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 桜ケ丘学園。都内有数のマンモス校にして、さまざまな人材を輩出するエリート校であるが、今はそれを感じさせないほど静かであった。夜になると、大学部を除き、学校は静寂に包まれる。学生で賑わうこの場所も、今は廃墟のような佇まいを見せていた。

「到着〜♪」

そこへ、1人の少女が飛び出してくる。暗闇から、唐突に。異空間へとつながる道を通り、彼女は大きな伸びをした。後ろから彼女より幼い、2人の子供がつき従う。頭の上に、兎の耳を生やした少年と少女。2人は興味深げに辺りを見回し、立ち止まる。

「そんなに珍しいの?私にはただの石の塊にしか見えないわ」

先頭を切り、少女は立ち止まらずに歩みを進める。衣服は時代錯誤のような和服。臙脂の単衣を身にまとい、同系統の色合いの帯を巻いたその姿は、幽玄の美というものを体現した存在だった。

「待ってください籠命様ぁ!」

尻尾を揺らし、少女兎は先に進む少女――籠命に追いついた。立ち止まると同時に耳がカサリと揺れる。大きな耳は重そうだが、動きはそれを感じさせなかった。

「待たないよーだ。私は白梅に会いたいの」

籠命は後ろをちらと眺める。そこにはまだ呆けている少年兎の姿があった。

「ほらっ!ぐずぐずしないの!」

大声で、彼を呼ぶ。少年兎はびくりと耳を震わせ、軽やかなステップで2人に追いついた。

「ちぇー。もう少し見たいのにぃ」

拗ねた口調で言う少年の頭を撫で、反対の手で指を立て、

「『耳がついているのばれたらいろいろまずいのよ。今のこの世界は。」って白梅?が言ってた」

と説明する。しかし、人の受け売りだからか、説得力は低かった。

「……むぅ」

少年兎は頬を膨らまし、あからさまな不機嫌な態度をとった。

「えい」

それを少女兎が面白そうに引っ張る。少年兎はこめかみをピクピクと震わせた後、どこからか取り出した木刀で彼女を追い払い、

「人で遊ぶなよ。水仙!」

と怒鳴った。少女兎――水仙は素知らぬ顔で、

「ならすこし大人しくしよーよ。柳耶君」

とのたまった。少年兎――柳耶はその態度にイライラを加速させる。対する水仙は籠命に引っ付き、尻尾を振り振りさせ、時折柳耶を弄る。そんな2人の様子を見て、籠命はため息をつきながら独り言を言った。

「人選、間違えたかしら……?」

 

 同じように、夜になるとひっそりと静まり返る場所がある。それがこのレジャー公園だった。昼間は子供たちで賑わうものの、夜になると人影はなく、別世界がそこには広がる。そこにようやっとたどり着いた薫達は、疲れたのか芝生の上に寝転がる。東京といえど、この辺り一帯は光源が少ない。よって夜空を彩る星たちが、その美しさを存分に誇っていた。

「綺麗だにゃー」

抜けたような口調で喋るのは、真っ先に芝生に寝転んだたまだった。大きく伸びをし、ひげをひくひくさせながら、大の字になり星空を眺める。

「かおる。動けるかの?」

「大丈夫。もう、立てるよ。夕子も、ありがとう」

「いえ…私は戦闘では、役立たずですから」

普段の、尻尾が1つの状態に戻ったいなりと、夕子によって支えられ、薫はここまで歩いてきた。ボロボロなのは「意志」の力を振るいすぎたからだ。いかに強い力であろうと、器を超えることはできない。それでも限界まで酷使したせいか、当初は喋るのも、ままならなかった。いなりは終始、そのことを心配していた。尻尾と耳をくたりとさせ、キューンという擬音が似合うほどに。夕子もそんな2人のことを、別の意味で心配しているようだ。

「…お兄ちゃんダメだよぉ…」

「どんな夢見てるんだよ。神島の妹は」

「………羨ましい……かも……」

「!?どっちの意味!?どっちの意味なの!?」

守人に背負われ、真琴は気持ちよさそうに眠り続けている。毒で侵されていたはずなのに、守人はいたって変わらない振る舞いで佇んでいた。その両端には白梅と黒百合が立つ。まるで子持ちのシングルマザーのようだ。白梅は口に手を当て、何やら考えているようだ。その中身が気になるのか、黒百合は執拗に問う。お互い顔を赤らめ、どこか恥ずかしげだった。

