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日差しが強い上に熱い。肌に汗が纏わり付いて、不快になる。じめじめした場所は嫌いだった。生まれ故郷の山里はこんなに熱くはならないし、こんなにじめじめしてない。私たちが生まれた所は、こんな極東の島国なんかと違って、優雅で気品のある国だ。私、スクーネ・スコットハルトは2人の妹と共に極東の大都会の商店街を歩いていた。


「お姉様ぁ。どうやらターゲットはこの町にいるみたいですぅ」


セフィリアの長距離レーダーに対象が引っ掛かったようだ。が、範囲は周囲10キロ。そう狭い範囲ではない。まあ、この国に来て4日間。ようやくの進歩と言ったところか。本部の情報もあながち間違っていないようだ。


「よし!じゃあ、今日はこの辺で宿を取るぞ。明日から本格的に捜索開始だからな!」


「上姉上。声が大きいです。後迷惑なので私から3m離れてくださいませんか?」


ルコナの邪険に扱う声にカチンと来る。この妹は私を姉と呼ぶが、どうも尊敬の気持ちが足りない気がする。ここは長姉たる私がしっかり言わなければ。


「ルコナ!お前姉に対する口の利き方がなってないんじゃないか?」


「だから騒がないで下さいと言ったでしょう?うるさくするようでしたら私は単独行動を取ります」


ルコナはそういうと、黄色い杖で地面を叩きながら足早に去っていく。私は素早くルコナの前に回りこんだが、ルコナはその動きを察知して避ける。私は更に回り込もうとしたが、結局失敗する。だが、そこで更に私の立場を悪くすることがおきる。


「だめでしょ〜ルコちゃん。お姉様の言うことは聞かなきゃいけませんよぉ」


セフィリアがルコナを捕まえることに成功したのだ。それもルコナはあっさり捉まっただけではなく、その言葉に頷いているではないか。これでは長姉の立場と言うものがない。私は怒りの矛先をセフィリアに、彼女が私よりも誇っているある部分に向ける。


「わかればいいのですよぉ〜。今度から…ひゃっ!お姉様ぁ!そんなとこぉ…ひゃあん!」


「うるさい!こうプライドをズタボロにされたならば、お前の胸を揉む以外にストレス発散法があるか!」


柔らかい。両手から溢れんばかりの大きな胸。こいつは私より年下のくせに、私より胸が大きいのだ。後ろから羽交い絞めにして、胸を揉んでやる!


「姉上様方。いい加減にしないと周りから変な目で見られますよ」


ルコナの忠告など耳にも入れず私は一心不乱に揉み続け、そのたびにセフィリアは甘い声を上げた。最終的に、ルコナはその手に持つ黄色い杖で私たちの頭を叩いた。


「ってぇな…姉を殴る奴がいるか!」


私はルコナに文句を言うと、ルコナは「馬鹿な奴を殴るのは理性的に当然の行為です」と言ってさっさと歩いていってしまう。セフィリアは私の戒めから逃れると、ルコナの横に行き、ルコナを支えるように歩く。私はその2人を後ろから見守るように歩いている。しばらくして、2人が赤い顔をして路地裏に入っていくのが見えた。こうなると決まっている。私は手に持つからいつもの物を出して、彼女たちに追いつく。


「上姉上様…」


「お姉様ぁ…」


案の定2人はお互いのスカートをたくし上げ、それぞれのおむつの様子を確かめているようだった。外から見てもわかるように、彼女達のおむつは濡れていた。私は2人の姿が表通りから見えないように壁になりながら、彼女達のおむつを換えてあげる。


「心配すんな…それより今日はもう宿を決めて休もうぜ。お前らの体の調整もしなきゃだろ?」


結局この2人は私のかわいい妹なのだ。なら、この程度の苦労は背負って当然だ。


「この仕事が終わったらゆっくりできるかなぁ」


「どうでしょうか?今回の相手は一筋縄ではいきそうにありませんから」


「とにかく明日から本格的に探そうぜ。紫煙院 白梅ってやつを」





旅館とかに行くと普段と違う朝にどぎまぎすることはないだろうか?いつもとは違う時間に起きて、用意された朝食を食べ、勝手に部屋を片付けてくれる。自分では何もしなくても言いと楽な反面、ちょっと物足りないと言う朝。


