で僕らを見た。
「かおる…お主はなんてことを…」
いなりは僕を責めようとして、剣を見て気づく。そこに血の跡が全く無いことに。傷口には美しいほど洗練された刺し跡が。最後にいなりは柄を見て大きく目を見開いた。
「これは…宝具…」
たまと黒百合が僕らに近づく。僕は白梅を支えながら、黒百合を見据えた。黒百合は心配そうに白梅を見つめている。
「黒百合」
できるだけ穏やかな口調で話し掛ける。黒百合は僕の意図を理解していたようだ。すっと僕と白梅に近づく。
「いいのかしら?後は貴方に任せてしまって」
僕は白梅を黒百合に渡す。それが何よりの証だった。黒百合は既に納得して、眠っている白梅を見つめ、芝居じみたことを言った。
「眠り姫ね。あと必要なのは王子様のキスだけ。なら、その役目は、私が担わしてもらうわ」
彼女は白梅の唇に自らの唇を重ね、優しいキスをした。その途端、黒百合の体が薄くなり、光の粒になっていく。それは口から白梅に取り込まれ、白梅を満たしていく。
――ねえ白梅。今度生まれ変わったら私達…また…
最後の言葉を言い残すことなく黒百合は消えた。それと同時に周りの景色も消えた。いなりもたまも。全てが消え去り、暗闇になる。残ったのは宝具のみ。
「さあ、今度こそはじめよう白梅。全てを終わらせてまた元の、あの生活に、家族のいるところに戻るために!」
僕は宝具を拾い上げ、念じる。この剣のもつ概念は「意思」。それは、望んだものを見極め引き寄せる力。
暗闇に、一筋の光。
その先で真実が、紐解かれる。
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