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光が止み、目を開ける。擬似世界ではなく、本物の現実世界。

「白梅、黒百合。大丈夫か?」

抱いている2人を揺さぶり、起こす。数回揺さぶったときに、小さい、可愛らしい寝息がシンクロするのが聞こえた。僕はほっと安堵し、真琴を確認する。どうやら真琴も寝入っているようで、瞼を閉じ、すぅすぅと寝息を立てている。そして、目の前には、力尽きて倒れたルコナがいた。

「…………」

身動き一つしない。それでほっと一息つき、現状を把握する。3人の子供を抱いている現状。さすがにこのままだと動けないし、ルコナの他の仲間が来たらやばい。何とかしようと携帯を取り出すも、やはり圏外だった。

「うーん…」

思わず、天を仰ぐ。そのとき…

「んなっ!」

いなりのスカートの中が、真上にあった。

「へっ?」

僕はそこで、拍子の抜けた声を出してしまった。

「こぅらぁっ!」

いなりの尻尾が、僕の顔めがけて飛んでくる。やけにスローモーションで、痛みが倍ぐらい感じた。ひりひりする頬を擦りながら、空から降りてきたいなりと夕子を出迎える。

「……主人公補正ってすごいですね」

夕子がなぜか遠くを見るような視線で言った。いなりは顔を赤くし、一度僕を睨んだ後、ルコナに近寄る。僕は固唾を飲んでその様子を見守っていた。

「…殺してはいないようじゃな。気持ち良さそうに眠っておる」

穏やかに頭を撫でるその姿は、教会にいる聖母のようでもあり、子を思う母親のようでもあった。

「わしのとこに来たやつとこやつ…おそらくたまのとこにもいるじゃろうな」

いろいろと考えを巡らすいなり。お札をいくつか取り出すと、それを空へと投げた。

「召術。管狐!」

詠唱とともに、それが細長い物体へと変化した。それは空中をぐるぐると回ると、主であるいなりの周辺を滞空する。

「たまを捜索してくれ。あと、周囲の調査も頼む」

指示を受けた細長い物体は一斉に飛んで行った。それを見届けると、いなりは姿を変え…

「白梅たちを運ぶには、この姿のほうが良いじゃろ?」

大きな、9つの尻尾を持つ狐に化けた。いなりの本来の姿。いなりはのしっのしっと近づき、尻尾で丁寧に3人を拾い上げ、背中に乗せていく。身軽になり、ようやく立ち上がると、遠くで爆発音が響いた。

「派手にやっとるようじゃな」

いなりの口がニタリと歪む。僕も半ば呆れながら、それに同意した。3人を起こさないように、それでいて軽やかに歩き始めるいなり。僕と夕子もそれに続く。

「そういや、ルコナは置いてきていいのか?」

僕の問いにいなりは、

「拘束する必要もなさそうじゃ。問題はまだ戦闘が続くたまじゃろ?加勢せねばならん」

と返すと同時にまた爆発音。

「これは、案外まずいかもしれんぞ」

自然と速くなる足。まだ、黄昏は終わってなどいなかった。

 

たまはアクロバティックに翻り、セフィリアの攻撃をかわす。セフィリアが放った魔術弾は川面にあたり、高い水柱を生ずる。一目でわかる威力。あんなのを食らったらひとたまりもない。本能がそう告げていた。

「そこかっ!」

双夜の刀が、セフィリアの首目がけ、振るわれた。刀は途中でぐいと軌道を変えられ、セフィリアの頭の上を通過する。

「そんなぬるい動きで…」

セフィリアは腰を落とし、構える。

「私を殺そうなんて、馬鹿じゃないのぉぉぉっ!」

正拳突きが双夜の腹部にめり込んだ。双夜はとっさに後退し、お腹を押さえた。口から血を流す。内臓を破壊せんとする技。セフィリアが放ったものは、常人のそれとは比べ物にならない威力だった。普通なら出血多量で死ぬところだが、そこは「こちら側」ということか。崩れ落ちるような素振りさえしなかった。