今僕は、それを経験している真っ最中だ。


テーブルにはすでに用意された洋朝食がある。他の皆もすでに着替え終わっていて皆朝食を見ているが誰も手をつけない。この屋敷の主がまだ登場していないからだ。周りを囲むメイドさん達の中には音子さんがいるのが見える。


「遅れてごめん!」


守人がダイニングに入ってくると同時にメイドさん全員が「お早う御座います。守様」と礼をする。それを平然と守人は通り、ダイニングの真ん中、主賓席に座った。


先日の白梅騒動から2週間が過ぎた。白梅は本来の名前である紫煙院 白梅に戻り、時折里帰りと称して常夜の世界にお泊りするようになった。籠命も時折こちらに遊びに来るようになった。黒百合も白梅の中で生き続け、時折出てきては僕をからかっている。この前の添い寝のときも…





「薫…私とエッチなことしよう」


布団を被って電気を消した途端、急にこう言ってきた。僕は顔を赤くしてしまう。それは白梅に襲われた?ことを思い出したからだ。


「急に何言ってるんだよ?」


僕はごまかすように言ったが、黒百合は僕の眼をじっと見て、


「嘘じゃないわ…本気よ。私は」


黒百合の顔は真剣そのものだった。その赤い瞳は、僕を捕らえて離さない。


「白梅はしたのに私にはしないなんてずるいわね…私だって出来るところを見せてあげるわ」


彼女は僕の腕を胸に持ってくる。それは、あの夜の再現であった。まずい。また体を支配される。そう感じた僕は、咄嗟に顔を背けた。黒百合はそれで動きを止める。僕が安心したつかの間、耳元で異国の早口言葉が聞こえた気がした。途端、僕の体は自由を無くす。まずい。黒百合は僕の体を妖艶に手繰り寄せ、僕の右手を彼女の胸に、左手を彼女の股に。体は白梅のものだが、どうやら2つになったときの副作用で心の性別が肉体の性別を左右する体になってしまった。そのため、今の白梅…黒百合の体は女性のものとまったく変わりない。


「容易いわね。本当…薫は意外と単純なんだから」


フフフと言う笑い声が聞こえた。僕は自分よりも外見年齢が年下の少女に玩ばれている。彼女は僕の体を操り自慰を始めた。傍目からではエッチなことそのものだ。荒い声が耳の中で響く。頭まで解けそうな官能の声。耳がゆっさゆっさと揺れているのを感じる。僕は彼女の自慰を手伝うことしか出来ない。やがて彼女の息のスピードが上がっていき、大事なところがくちゃりと濡れ始めたそのとき、


「そこまでじゃ!」


救世主は一番危ないときに登場した。いなりが扉を勢いよく開け、ベッドまで詰め寄る。


「黒百合…じゃな」


黒百合はいなりなど気にも留めずに絶頂への階段を登っている。いなりは眉をピクピク震わせていた。僕はと言うと、肉体は勝手に動かされて心はそっちのけ。完全にとばっちりを受けたような気がする。


「どうしたんですかぁ…姐さん?私…今とっっってもぉ…忙しいんですけどぉ…ねぇ?薫ぅ」


黒百合は邪悪な笑みを浮かべながら、いなりを挑発する。…これは僕に対するあてつけか!?


「薫!これはどういうことじゃ!」


いなりは怒りで顔を真っ赤にしながら、僕に詰め寄る。いや、だから僕は動くことが出来ないんだってっば。


「今日ぐらいいいだろう…たまには…さ」


あ、口が勝手に動いた。見えるのは黒百合の小悪魔っぽい表情。僕の意思を無視して僕はいなりの怒りの火に油を注いだようだ。


「な、なな、ななななな…なんじゃとぉぉぉぉぉっっ!!!!!