 

「で、なんで付いてきてるの?あなたたち」

 

夕子は呆れた口調で、後ろにいる3人に問うた。

「うっ」

「やん」

「姉様方、ちゃんと話さないとだめですよ?」

焼けて穴のあいた衣服を纏い、ばつの悪そうな表情で立つスクーネと、悪いものが抜け、ぼーっとした、元のような状態になったセフィリアと、杖をつきながら、びったりとセフィリアに張り付き、恥ずかしそうに甘えるルコナの3姉妹が、そこにはいた。

「わしがついて来いと言ったのじゃ」

いなりがパチリとウインクして、夕子に告げる。夕子はあからさまなため息をついて、いなりの言葉に質問を投げかける。

「だって、この人たちは、敵でしょう?なぜここに連れてきたんですか?これじゃ…」

「戦った意味がいない…と言いたいんじゃろ?」

途中で言葉を奪い、いたずらっ子の如く笑みを浮かべた。夕子は言葉を詰まらせた後、「……そうです」と同意した。いなりは尻尾の毛づくろいをする余裕を見せつつ、

「そもそも戦う必要性があったのかの?確かに奴らは白梅を狙い、攻撃してきた。しかしの。奴らの本当の。大まかな目的は…白梅自身ではないんじゃよ。おそらくな」

と根本的なことを否定する。夕子はそこで頭に?を浮かべた。嫌になく饒舌な口調で、いなりは説明を続ける。

「お主らに聞く。お主らの目的は、なんじゃ?」

急に振られ、3人は戸惑った。ルコナの手が小刻みに震える。それを上からスクーネが押さえ、髪を撫でながら、先陣を切って答えた。

「私たちは組織に命でここに来…ました。目的は『魔法を扱う存在』の確保。そして、可能であるならば、『異界を創造し、新たな魔法を制作する環境の確立』……それが上の命令です」

いなりはふむふむと顎に手を置き考えた後、尻尾を揺らしながら、彼女たちの言葉に応える。

「うむ。ならもう解決済みじゃ。いや、そもそも問題になっていないと言うべきか」

いなりの言葉に、その場にいた全員が首を傾げた。実際に戦っているのに、どこが問題になっていないのだろうか。いなりは白梅と黒百合を呼び寄せる。2人は呼ばれるままに彼女の前にきた。いなりは2人を抱き締めると3人に告げる。

「今の2人にかつての力はないぞ。このように、今はただの、華奢な子供じゃ。確かに、あの力の一部は使えるじゃろうし、その気になれば異界創造?の魔法も使えるかもしれぬ。しかしの、そんなのはお主たちも使おうと思えば使えるぞ」

その言葉に真っ先に反論したのはルコナだった。

「それは無理です!……異界創造は、疑似や再現でさえ最高位、完全となれば立派に魔法の領域となります!それを…私たちレベルではとてもとても…」

「……そうですよぉ。限定使用ならまだしも、完全使用となるとぉ魔法に類するには十分な力なんですよぉ?それを私たちが使うなんて、できっこないですよぉ」

それにセフィリアがのっかり、説明を加える。毒毛の抜けた舌足らずの口調は、なんとも気の抜けた感じにさせた。いなりはその2人の言葉に対し、

「うむ。わしもその、『魔法』の理論はよくは知らん。……昔に詳しい奴から聞いた程度じゃ。そのわしが断言する。異界創造とは『魔法』にならんのじゃよ。異界を作るというのはの。人間…いや、生物すべてが心に持つ何かしらの『秘密』をしまう場所を作ることなんじゃよ。所謂、深層意識とかいう奴じゃな。む?違ったかの?」

「……違うわよ。全然」

いなりの説明に業を煮やした黒百合が、突っ込みを入れつつ介入した。そして、意を決し、彼女たちに言う。

「けど、姐さんのいうことはある意味正しいわよ。魔法なんてものはね、『世界』が元々持っていた『力』を引き出すだけだもの。誰でもやればできるのに、誰も自分にリミッターをかけてやろうとしないのよ。魔術は『魔法の出来そこない』と言われる所以はそこだわ」