「双夜ちゃん!」

遠くで援護射撃をしていた赤花が心配して近づく。

「来てるにゃっ!」

たまの叫び。赤花は咄嗟に前方に結界を張った。そのわずか1秒後、赤花目がけて、先程の魔術弾がいくつも飛んでくる。

「くぅ…」

高い純度のエーテルの奔流。それに晒された赤花は苦しそうに呼吸する。通常、純度の高いエーテルを人が吸い込むと死ぬ。それを結界で弱らせているとはいえ、さすがに半人前の身にはきついようだった。

「させないにゃっ!」

たまがセフィリアに肉薄し、鋭い爪で体を引き裂かんとする。それを感じ取り、セフィリアは後退。地面に魔術を刻む。

「みんな…死んじゃえ…キャハッ!」

地面の中から出てくる、無数の木偶人形。泥で出来たそれは、泥で出来たものとは思えないほど俊敏に動き、たま、双夜、赤花に襲いかかる。

「双夜…ちゃんっ!」

赤花は大きく息を吸うと、空中に星を描く。双夜は囲まれそうになる赤花の元へ、木偶人形を切り捨てながら向かう。たまは動けなくなっている守人を守るため、守人に近づく木偶人形を風の刃でバラバラにする。

「赤花!待たせた!」

2人が揃う。双夜に微笑んだ後、安心して詠唱に集中する赤花。双夜は刀を横に構え、

「私たちに触れるというのなら…」

まるで、美麗なアニメーションを見るような、滑らかな動き。刀は何もないはずの空を薙いだ。

「その命、露と消えなさい」

無数の剣撃が、周囲を襲った。木偶人形は切り払われ、地面には剣で出来たとは思えないような抉られた跡。セフィリアはその様子に眉を潜ませる。

「へぇ…そんなこともできるのね…あなた…」

見下したかのような言い方。双夜はそれを意に介さず、返す。

「西洋魔術師もたいしたことないな。この程度が限界か?」

あからさまな挑発。セフィリアはぴくと口を動かす。そして高笑いしながら、

「ハハハハハハハッッ!!良いわ好いわイイワッ!そこまで言うのなら、あなたには教えてあげるっ!!!

彼女は自らの前に魔術を展開する。双夜は刀を構え、地面を強く蹴る。タッタッと刻むステップ。それだけで、間合いはゼロへと変わる。

「遅いっ!

双夜の刀が、セフィリアの首を撥ね…

「ざぁんねぇんでしたぁっ!」

それが木偶人形へと変わる。セフィリアはすでに魔術の準備を完了し、空に浮かんでいた。絡み合う波動。それを手で弄びながら、告げる。

「これでオシマイ…バイバァイ!」

無駄に舌足らずの口調。波動は地面へと向けて投げられ、着弾する前に拡散する。それは、蛇のように動き、無差別に物体を破壊していく。双夜はその波動に触れないように動きながら、

「今だ!赤花!」

巫女装束の少女を呼んだ。詠唱完了して言えるのは、なにもセフィリアだけではない。赤花もまた、準備を完了していた.

「いくよっ!『浄化の天水』!」

少女らしい、愛らしい掛け声とともに、その術は放たれた。小さな雨粒のような水が、周囲を濡らす。波動はその雨粒に触れると消え去り、雨粒もまた、その波動とともに消えた。雨粒と波動、数が多いのはどちらなのかは、明白だった。

「なかなかやるわねぇ…でも」

自身の攻撃を打ち消されているのに、セフィリアの余裕は途絶えない。

「これなら、どうかしらねぇっ!」

今度は高速の波動を放つ。雨粒に消されるのは変わらないが、数本の波動は打ち消されずに、赤花に直撃する。赤花は数メートル吹っ飛び、動かなくなった。

「赤花っ!」

双夜は真っ先に駆け寄った。フルフルと震える赤花。貫通創はそれほどひどくないが、そこから、セフィリアの得意な毒が進行しているのが見て取れた。

「…そう…や…ちゃん…」

口を動かすのもやっとな赤花。双夜は「喋らなくていい。じっとしてなさい」と告げる。貫通創を撫で、呪を刻む。

「んっ……っぅ…」

苦しそうに悶える赤花。双夜は顔を伏せ、集中している。

「あらぁ?私がそんなこと、許すと思ってるのぉ?」

後ろから届く、舌足らずな声。セフィリアは魔術で水の槍を作り、無造作に放った。狙いは勿論、双夜。その槍は双夜の心臓を目がけは飛んで行き…

突如現れた存在が、それをたたき落とした。

「おい。呼ぶんだったらもうちょっと優しく呼んでおくれよ」

それは獣の耳と尻尾をもつ存在だった。ゆらりと動く尻尾は、ネコ科の特徴を表している。ただ、それは一般的な猫とは違う雰囲気を醸し出していた。愛らしいより獰猛。肉食獣の証たる牙をぎらつかせ、それは双夜を守るように立っていた。