いなりの大きな声が耳に響き、頭を貫通した。僕の頭がぐあんぐあんしている間に、僕の口が勝手に動く。


「耳元で大きな声を立てないでくれよ…気持ちが冷めるじゃないか…」


「そうですよぉ…だから姉さんは行った行った」


黒百合はしっしっと手を振りいなりには目もくれなくなる。いなりが急に黙り込み、プルプルと震えている。黒百合はもうガン無視で僕はその操り人形のまま。宝具とやらも僕が出したいときに出るとは限らないらしく、一度出て来いと念じてみたが、出なかった。立ち会ったいなりに依れば、「まだ宝具と呼吸が合っていない」らしい。


「あ…もうすぐ…きちゃう…きちゃうよ!…」


黒百合が頂点に達しようとしたとき、ぷちんと言う音が聞こえた気がした。


「へ?」


やっと僕も体を動かすことが出来た。というか、黒百合の戒めが解けていた。


「ちょっと調子乗りすぎた…まずいかも…」


黒百合はある1点を見つめていた。その先には、


九尾の狐が大剣を振りかざし、僕らを睨んでいた。怖い。すごく怖い。母さんより怖い。


「お主ら…覚悟は出来ておるな…」


あの大剣は見たことがある。確か名前は炎産霊(ほむすび)。いなりが神様として奉られていたときに手に入れた宝具で、その保有概念は…


「我が剣に問う…汝が司るものは何ぞ…」


大剣に炎が纏わりつく。炎の色は赤から青、最後は白に変わる。それは触れるもの許さず断罪の炎。


「汝は『天罰』の顕現者…その力を我に示せ!」


いなりは本気で僕らに対し大剣を振り落とした。黒百合は既にドアそばに退避していた。僕は咄嗟に剣を構える仕草をする。その瞬間に、僕の持つ剣が、召喚される。


ガキンっと、剣がかちあう音。


「落ち着いてよいなり!」


僕の言葉を、いなりは聞いてない。いなりはさらに剣を振りかざす。僕はそれを意思の剣の応用で止めることにする。最近修行したばかりで安定しないが、仕方がない。


「意思の剣よ…霧散してくれ」


意思の剣は、空気に溶けるように消えていく。いなりはその動きを気にとめたが、無視した。炎の色は茜。眼に宿った炎は、そう簡単に消えることはない。尻尾の魔力を剣に集中させる。


霧散した剣は、意志を宿した破片となっていなりの体の周囲を漂う。本来いなりはその程度のことは容易に気づく。しかし、今のいなりは頭に血が昇っていて、気付かない。


「レラ!」


「しまっ…!」


いなりの断末魔を遮るように、空気が凍る。炎をも飲み込み、いなりは氷漬けになった。見事な氷のオブジェだ。剣から尻尾から何まで氷漬け。僕は一気に脱力する。意思の剣は、僕の意志に呼応する。しかし、それを制御するのは、自分を制御するのと同じ、いやそれ以上の体力、精神力を使う。この技も、1度きりが限度だ。


「見事に凍ったわねー」


黒百合がかんらかんらした笑いをあげた。僕は残る体力で嫌味を言う。


「誰のせいでこうなったんだよ…ったく」


「じゃあ続きしよう…」


ぺちっ。


「きゃんっ!」


黒百合がらしくない悲鳴を上げた。後ろには、同じく兎の耳を持った少女のような少年が、黒百合に対し空手チョップをお見舞いしている。


「白梅…今日は私でしょ?」


黒百合は白梅が出てきていることに驚きつつ文句を言う。ちなみに、やろうと思えば、かつてのように2重存在としても可能とのこと。本人達は一心同体がいいというので専ら使うことが無い。


「…黒百合…お仕置き…」


だが、今日の白梅は雰囲気が違う。先ほどのいなり以上のオーラが後ろで渦巻いていた。耳がわなわな震えている。


「白梅…まさか…」


黒百合は身構えた。その気迫は、狂気に彩られた白梅と同じほど強烈なものだ。


あれ?僕とばっちり?


「落ち着け白梅!」


案の定、聞いていない。


「…結晶庭園…」


「夢幻回廊!」


「お前ら少しは手加減しわぁぁぁぁぁぁ!!!