「なら、なんで世界に魔法使いは13人しかいないんだ?」

スクーネが黒百合の言葉に食いかかる。黒百合は「そんなこともわからないのね」と小馬鹿にして、

「話聞いてないの?魔法はね、『世界が元々持っていた力』を引き出すのよ?確かに誰でもやればできるけど、その工程はそう易々と完遂できるものではないわ。今いる魔法使いだって、そのほとんどが偶然の産物みたいなものよ。私は800年前にライン川のほとりにいた先代に方法を教わっただけ。白梅に至っては私からの記憶共有で、使えるのは最近よ?それに、私たちは素養もあった。これが結構重要で、魔法使いになるには、適正な素養というものも必要なのよ。出来そこないが多いのは、魔法適応がわかっていないくせに、魔法を使おうとするから……まぁ、こういうことは最近になってようやく判明したことなんだけどね…っとと」

長い説明の後、黒百合はふらりと揺れる。まだ体力が完全に回復していないのに、無理に声を張り上げ、喋ったからだろう。後ろから白梅に支えられ、2人の耳が触れる。瞬間、彼女は顔を赤くした。

「じゃあ、結局誰でもできるわけではないじゃないですか!?」

ルコナは黒百合を問い詰めた。その閉じられた瞳には、うっすらと涙を浮かべている。黒百合はそんな彼女を見つめ、「本当に…わかってないのね」と再度罵倒し、

「……手順さえ踏めば、一応魔法は使えるわ。…ただ……素養が有る無しではその速度は大いに…異なるのよ。けど、あなたは…私とは違った素養が有りそうね……」

黒百合の言葉に、ルコナは強い反応を示した。決して開かれない瞳を、暴かれない視線を強く彼女に向け、次の言葉を待つ。

「フフ……でもね。姐さんが言ったように…、私はもう……『魔法使い』ではないのよ。あなたの期待には……答えられないわ。でも……道標なら」

「………オイツイタ」

「………黒百合……っ!」

黒百合に対し、虚空から黒き矢が放たれた。その数は4。切っ先は彼女の腹部を狙っている。それを、先に気付いた白梅が叩き落とした。カランカランと鉄製の物体が転がる音。形は歪だが、れっきとした矢だ。それは数秒経って、溶けるように闇に消えた。皆の視線が、矢の放たれた方向へ向かう。誰もいないはずの暗闇。その暗闇の中に、ぽうっとした光が集まっていく。明滅する、蛍火のような光。空で図形を描いたかと思うと、それは徐々に黒く染まり、闇と同化を始めた。

「……やっぱり……生きて………」

白梅はすぐさま臨戦態勢をとるが、その足ががくんと地面へ落ちた。まだ体力が戻っていないのは白梅も同じだ。それでも、彼は戦う意思を収めない。今度は黒百合が庇うように、白梅の一歩前へ出る。薫を守るようにいなりは抜刀して、その闇を見据えた。スコットハルト3姉妹は、その、魔術生物とも、妖怪ともわからない生命体の姿に、体を震わせる。本能が、叫んだ。

 逃げろ。あれは、自分たちでは勝てないと……

特にセフィリアはその、言いようのない感覚にデジャブを覚えつつ、ギシッとスクーネにしがみついて離れない。

「なんだよ。あれ……あんなの、上級ギルドですら、グループ単位で討伐するというのに…っ!」

「……知らないわよ。よくは」

スクーネの上ずった声に、黒百合が拗ねるような口調で返す。そこへ白梅が続き、

「……あれ……白梅…せい……あたっ」

と自虐する。いなりはその頭をでこピンして、

「いつまでも言っとる場合じゃないぞ。……しかし、今のわしらじゃ不利じゃな」

その頬を汗が伝った。刀を握る力が強まり、ギシという音すら聞こえた気がした。たまに目配せし、守人、真琴、夕子を引かせるようにアイコンタクトする。たまはすぐさまわかったのか、体を夜叉化し、3人を守るように前に出た。

「まだ、残滓が、いたのか…」

薫は体を強引に起こし、意思の剣を出そうと念ずる。しかし、今の彼の力では、実体化することすら叶わない。それは自らの誕生を高らかに叫びつつ、薫の言葉に応えた。

「ワレヲコロセタトオモッテイタノカニンゲンドモ!アノテイド、ワレヲメッスルニイタラズ!ワレハフタタビコノヨニイズル!キサマラノヤッタコトナドムダナノダッ!ムダムダムダムダムダムダムダムダァッ!!!!」

徐々に実体を伴うそれを、白梅と黒百合は歯嚙みして見ていた。かつて自身が生んだとは思えないそのおぞましき思考、姿。とっさにお腹を押さえる。記憶の中の痛みが、彼らを苦しめた。