「すまない。しかし今、私は赤花の解毒をしている。悪いが時間稼ぎ、頼めるか?」

双夜の言葉に、それは鼻で笑いながら返す。

「『倒せるか?』の間違いじゃないのか?」

爪を出し、相手を見据え、深く息を吐く。耳と尻尾に走る縞模様。茶色と黄色で彩られたは、ある生物の姿、そのものだった。

「未来…無理だけは、するな」

こくりとうなづき、その体が爆ぜる。間合いをコンマ1秒で詰め、すでに攻撃動作に入っていた。セフィリアは地面を強く蹴る。受け身をとりつつ、魔術障壁を展開した。

「ガッツ入れろよ?」

未来は拳を握り、体を丸める。体の力が拳へと収束する。

「オレの拳は、『刺さる』からなぁ!」

そして、凶器に相応しい拳が、放たれた。

「ぐ……っ!」

セフィリアの体が、遥か彼方へと吹っ飛ぶ。障壁によってさすがに体を貫通はしなかったものの、その一撃で彼女の内臓に与えた影響は想像を超えるものだった。

「がふっ…!」

吐血。瞬時に治癒術式を展開し始める。血で書かれた術式が空に展開された。

「や、るじゃない…ケダモノっ!」

セフィリアは毒を吐きながら立ち上がる。目には狂気をギラつかせ、吐く息は人よりも獣それに近い存在となる。以前の雰囲気は皆無。まるで解き放たれた獣のような姿に、たまは身震いを覚えた。

「あんたに称えられてもうれしくも何も感じない。むしろ吐き気すらするな」

未来はセフィリアを見据え、拳を握る。靡く羽織はたまに見覚えあるものだった。それは古の、彼がまだ人だった時代に見たものだった。

「言うじゃない…獣風情がっ!!!!

セフィリアは言葉とともに飛び出した。地面を抉りつつ、手に魔術の光球を抱え、未来に突進する。未来はそれを、重心をずらすことでいなし、さらに高速の拳をセフィリアの正中線めがけて打ち込む。

 鈍い音が、その場に響いた。

 コンマ1秒の静寂の後、2人の体が磁石の同極を向けたかのように引き離される。セフィリアは着地の受け身をし、荒い息を吐きながらも狂ったように笑っている。対する未来は腹を押さえ、片目を瞑りながらセフィリアを睨んでいた。

「貴様ぁ…っ」

今度は未来が毒を吐く番だった。後ろにいる双夜が心配そうに未来を見つめているが、未来はそれを逆の腕で制し、

「…信じろ…よ…自分の…式神…をよぉ…」

と余裕があるような口ぶりで言った。見ている限りではどちらに余裕があるかなど、明白なことだった。

「健気ねぇ…泣けるわぁ…イヒッ…フハッ…フハハハハハハハハハハハッッッッッ!!!!!

天に割れんばかりの高笑いが響く。セフィリアは大地を覆うほどの魔術陣を展開し、

「でもねぇ…私には…ソレ…ウザいだけなのよッ!!!!

彼女の言葉とともに、その魔術は発動せんとし……

「隙、みつけたにゃ」

彼の1手で遮られた。

「ガハッ……何…!?」

たまはセフィリアの背後に回ると、魔術の基点の一つを大きく抉ると同時に、風の刃をセフィリアに当てた。彼女はそれを打ち落とし、迎撃術式でたまを吹き飛ばした。ワイヤーアクションの様に飛ばされるたま。しかし、その顔にはニタリとした笑顔が見えていた。

「ちぃ…っ」

魔術は不発に終わり、セフィリアは歯噛みする。虫けらを見るような眼でたまを見、怒りのまま無詠唱の魔術を無造作に放った。たまの体は、風によって地面に叩きつけられ、彼は口から血反吐を流す。