「どうした神島?料理、おいしくないか?」


守人の言葉で現実に戻った。今日の守人は服装が女性のものだからか、とても違和感を感じる。貴族の令嬢という表現ぴったりだった。


「薫がいらないならいただいちゃうにゃ!」


たまのフォークが伸びてくるが、それをいなりが言葉で制す。


「たま、行儀が悪いぞ。客人だとは言え、マナーを守らんと追い出されるかもしれんからなぁ?」


最後は凄く悪女ぽかった。それでたまは大人しくフォークを自分の皿に戻す。ちなみにメインの肉関連を食べてしまっているため、残っているのは野菜という惨状だ。それに対し、白梅は野菜をほぼ食べつくしていた。最後のレタスをちょうどうにゅうにゅしている。


「真琴ちゃん。口にソースがついていますよ。今拭きますから、じっとしていてください」


「うー。真琴は1人でできるよー…」


夕子が真琴の口端についたソースを自分のナプキンでふき取る。対する真琴は恥ずかしげに、言葉を返すがちゃんと言われたとおりにじっとしている。その時、ぴょこんと真琴の頭の上から猫型の耳が飛び出る。僕は口に含んだスクランブルエッグを吹きそうになった。


認識阻害の札の効力からか、メイドたちは気づいていないが、食卓にいる全員が、その光景を見た。いなりたち3人は普段から見慣れているせいか、大した反応をしない。ちなみに僕も同じくらい見ているのだが、未だに慣れない。守人はびっくりした素振りを一瞬見せるが、すぐに元の状態に戻る。守人も真琴のこの現象を知っているため、驚きはしたものの疑問には思わなかったらしい。ただ目線で真琴に合図を送る。


「…?


その視線を真琴は受け止め、慌てて頭を抱えた。自分が尻尾と耳を出していることに気づいたらしい。横で夕子がニヤニヤしている。…間違いない。確信犯だ。視界の端に、めちゃくちゃときめいている音子さんがいたことを追記しておく。





朝食を終え、自室に戻る。自室といってもいくつもあるゲストルームの1つで、他の皆と部屋の構造は共通している。1人1部屋が与えられたが、ほとんど僕との添い寝のため、同室であることを望んだ。結局、取り合いにならないよう休戦条約が決められ、僕は1人で眠っているが。


「それにしても豪華だな…」


調度品1つ取っても値の張る物だし、外はシンメトリーに整えられた庭が広がっている。裏庭にはバラ園が広がり、さらに自家牧場もあるという。


これが1人の家の邸宅とは、恐れ入る。


場所は東京、多摩。山1つを所有する高野谷家の分家筋の邸宅だ。その主は今ヨーロッパに飛んでいるため、その間守人が借り受けたらしい。音子さんは本来ついてこなくてもよかったのだが、言いくるめられて強引についてきたそうな。


コンコン。


ノックの音。僕は「どうぞ」と声をかけた。木製のドアはキィ…と音を立てて開かれる。


「薫〜ちょいと来てほしいにゃ!」


たまが無邪気な笑顔で僕を呼んだ。僕は彼に案内され、談話室に向かう。この建物は東館と西館の2つがあり、それぞれの中央に玄関と談話室、食堂を備えた塔が建っている。塔の高さは6階分。1階が玄関、2階が食堂、3階が談話室。4階から先はこの館の主のプライベートルームになっており、立ち入りは厳禁らしい。ちなみに談話室のところに別の館とをつなぐ連絡通路が付いている。といっても、現在西館には誰もおらず、東館だけを僕らは利用している。


談話室に入った途端、クッションを投げられた。


「たままだ駄目じゃ!」


「…着替え中…」


「薫君も出てってください!」


罵声を浴びせられつつ急いでドアを閉める。たまは頬を掻いて苦笑いしている。


「まずったかにゃ?」


「僕の年齢だとつかまるよ…」


僕は大きなため息をつくと、あと何分必要かを聞いた。30分らしい。僕はそれまで、お屋敷内をぶらつくことにした。


庭に出ると、たまはバラ園のほうへ駆けていった。僕はその後をゆっくりついて行く。日差しは初夏から夏に変わりつつあった。刺すような暑さを覗かせ、まだ午前中なのに汗が粒になって出てきそうだ。


「案外遠いな…」


改めて庭の広さに唖然とさせられる。日差しを遮るもののない空間を5分ほど歩いて、やっとバラ園についたからだ。バラ園にはいろんなバラが植えられている。そのほとんどが赤系統のきれいな花を咲かせている。庭師の整えられたバラ園は、西洋のお城にあるそれと大差なく、理路整然としている。