「マズハ、ワガハハニアイサツサセテイタダコウ!」

黒き光から触手が伸ばされる。鋭き切っ先をうねらせながら、かつて自身がいたであろう場所目がけ、その一撃は放たれた。白梅と黒百合。そのどちらでも構わないといった動き。咄嗟に黒百合は盾になろうとして………

 

白梅が無防備な姿のまま、彼女の前へと躍り出た。

 

その場が凍りつく。両の腕を広げ、迎え入れるように触手の前に立つ白梅。黒百合が悲鳴の如く叫ぶ。いなりが刀を強く握り、踏み込む。しかし、間に合わない。白梅は微笑みを浮かべながら、1人矢面に立つ。

「……逃げて…皆…白梅……守る……から…」

白梅は瞳を閉じた。痛みに耐えられるように。覚悟を決めて。彼女の扱う概念は「寛容」すべてのものを受け止める、闇の加護を受けしモノ。

「だからっ!白梅、あなたはっ!」

黒百合が後ろから抱きつく。その瞳の意志はすでに固まっている。彼女もまた、白梅より生ずるもの。その思いは、同じだった。触手が構わず切っ先の速度を速める。誰もがその先に起こる惨劇を、覚悟した。

 

「お遣い、ご苦労様。後は任せなさい」

 

天からの声とともに、極光が触手を解体した。黒き光は完全に実体化し、触手が人を形創る異形の化け物と生る。それは頭を裂くような甲高い叫びを発し、痛みに体を暴れさせる。無差別に伸びる触手は総て極光によって滅殺されていく……

「待たせたわね」

天から降り立った、年齢に不釣り合いの妖艶さを醸し出す少女は、守人に語りかけた。

「……叔母様。どうして」

守人はその先を言うことはできなかった。そこにあるのはワンサイドゲーム。どちらが強いかなど、見るだけで明らかだった。今までと変わらず、優雅な立ち振る舞いをする彼女に、守人は恐怖と困惑と畏怖、そして自身の、家族への疑惑を抱いていた。

「大丈夫よ。あなたは『特別』だけど、私のような存在ではなくてよ?……まだ、ね」

意味深な言葉を吐きつつ、桜姫は力を振るう。蹂躙する力を前に、触手は悶え苦しむだけだ。爆ぜるように伸びる触手を問答無用に叩き落とす。跡形もなく消滅し、塵一つ残さず「破壊」されていく。

「………む」

僅かな変化を感じ取り、桜姫は眉を顰めた。触手は体をうねらせ、6つの突起物がついた触手を天に踊らせた。グロテスクなものを見て、セフィリアは目を背けスクーネにしがみつく。触手は一通り存在を示した後、その先端を大地に突き刺す。うごめくソレは、まるで木の根のように、そこから養分となるエーテルを吸い取っていく。見る見るうちに大地は砂の滓へと変化していき、『触手の樹(桜姫命名)』は体を巨大化させていく。

「流石にそれは危ないわね……なら」

桜姫は敵の目論見をいとも容易く看破し、

「青海坊。星炎丸。彼女たちを退避させなさい」

空で監視をしている天狗たちに指示を出す。呼応して、周囲に旋風が巻き起こり、樹と少女を除いた人間その他が宙へと浮かんだ。

「ふぅ。天狗使い荒いですよぉ」

空で待っていたのは、彼女たちも見知った2人?の天狗だ。少女の天狗――ほのかは首を回しながら、疲れていることをアピールする。青年の天狗――青海坊は眼下を興味深げに見つめていた。いなりは顔を赤らめながらスカートを押さえつつ、ほのかに聞く。

「お主…いつからわしらを…」

「ありゃりゃ。そういえばいなりさんには会ってなかったですねぇ。ずっと付けてましたし、白梅さんたちのお手伝いもしましたよ?」

ほのかは飄々とした感じで返した。白梅は同意の頷きをし、これから起こるであろうことを感じ取り、薫にしがみつく。

「…?……大丈夫だよ」

薫はその仕草を愛おしく思い、そっと体を抱き上げた。男の子とは思えないほどの身軽さに、薫はちょっとばかり苦笑した。

「ほら。これで、よく聞こえるだろ?僕の、音」

少しばかりかっこつけて、薫は白梅の耳を左胸にくっつける。白梅の白い肌が朱色に変わり、そして、頭から湯気を出した。

「おわわわ」

ふらつく彼を何とか支えつつ、眼下で起こる事の顛末を、手を繋ぎ、2人で見守る。

 