「ウザイ。消えて」

セフィリアは両手に魔術の光球を作る。紅い玉と、青い玉。それを混ぜ合わし、彼女は詠唱する。

「異なる力は我が手によって生まれ、混ざり、異なる理を以て新たなる秩序を生みだす。古き存在は消え…」

その、合わさった、紫の力を、天へと翳し、

「創世の力、その身で味わいなさいっ!」

光が、拡散する。彼女を中心として、紫に染まった光がたまを、未来を、大地を飲み込んだ。

「未来!」

双夜は固唾を飲んでその光を見守る。相手を確実に殺すための魔術。全てを塗りつぶす「創世の魔法」、そのレプリカ魔術の1つに過ぎないが、今のセフィリアの、エーテルに満ちた彼女を以てすれば、オリジナルに匹敵する力を出すことすら可能となる。

蹂躙する光。絶望の空気が漂い始める。そこへ……

 

一筋の、白き光が天から拡散する光の中心に向けて放たれた。

 

例えるなら、レーザー光線。今風に言えばそう見えただろう。しかし、中心にいたセフィリアは違った。

(まさか…奇跡の光……)

光が差すということは、神が祝福しているということである。そして、その光の筋の中心には、ある少年がいた。

「概念!解放ッ!」

紫の光が収束し、白き光が合わさり消えさる。たまと未来は意識を保っているが立てず、地面に突っ伏していた。そして、光の中心だった場所に、2人の人間が立つ。

1人は苦々しい思いを胸に募らせ、その手に魔術の光の渦を湛える、西洋の少女。

1人は意志の炎をその瞳に宿し、その手に概念の権限たる剣を持つ、東洋の少年。

2人は同時に後退し、間合いを開ける。

「たま。後のことはわしらに任せるのじゃ」

たまのそばに、金色に輝く九尾の狐が降り立つ。彼女は背中に乗せた子供たちを下すと、人型へと変化する。

「いなり姉…」

たまは虫の息の中で、その狐の名を呼んだ。いなりは自信ありげにコクリと頷くと、尻尾でたまを拾い、セフィリアの射程から逃れた。

「ありがとうたま。守人を守ってくれて……」

西洋の少女と対峙する少年が、たまに向かって感謝の言葉を述べた。たまは消え入りそうな声で応える。

「すまんにゃ薫…ちゃんと…守れにゃくて……」

「ううん。十分だよ…だから、休んでて」

薫と呼ばれた少年の言葉にたまは安堵し、眠りに就いた。そのまま、体が弛緩したのか、おむつにお漏らしをし始める。尻尾でそれを感じたのか、いなりの顔が朱に染まった。

「ずいぶんと余裕ねぇ……イライラするわぁ」

セフィリアは対峙する薫に睨みを利かせ、さもまだまだ余裕であるかのように装って語る。対する薫は、剣を構え、敵を見据える。特異な形状の剣だった。この世のものとは思えない、常に反射光の変わる無骨な剣。柄に施された装飾は、宝石だけとシンプルなものだった。少年はその剣を強く握り、気合いを込める。

「ここから先は、僕が君たち全員を守る」

彼はそれを「宣言」した。剣はその「意志」を受け止め、力を発現させる。光を纏い、「意志」の心を武器にできる概念武装。その過程を目にし、セフィリアは驚愕し、口をわきわきさせながら言った。

「…まさか…宝具!?

ここにきて、初めてセフィリアに焦りの表情が生まれた。彼女は知っているのだ。宝具と呼ばれる存在の力と、その意味を。

「赤花…赤花!無事か?」

ちょうど双夜も解毒が済んだようだ。赤花はむくりと起き上がり、弱々しくも笑みを見せる。精いっぱいの強がりだ。いつも大人しい、女の子らしい彼女がこんなことするのも珍しい。そんな彼女の強がり。それだけで双夜は、彼女の「意志」を、理解した。

「未来」

自身の式神を呼び寄せる。力がなく倒れていた未来は、その言葉に奮起し、右足から少しずつ立ち上がる。もう、そんな力は残っていないだろうというのに。彼のプライドが、根性が、そして、かつての旧友の姿が、彼を奮起させた。

