雅子がうちに来てからもう半年になる。
一人暮らしには少し寂しい広さのこの家も、彼女のおかげで少しは賑やかになったと思う。
「ねえ、お父さん。小鳥がいるよ」
「うん、可愛いね」
そう答えて微笑むと、彼女はその何倍も嬉しそうな笑顔を返してくれた。
雅子は、その見た目よりずっと小さい子供のようだ。
何にでも興味を示す様子や、言葉遣い。
そして、座った足の間に見える紙おむつがそれを決定的にしている。
彼女がこんな赤ちゃんみたいな事をしているのは、実は雅子が我が家に来る事になった理由と深い関係があるのだ。
遺伝子操作で作られた『ヒューマノイド』が発表されたのは、先の戦争が終わってすぐの事だった。
優れた能力を持つ代わりに、はっきりと人間では無いとわかるような身体的特徴を義務付けられた彼らは、
本来の用途である労働目的だけでなく、人外の秀麗さを求める層にも受け入れられていった。
自分はその時点ではヒューマノイドに対する興味は薄かったし、本来は手の届かない値段であるそれを手に入れる事など考えていなかった。
しかし、ある噂を聞いてからはその考えを改める事になる。
それは、ヒューマノイドのある『欠陥』に関するものだった。
普通、『親』に引き取られる前のヒューマノイドは製造業者が持つ訓練施設で厳しい職業訓練を受ける。
そのため、『親』の下に来たヒューマノイドは従順かつ完璧に仕事をこなす、という事になっている。
だが、優れた素質を持って生まれても、例外というものは完全に無くせないらしい。
中には、子供として過ごせなかった訓練時代の反動のように、幼児の精神に戻ってしまうヒューマノイドが極僅かにいるというのだ。
その状態になってしまったヒューマノイドが、そのまま『親』の下に置いておかれる事は殆ど無いらしい。
雅子の事を知ったのは、その噂を聞いてから数日後の事だった。
実家の兄とメールの遣り取りをしていて何気なくあの噂の話題になると、随分と会って居ない叔父がその状態になったヒューマノイドを持て余していると教えてくれた。
おむつが必要な程だってさ、と書かれたメールを受け取った時には、その子に対する興味は大きく膨れ上がっていた。
それから兄が話したのか、叔父が彼女を連れて家まで来てからは話が早く進んでいった。
いまでは雅子の存在は無くてはならないものとなっていて、好奇心がきっかけとはいえ、彼女を引き取る事にしたのは間違っていなかったと思う。
楽しそうな彼女の声くらいしか聞こえない中、シャー、とかすかな音が彼女の紙おむつから聞こえてくる。
「ほら、小鳥さん、こっちこっち」
窓の外に夢中で気づいていないが、どうやらまたやってしまったらしい。
「雅子、おしっこ出ちゃったね。おむつ替えようか」
「あー、ほんとだ……」
ちょっと照れたようにしながら、彼女は床に座り込んだ。
「キレイにして、お父さん」
手間が掛かるオムツ替えも、そう言って笑顔をくれるこの子のためならむしろ嬉しい。
こんな毎日が続く事は、きっと幸せなんだろう。
「これからも、ずっと……」
「んー?ずっと?」
自然に出ていたらしい声に雅子が答えた。
「そう、ずっと一緒にいようね」
「うん!」
そう答えた雅子の顔は、今日一番の笑顔だった。