「イクラ『ガイネン』ヲモチシモノデモ、コノチカラヲフセグコトハデキヌッ!」

『触手の樹』が高らかに叫ぶ。桜姫は一通り演説を聞いた後、はぁと溜息をつき地面から少し浮かび上がる。そして相手となる触手を一瞥し、そして上空にいる子供たちを見やった。……射程距離外いる。問題、ないわね。味方と自分、敵の位置情報を確認し、そのまま普段通りの、落ち着き払った態度で樹を見守った。それが気に障ったのか、触手はイラついた口調で喚く。

「ナゼコノチカラニオビエヌッ!ヌシナドイトモタヤスクホフレルコノチカラヲッ!」

「五月蠅い」

桜姫は虚空から先端が丸まった馬上槍を取り出した。それは彼女の本気の証。『破壊』と『終滅』を体現せしめる概念武装。

「さて、終わらせましょう」

触手は彼女を囲んだ。内に取り込もうとその生々しく毒々しい躯を暴れさせる。対して、桜姫は平然としていた。普通の少女であれば、泣け叫び絶望に身を壊すという世界の中で、彼女は頬を緩ませ、余裕を湛えたまま、笑っている。

「ワガミヲトオシイデシチカラ!セカイヲハカイセシシュウマツノチカラノイッタン。イマココデシメサセテモラウッ!」

「残念。もう時間切れよ」

触手が彼女を飲み込む瞬間、彼女は馬上槍を円状に振るった。

「あなたは私に『破壊』されると既に『決まって』いたのよ」

光が、逆にすべてを飲み込んだ。その場にある全てを殲滅する、『万物ヲ無ヘト帰スル』光。世界を埋め尽くすほどの光量。目を塞がないと、とてもじゃないけど居られないほどの光の奔流。

昼間の如く明るくなる公園の中、一筋の光が天へと伸びた。桜姫が馬上槍を天へと振るったのだ。そこで「世界」はひび割れ、外の混沌が露出した。暗闇よりも深い闇。荷詰まったドロドロの溶岩のような概念の塊。人間には理解できないような光景がそこに存在していた。体がゾクゾクと震える。それは全員同じだった。震えるしかない。あれは、そういうものなのだと、誰もが持つ『本能』が告げていた。

「イヤダっ!アレニハモドリタクナイッ!アソコハ、イヤダッ!」

まるで子供のような駄々をこねる『触手の樹』。先程までの異様さなどとうに吹き飛ばされていた。むしろ、あの空間の感覚に本能が持っていかれ、触手に対するおぞましさなど、持つことができなかった。

「行ってらっしゃい♪」

桜姫はもう一度馬上槍を振るった。今度は自身の力を込め、樹を吹き飛ばす。空に飛ばせば、あとは裂け目から伸びた黒い手に、触手は捕らえられるだけだった。

「ハナセハナセハナセッ!ワレハワレハワレハワレ」

「では、ごきげんよう♪」

死刑宣告。樹はそこへと取り込まれる。断末魔など上げる暇さえ与えられない。無慈悲なまでの行為に、白梅の握る手の力は強くなった。悲しそうな表情。憐れんだ、慈しむ感情が、手から伝わった。

パチンっ!

桜姫の鳴らす、乾いた指の音。それを合図に、『世界』の裂け目は一瞬にして無くなり、元の空間へと戻った。

「もう降ろしていいわ」

「はいはい〜」

「御意」

桜姫の言葉を受け、2人の天狗は空に浮かべた皆を地上へと帰還させた。ふわりとした風が一凪し、皆を優しく大地へと下ろす。スカートが大きくめくれ、下着が盛大に丸見えとなったが、半分以上おむつなのでどうでもよさそうだ。いなりと白梅以外は特に恥ずかしがることもなく、普通にしていた。大地は元に戻り、空に異変すらない。まるで最初から何もなかったかのように、桜姫がそこで佇んでいるだけだった。