「ぐぅぅぅうおぉぉぉぉぉッ!!」

雄叫びとともに、彼は2つの足で立ち上がった。そして呆けたように空を見つめる。空は夕闇を超え、夜となっていた。星が輝き、月がその光を称える夜に。

「未来」

赤花を抱き、双夜が式神の隣へと降り立つ。全員が、ボロボロの体だった。衣服は所々千切れ、下着がその姿をのぞかせている。それに気づき、赤花は顔を赤らめた。双夜はそんな可愛い相棒を、信頼できる式神の下に置く。

「赤花を、頼む」

未来は、当然といったように頷いた。抱えていた赤花を未来の傍らに置き、手持ちの最後のお札を置く。防衛用の護符。命を保つための、文字通り生命線。

「双夜ちゃ…んっ、それは……ッ」

「いいんだ」

赤花の抗議を、双夜は受け入れ、そして否定した。彼女は護符を起動し、2人を守るように調整する。

「2人がこんなに頑張っているのに、私は2人に任せっきりで、全然仕事ができていないからね。だから…」

一度瞳を閉じ、そして、強い意志を持って開かれた。

「す、少しばかり、カッコつけさせてくれ……な?」

双夜もまた、普段言わないようなことを、少しばかり恥ずかしがりながら言った。赤花はその光景に場違いに笑ってしまう。双夜はそれに拗ね、そして微笑んだ。振り向く。背中が赤花に向けられる。邪魔な衣服を脱ぎ棄て、上半身をさらしだけ残して露出させる。装甲などない。守りの護符もない。あるのは抜き身の、強き意志のみ。

刀が、構えられた。

「受け取るのじゃ!」

足元にもう1つの刀が刺さる。双夜は投げられたほうを見やると、解毒をしているいなりが、サムズアップをしているところだった。場違いな光景に苦笑いするも、素直に刀を受け取る。

「ありがとう…ございます」

その刀を持った瞬間、体がとても軽くなった。名を「天翔刀」。空を飛ぶことのできる力を持ち主に与えるといわれる、妖刀だ。

「いざ…参る!」

双夜は気合とともに宣言する。それは意志の力となり、意志の剣の恩恵を受ける。力が漲る感覚。今なら星でさえ、斬れるかもしれないと双夜は高揚した。

「神島っ!合わせろっ!」

「ハ、ハイッ!」

双夜の呼びかけに、薫が応える。お互い、初めての同時攻撃。しかし、域は自然と調和し、多角的にセフィリアを追い詰める。

「くぅぅっ……」

セフィリアは雷の魔術を連続して出現させた。触れれば生身の体では一瞬にして丸焦げになり、感電死させることのできる高圧電流。その雨の中を掻い潜り、2人の刃は射程内に収まった。

一閃。

2つの刃が、それぞれ交差して彼女のドレスを、彼女を引き裂いた。セフィリアは防御術式を同時展開していたため、致命傷には至っていない。しかし、柔肌から迸る赤い液体は、彼女の精神を揺さぶった。

「血…血…誰の?…私の?……この私の血?…嘘。そんなのウソ。私が、スコットハルトの一族でありッ!あの役立たずな姉とッ!盲目な、可哀そうな妹を支え続けた、この私がッ!血を流すなんて、チヲナガスナンテッ……アリエナイィィィィィッッ!!!

セフィリアは発狂し、魔術をランダムで暴発させる。そこには最初に会った気弱そうなイメージの欠片もない。壊れた心のまま、エーテルに操られ、彼女は力を暴走させる。薄目を開けてその光景を見ていた白梅と黒百合は、その姿の中にある、うっすらと見え隠れする「影」を捉えていた。

「…あれは……」「あの、力?」

やがて魔術の暴走も収まり、セフィリアは俯いた。その顔から涙があふれ、地面へと零れおちる。2人の動きが止まる。皆が彼女の様子を遠巻きに見守っている。

「フフ……」

彼女は、笑い始める。

「それで、その程度で、この私に、勝てると…でも?フフフ、ウフフ、フハハハハッ!」

その、圧倒的不利を目の当たりにしてもなお、セフィリアは大きく破顔し、涙を零し、瞳に光を失って。それは世界を捨てたものだけが見せる笑みだった。そして突然、その笑みが止む。それだけで、場の空気が凍りついた。

「もういいわ」

彼女が宣言する。自らの「意志」を以て。

「いい加減っ!五月蠅いんだよ…オマエラァァァァァァァッッッ!!!!