「つまらない光景よね」


突然後ろから声をかけられた。僕が振り向くと、そこにいた人物は、にこりと笑った。群青のドレス。手には扇。レースをあしらった手袋に、日傘。まるで絵画の貴婦人が地上に舞い降りたと思わせる風貌。ウエーブ状に纏められた青髪が、余計そう思わせる。金色の瞳が、僕に向けられた。


「変化がないことが美しいこととする西洋の美意識が如実に表れてる庭。けど変わらないことに意味なんてないのよ」


年は僕とそう変わらなそうな少女は、後ろから僕を抜かし、歩いて行く。僕は、その後をついて行ってしまう。


「世界は揺るぎなく変動することで巡るようにできている。それを留めようとすれば、歪みだって出てしまうのに」


彼女は独り言のように話し続ける。僕はそれに対し答えもせず、ただ聴いているだけだったが、彼女はそれでいいようだ。


「壊して作る。これは世界の道理よ。新しいものを作るには、今までのものを何か壊さなければならないのよ」


彼女はバラ園の片隅で立ち止まる。振り返りながら僕に問うた。


「あなたはそれをする覚悟がある?」


射抜かれるような強い視線。僕は彼女から目を逸らせなくなる。


「覚悟?僕が…何の?」


少女は僕の深い処にあるものを探るような、透きとおる声で答える。


「あなたは、自分を変えるために、誰かを変えるために、失う覚悟があるかと問うているの」


僕はその回答に戸惑う。きっと、最適な回答はない。いや、存在しない。何を失うべきかなんて、答えられるはずがない。


「どうしたにゃ?」


後ろから、たまの声がした。僕はその声に反応して振り向くと、たまが僕の後ろに立って不思議そうに僕を見ていた。


「いや、あの子に…」


目の前を指さそうとして、少女の方を振り向き…


誰もいなかった。


ぽかーんとするたま。驚きを隠せない僕。たまは少女がいたところに駆け寄り、そこに刺さっていたそれを拾い上げる。


「いにゃ!」


たまはいそいでそれを僕に手渡すと、すぐに傷を舐め始める。どうやら棘が刺さったようだ。


「青い…バラ?」


僕は口にして、それを眺める。きれいな青いバラ。染めたものでも、造花でもない、自然なバラ。青というよりは藍色に近い。僕はそれに見とれているときに、はっと思いだす。携帯電話で時刻を確認。約束の時間まで、あと7分しかない。


「まずい!たま、部屋に戻るよ!」


「にゃ!薫置いてくにゃ!」


僕らは急いでお屋敷に戻る。たまは僕にペースを合わせついてくる。半ば息切れ気味に談話室前に到着した。そこで息を整えてから、ノックする。


「どうぞー」


音子さんの陽気な声が中から響いた。僕は「失礼します」と、職員室に入るような仕草でドアを開けた。今度は大丈夫だった。まったく何も飛んでは来ない。談話室の一角に仕切り板が備えられている。音子さんはその前でにこやかに手を振っていた。向こう側ではがやがやとした姦しい声が聞こえた。


「えっと…薫様は趣旨を理解なされていますか?」


近寄ると、音子さんにこう切り出される。趣旨?そういえば、なんで着替えているとか聞いていなかった気がする。僕が知らない旨を答えると、音子さんは楽しそうに説明を始める。


「実は、私今回の旅行に際してこっそり守人様の幼少の時のお洋服を持ってきていたのですよ。それを皆様にお見せしたところ着てみたいというご要望がありましたので、どうせならそれを薫様に判定してもらおうかな…と思いまして」


うーん。要約すると…


「ま、ファッションショーですね」


先に答えを言われてしまった。たまは仕切りの向こうを覗こうとして、音子さんに捕獲された。


「たま様もファッションショーのモデルさんなんですから、こっちに来てくださいね」


そのまま向こう側に連行される。必死に暴れているようだが、うまく抑え込まれてしまっている。


「薫様はそちらのイスに腰をかけてお待ちください。すぐに始まりますので」


音子さんの指示通り、イスに座り待つことにする。向こうの姦しさが上がった。


「これ…なきゃ…かん…のか?」


「……人…こ…服………ちり…」


「…は反…です。……な服着れ………よ!」


「真…。首、うー……して。き…く…い?…丈…?」


「大丈……よ」


断片的に聞こえる女の子たちの声。やがてそれが静まって行く。再び表に出る音子さん。どうやら準備が整ったらしい。


「レディースエインドジェントルメーン!!