「お待たせしましたわね。では守。独学坊の手紙を」

「え、あ、………はい」

守人は手紙を渡すと、僕らのそばに寄る。叔母のことを不審に思っているのが殊に感じられた。

「……嫌われちゃったわね。ま、しょうがないかしら」

手紙を受け取ると、その行為に残念そうな表情を浮かべ、守人を見やった。守人は少しばかり罪悪感を感じたのか、顔を俯かせる。桜姫はそこでまた、年季を感じさせる息を吐き、手紙を読み進め始めた。瞳がせわしなく動き、時折顔をあげて、僕たちを見る。何を読んでいるのか気になるが、大方僕らのことだろう。全く、僕らも厄介な案件に巻き込まれたものだと思う。

すべて読み終えると、今度は辺りを見回した。不審な行動に、皆が頭に?を浮かべる。

「まあ、少しばかり待ちなさい」

言い訳するように桜姫が微笑む。皆に笑みを振りまいてから真面目な表情へと変わり、集中するように目を閉じる。指を高らかに掲げ、先ほどの様にパチンっと鳴らした。

音は小さかったはずなのに、澄んだ空気に木霊のごとく反響する。音が重なり、次第に大音量となった。頭に響き、頭痛さえ感じさせるほどの音量となり、その場にいた全員が耳をふさぐ。

「うるさいにゃぁぁっ!」

たまが頭を大きく振り、音から逃れようとしている。獣の耳を持つ式神たちはその音の大きさに苦悶の表情を浮かべた。

「なるほど……」

桜姫は呟くと、目をパチリと開き、どこからか取り出した扇を一振りした。パタと音が鳴りやみ、逆に無音の空間になる。それが怖く感じ、自然と体を強張らせた。

「………どうやら、あの子、わざとのようね……」

桜姫はため息をつき、ある場所に歩き出す。レジャー公園の最も高い、丘の上。そこに立つと、手に持つ扇を広げ、空に飛ばした。扇は陰に溶け、そして黒いカラスへとその姿を変える。3回ほど空中で周回した後、空の彼方へと飛び去った。

「これで…まあ、準備はいいかしらね」

自分に納得させている桜姫。多くのものは話が飛躍しすぎて、理解が追い付いていない。それを感じ取り、いなりは桜姫に説明を求める。

「いいかげん、わしらを置いてけぼりにするのはやめておくれ。というか、何を始めるつもりじゃ?」

「あらあら」

桜姫は微笑むと、ゆっくりとこちらに戻りながら、説明を始めた。

「まず、元の原因はあなたたち…というか、そこの兎ちゃんたち」

指名された白梅と黒百合は顔を見合わせる。

「2人に罪があるというのは…いくらなんでも強引過ぎじゃないですか?」

「わしの仲間…家族を悪人呼ばわりは許せんのう」

「俺にゃんかよりずっと優しい白梅たちが、悪いことするはずにゃいにゃっ!」

事情を知る僕が瞬時に2人を庇った。いなりやたまも、同じように続く。桜姫は「別に責めてるわけではなくてよ」と前置きし、

「事の発端は…というだけ。もちろん背景にいろいろおありなんでしょうけど、今は現在の事態に繋がることだけ、語らせていただきますから。よろしくて?」

余裕の権限たる微笑みを崩さず、同意を求めた。そんな顔されたら、僕の答えは決まってしまう。

「……なら、今何が起きてるんですか?」

それは黙認だ。それでも、問いただすだけの勇気を振り絞った。強い意志を持つ瞳を前に、桜姫は目を細める。懐かしげに見つめる視線を、守人は感じ取っていた。それをおくびに出さず、桜姫は続ける。

「それを順序良く説明しますから、そういきり立つのはやめて下さらない?」

「…わかりました。あなたの話を、聞かさせてください」

……信用して、いいんだよな?僕は人知れずいなりや守人にアイコンタクトする。2人の目はどちらも、「とりあえず、話を聞こう」と語っていた。僕の言葉に「素直でよろしい」と桜姫は喜んだ。そしてコホンッと咳ばらいをし、もう一度周囲を確認した後、説明口調に戻った。

「あなたたちが…生み出した『イケシセカイヲクライツクスケモノ』がこの世界に『罅』を作った。……まあ、それは偶発的な事故ではあったから、すぐに修復されたわ。……部分的にね」

「?……部分的じゃと」

「まず、聞きなさい」

いなりは最後の含みを指摘しようとしたが、それを桜姫は制した。言葉を切られたいなりは、むすっと頬を膨らませて桜姫を睨む。桜姫はその様子に「本当に……嫌われ役ですわね」と愚痴り、