セフィリアは地面を思いっきり蹴り、大地を隆起させる。同時に、先程の木偶人形が大量に這い出てきた。激昂する彼女はすぐさま術式を展開する。速攻性のあり、そして攻撃性のある魔術を天にかざし放った。花火に似た音が空に響き渡る。それはかつて、神が行ったというソドムとゴモラの悲劇を魔術で再現するという、本当なら時間がかかるものであった。しかし、今の、エーテルに満たされた彼女は、それすらも容易く、瞬時に行うことができるのだ。そして、その攻撃はつまり……

街に無差別に、炎の矢が降り注ぐという、天災そのものだった。

「な…っ!」

双夜はその規模のでかさに足を止め、茫然とした。天を覆う赤い炎。暗い夜を昼のごとく照らすその数は一見しただけで、優に千を越える。その炎からあふれ出たエーテルにより空が変色した。赤い、赤い闇が、辺りを包む。

「あんな数が、街に落ちたらどうなるでしょうねぇ…フフ、フハハ、アヘアハヘハハハハハッッ!!!」

セフィリアの言葉によって、双夜の瞳孔が開く。今、街は魔術によって誰もいない状態になってはいるが、街そのものは現実に存在するものだ。このままでは街は火の海と化してしまう。まさに蹂躙する天罰の象徴、それがあの火の矢である。普通の魔術士であれば、いや、いかに高位の魔術士と言えど、あれを見た瞬間、戦意を喪失するだろう。

 しかしそれを、概念は容易く打ち返す。

「絶対にっ!そんなことはっ!させないぃっ!!!」

意思に不可能はない。少年はそれを体現する。

「うぉぉぉぉぉぉぉぉっっっっ!」

雄叫びとともに、剣が振られ、意志の力が体現する。刃からあふれ出る光。空へと放たれたそれは、エーテルを打ち消し、炎の矢は瞬時に消し去る。弾けるような光が、街に雪の如く降り注ぐ。打ち消されたエーテルは、そのまま霧散し、世界は再び闇へと逆戻りした。

(あれだけの量を、一瞬で……っ!)

彼女が出した矢はこの世界に微塵と残らず消失した。その成し遂げた力を見て、セフィリアは唖然とし、腰を抜かす。同時に身につけているおむつに、お漏らしをしてしまう。そこでようやく、彼女の暴走は終わった。エーテルを放出し、力なく項垂れる。

セフィリアが倒れるのと、薫が倒れるのは同時だった。

「かおるっ!」

解毒を終えたいなりが薫に駆け寄る。たまは安堵の息を吐き、守人と拳でお互いの健闘を称える。守人がウィンクすると、たまの頬がほんのりと朱に染まった。照れくさそうに頬をがしがしと掻き、八重歯を覗かせ、いたずら小僧のように笑う。

「……薫…」

白梅は先に立ち上がり、スカートの汚れをはたく。紅の双眸には、先程の影が焼き付いていた。

「白梅…その…」

その声に白梅は振り返った。そこには自身の大切な、家族であり自らの片割れがへたといった感じで座り込んでいた。自身とは違う性別。けど、姿は完全に同一。違いと言えば、目の端が垂れているか否かという所だろうか。少女は恥ずかしげに、俯いている。耳が朱に染まった。その様子を見て、白梅は小首を傾げる。頭の兎耳がかさりと揺れた。

「えっと…私まだ、立てないの。だから…」

白梅はその先を聞く前に、柔和な笑みを浮かべ、手を差し出す。華奢だが、強き意思を持ったその手を。

「……はい……黒百合…」

「…………………ありがと」

黒百合はその手を取った。その時、スカートが大きく捲れた。お互いのおむつが露わになる。同じ色のオムツカバー。そして、同じような状態になているのは、お互いに感じていた。

 両者、少しばかり頬を染め、微笑み合う。恥ずかしさと、今ここにいる幸せを噛みしめながら。

 2人の兎は、飛び跳ねるように大好きな人のもとへと向かう。月に見守られながら。

 

 そして、セフィリアの体から、おもらしとエーテルと共に、黒い影が抜け出て行く。

 ヤミハマダ、シンデハイナイ……

 

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