普段の音子さんから想像もできないほど張った声。というか、すごいノリノリだ。あと突っ込みとしてレディースはいません。


「最初はぁー!キュートな狐の登場だぁ!」


なんかリミッターが外れている気がするのは気のせいだろうか。その声に応えるように、仕切りの向こうからいなりが顔を覗かした。が、顔だけ出して動かない。その顔は僕を見た瞬間、真っ赤に染まる。いなりは音子さんに小声で話しかける。といっても、その声は存外に大きく、僕の耳まで届いた。


「ねね?やらねばならんのか?本当にこの服で?」


「あらあら。とてもお似合いですよ。恥ずかしがらなくても大丈夫ですわ」


「じゃが、この服、その、お尻が…目立つの…じゃが…」


徐々に声が尻すぼみになっていく。さながら音楽でいうデクレッシェンド。最後は音子さんにも聞こえないようで、音子さんが耳を近づけていた。


「大丈夫ですわ。それほど気になるほどではないですし、薫様は守人様がこの格好でいるのを見慣れているはずですわ」


ん?見慣れてる?僕が知る服なのか?


「じゃが…」


「トップバッターが弱気でどうするんですか。ほら!胸張っていきましょう!」


そこでいなりは折れたようだ。渋々といった感じで、仕切りから出てくる。


その姿に、目を疑った。


確かに見慣れていた服装だ。僕の記憶の中では守人はそれを着るたびに「あんまりこんな服は着たくないんだよねー。男女差別だと思う」と豪語していた気がする。白いTシャツ状の服は、吸水性を重視したつくりになっており、袖口や首周りが淡いグリーンで縁取られている。下は濃紺色のパンツのようなもの。素材はポリエステル。お尻が目立つといういなりの言葉通り、その服はお尻が目立ってしまう。


体操着とブルマーという出で立ちで、いなりは僕の方を向き立っていた。


「に、似合う、じゃ…ろうか?…」


恥ずかしそうに俯く姿は、普段の余裕は見受けられない。顔を真っ赤に染め、耳をしょげるように折りたたませている。へそまで覆うブルマーが妙に膨らんでいるのは、いなりがはくおむつが下に潜んでいるからだろう。その証拠に、ブルマーの端からおむつが覗いていた。当の本人は、気付いていないみたいだが。


「とてもお似合いですわ!」


音子さんのテンションが上がる。心なしか顔も赤い。熱でもあるのだろうか?


「うん。びっくりしたけど、似合っていると思うよ。いなりって学校行ったことないから、こういう服着たことないだろうし、ちょっぴり新鮮かも」


僕の言葉でいなりはさらに顔を赤くした。そのまま仕切りの裏に隠れてしまいそうになるのを音子さんが止める。というか、音子さんは先ほどまで反対側にいたのに、いつの間に回り込んだのだろうか?


「まだですよいなりさん。みんな揃うまでこっちにいてください」


普段のいなりならこの程度のことを軽く払いのけるだろうが、今日はそのまま大人しく従っているだけだ。なんというか、覇気が感じられない。いなりは音子さんの指示通り仕切りの前のところで他の皆が出るのを待っている。妙にもじもじしているところなどは、年相応のかわいらしさが見えた。もちろん外見年齢だが。


「続いてはぁー!ハニーな兎のおでましだぁー!」


音子さん。大暴走。マイクパフォーマンスの真似をしながら指を鳴らす。それが合図だったのか、白梅が仕切りの向こう側から出てきた。


今度は、スクール水着だった。


僕は白梅を凝視してしまう。名前は守人のままだが、サイズはぴったり合っていた。どこをどう見ても女の子にしか見えない。本当に男の子なのかと疑ってしまう。耳がひょこひょこと動く。僕をじっと見つめる赤い瞳は、落ち着かないのかきょろきょろと動いていた。