「それを、異界を求める魔術結社に悟られたのが、今回の始まり」

とスコットハルト3姉妹を見ながら言った。スクーネは「確かに」と同意し、

「それは先ほど、彼女たちにも話しました。ですが、この事実関係の確認が一体何の役に?」

と答えた。どうやら、いまいち桜姫のやりたいことが見えず、疑念を抱いているようだった。桜姫は「本当に、せっかちが多いと困りますわ」と年老いたような愚痴をこぼしつつ、ようやく僕らのもとへと帰ってきた。そして、全員の顔を一瞥し、

「これは、表の話よ。あなたたちが今まで体験した、表向きの話。では、今度は裏向きの話をしましょう。まず、『罅』について。さっき確認してみたのだけれど、どうやら『罅』は完全には消えていないようなのよね。あの子………って言っても分からないか。私の知り合いがこういう修復を得意としているのだけれども、その子、わざと、修復を中途半端にしたようね」

桜姫の言葉に、そこにいる全員が頭を抱えた。話がついていけないということもあるが、わざと手を抜くとは、いったいどういうつもりなのだろうか。狙いが読めない。そもそも、どうして桜姫さんは『罅』のことを僕らに話すのか。それらのことを考えていると、

「……呼び出されたから、来てやったわよ」

突然、隣から声がした。唐突な出現に、僕は驚いて大きくのけ反った。それをいなり、白梅と黒百合が支え、何とか尻餅をつくのは防げた。

「怪我は大丈夫?私は『壊す』ことしかできませんから」

「……体はまだ痛むけど。そもそも、あんたが邪魔したんじゃない」

桜姫は親しげに話しかけるが、対する少女は冷ややかだ。謎の少女は、これまで以上にないっというほどファンタジックな出で立ちだった。まず、背中に翼…いや、翅が生えている。顔立ちもどことなく西洋気質だし、何より耳が、三角形に尖っていた。

「カルナ様…?」

その少女の姿を見て、真っ先に口を開いたのはセフィリアだった。少女――カルナはスコットハルト3姉妹をじとりと見て、そして呟く。

「……やはりこういう結果ですか。ジュヌエの目は狂いまくりのようですね」

「うっ…」

「言い返せません」

スクーネとルコナがその言葉にへこむ。カルナは透き通る翅を震わせ、大きな溜息を吐いた。ひどく落胆した様子で、髪の毛を弄りながら、もう一度スコットハルト3姉妹を見やる。そこへ桜姫が近づき、

「約束通り、あなたの『本当』の望み、叶えて差し上げますわ」

と妙な宣言をした。カルナは信じてなさげな視線を彼女に当て、

「期待はしないわ……というかあなた、さっきから私が違う望みを持っているというけど、そんなもの、ありゃしないわよ」

「いいえ、あるわ」

カルナの言葉を、即座に否定する。訝しげに眉を動かし、カルナは桜姫を睨みつけた。対する桜姫は余裕の表情を崩していない。彼女は髪をさらりと流し、続ける。

「あなたは変わらない世界が厭なんでしょう?けど、本当は、変わっていく自分が厭なんじゃない?」

その言葉に、カルナの息が詰まる。視線が急に泳いだものになり、歯噛みするような歯を見せた。その間に桜姫の手にカラスが止まり、そして扇に戻った。それを畳んで、カルナに突きつけながら、

「あなたは今の自分が一番嫌いなんでしょう?穢れて、妖精としても、人間としても中途半端になったあなたが」

「……ちが」

「うなんて言わせないわよ。神様の前では、何もかもお見通しよ?ほら、白状しなさいお穣ちゃん」

カルナは桜姫に押され、たじたじになっている。まるで、イケないことをしているかのようで、ほんのりと顔が熱くなった。そんな姿を見たことないのか、セフィリアが「本当にカルナ…様?」と首を傾げていた。スクーネは顔を真っ赤にし、ルコナの耳を塞ぐ。ルコナは突然のその行為に「私の情報伝達要素を勝手に奪わないでください!」と憤慨し、足と手をじたばたさせている。

「………で、私にどうしたいのよ。あなたは」

渋々桜姫の言葉を認めたカルナは、いじけつつも問うた。手でツンツンとやる姿は、年相応の、少女の姿だと思う。桜姫はそこで白梅たちをちらと見、

「だから…あなたの穢れ、除いてあげようかなって」

と提案した。カルナはその言葉に驚くも、すぐさま否定的な反論をする。

「あのね…私の体に染みついた『毒』……穢れは、人を殺した代償のようなものよ?それを除くなんてこと、そう簡単にできはしないわよ」

「………ううん……できるよ……」

そこに白梅が割って入る。黒百合に抑えられながらも、意志を持って一歩前に出る白梅を、カルナは呆けたように見つめていた。しかし、すぐさま復旧し、白梅を問い詰める。

「できる?できるだって?冗談はよしてくれない。私は幾数百年もその方法を探し求めていたのよ?その私がないと判断したの。いきなり、ご都合主義みたいに、解決策が飛び出るわけはないでしょう?」

辛辣な言葉を受けても白梅は退かない。それどころか、より確実なる意思を瞳に宿し、前進し告げる。

「…できる……紫煙院……力…なら…ふみゅっ…!」

「だめよ!それは、ダメ!」

黒百合が白梅の口を塞ぐ。白梅は抵抗するが、黒百合は決して口から手を離さない。首を横に振り、拒否の意を示す黒百合。白梅は、少しばかり非難めいた視線を、黒百合に送った。そこを真っ先にたまといなりが仲裁に入る。薫も体を引きずりながらも合流し、2人の話に耳を傾けた。

「紫煙院……?」

その言葉にカルナは強い反応を示す。その言葉を反芻し、脳内で検索を始めた。おいてけぼりの3姉妹は、桜姫に事情を聴いている。

「あのぅ…帰っていいですかね?」

「別段かまわんだろう。桜姫さん、俺らは帰るぞ?」

暇を持て余していた2人の天狗は、桜姫に変えることを告げる。桜姫はあっさりと、

「あ、あなた達もご苦労様。後でお酒、持って行きますわ」

と言って手を振った。拍子抜けしたが、その言葉を受け、天狗は羽を広げた。

「じゃ、上質な奴、3升寄越してくださいね」

「お前は未成年だからだめだろうが」

ほのかの軽口に、青海坊が厳しい突っ込みを入れる。ほのかはさぞ不満げに駄々をこね、

「ぶーぶー。実年齢はピー歳だからいいんですぅ」

と主張した。青海坊は呆れ、先に大地に突風を起こし、漆黒の夜空に、漆黒の翼をもって躍り出る。

「あ、待ってくださいよ」

ほのかは同じく羽を大きく羽ばたかせ、星空の中へと消えていった。漆黒の羽根が、あたりに降り注ぐ。

「立つ鳥跡を濁らせず…ていうけど、あの子たちは別ね」

その様子を見届け、桜姫はそんな感想を漏らした。そして、魔法について考えている3姉妹の周りを目配せし、話を遮ってあることを聞いた。

「魔法のことは、あなたの上司にでも聞きなさい。で、あなた達、使い魔はどうしたのかしら?」

その顔はいたずらっぽく笑っている。3人は一様に黙り、そして顔を赤くした。手をもじもじさせるスクーネと、体を縮こませ、さも誘ってるようにも見えなくもないセフィリアと、杖を空中に泳がせたまま固まっているルコナ。それぞれの反応を、桜姫はまじまと観賞する。

「あら、言えないことかしら?」

確信犯的な笑み。もう逃げられないと悟ったのか、スクーネは手をもじもじさせつつフォローに回り、

「え、えっと、今、精霊(アストラル)状態で…」

「嘘(ダウト)」

あからさま嘘をついたのを、桜姫は厳しく言及する。

「そんな言い訳ありますか。使い魔術は基本的に『空想』の使い魔を実体化させる力。しかし、高位の術者でもない限り、その媒体、宿り木が存在するはずです。そこにいるのでしょう?あなたたちの使い魔は。早く見せなさい」

傲慢な態度にスクーネは反抗し、

「ど、どうして見せなければならないんですか!み、見ず知らずのあなたにっ!」

と怒鳴る。顔を真っ赤に染め、恥ずかしさに涙目になっていた。しかし、桜姫は冷静に、

「あなたたちの使い魔を使って、あることをするから様子の確認が必要なのよ。それとも、こう言えばいいかしら?魔法を使うために、あなたたちのエーテル諸々が必要だって」

「ううっ!」

セフィリアは厭なところをつかれたのか、ヨヨヨと泣いている。ルコナとスクーネも、首でイヤイヤと駄々をこねていた。徐々に収拾がつかなそうになるとき、さらなる存在が場に乱入する。

 

「あ、白梅、と黒百合?みぃーっけ♪」
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