「…似合う…かな…?」


白梅は小首を傾げながら聞いた。


「ええ!もうときめきが止まりませんわ!」


僕が言うよりも前に、音子さんが答えた。僕もそれに合わせるように「度肝抜かれたよ。白梅はやっぱり女物の服が似合うね。うん。すごくかわいい」と言った瞬間、白梅がボンっと顔を赤くさせた。


「…うん…ありがとう…」


嬉しそうな笑顔を浮かべ、もじもじしながら言った。それからずっと1人で「…変わって…?…ダメ…今日…白梅……ヤダ…変わらない…」と言っていたところを見ると、中で白梅と黒百合が会話しているんだろう。…どうかそのまま抑えてほしい。きっと黒百合は僕を茶化すだろうから。隙を見て音子さんは白梅をいなりの横に案内する。白梅は素直にそれに従った。それからしばらくは2人で話し合っているようだが、しばらくして音子さんは所定位置に戻り、次のマイクパフォーマンスを始めた。どうやら黒百合は傍観することにしたらしい。白梅がずっと表に出ている。音子さんの声が、マイクもないのに部屋中に響く。


「本読み幽霊が、華麗に変身した姿ぁ!その目に焼き付けな!」


口調がすごく男っぽい。というか不良っぽい。


「そろそろそんなパフォーマンス止めにしません?」


夕子が呆れた口調で出てきた。


ディズニーの、不思議の国のアリスがそこにいた。


青いワンピースに白いエプロンドレス。頭には水色のリボン


アニメから飛び出したように、そのまんまの姿で、彼女はそこにいた。


「似合います?」


夕子はおどけたようにスカートを広げる。広げたスカートの中に、おむつがあるのを垣間見えた。やっぱりそこは夕子なんだなと思ってしまう。しかし、それでも、アリスのイメージがそこから出ている。おしゃまでおてんばな少女が、そこにいる。


「うん。夕子のイメージが変わるくらいいいかな!いつもおとなしい夕子がこんなに似合うなんて思わなかったよ」


夕子は視線を泳がしたあと、「そういう台詞は本の中だけで十分です」と顔を赤らめながら呟くと、いそいそと白梅の横に立ち、そのまま一言も喋らないモードに入る。なんでみんな顔を赤らめるのだろうか?部屋が暑いのだろうか?確かに日は強いが、この部屋の空調は完璧なのに。


「さ、早く続けてください音子さん」


夕子はやたら早口で音子さんに先を促させる。音子さんはニコニコしながら意地悪に敢えてゆっくりしていた。


「先ほどまでのノリはどうしたんですか?ほら早く次を…」


それに感づいたのか、夕子が焦り出す。音子さんはそれに気づかないふりを続けている。それにしても、今日の音子さんはテンションがおかしい。まるで何かが乗り移っているようだ。


「ほ、ほら…まだ後ろにいることですし、早く進めた方が神島君にもいいと思いますし…」


だんだんともじもじし始める。音子さんはそろそろやばいと思ったのか、次の準備を始める。それを見た夕子はほっと胸をなでおろすと、白梅と話し始める。


「さぁさぁテンション上げて行くZE!次は懐かしの姿だ!思い出を呼び起こすがいいさ!」


「うー…真琴はこういう服着る年じゃないもん…」


音子さんの言葉が始まると同時に、真琴が出てきた。


幼稚園スタイルそのままで。


水色のスモッグに黄色の通園帽。赤色のポシェットに、花の髪留めがかわいらしい。スカートの丈が足りないのか、中のおむつが丸見えだ。その姿は昔の、まだ僕が世話を焼いていた(今でも焼いているが)真琴と同じだった。ただ背丈だけ大きくしたような、そんな錯覚を起こしている気がする。


「お兄ちゃん…どう…かな?」


真琴は僕の視線に気づき、ぎこちなげに聞く。僕はどう答えようか迷った。素直に言ったら、やっぱり、真琴に似合っているというか、僕の中の真琴がまだ子供なんだなというのを再認識させられる。けど、それをいったら真琴は怒る気がする。だから…


「あらあら。とてもかわいらしいですわね」


僕が感想を言う前に、後ろから声がした。振り返るとそこには、外のバラ園で会った少女が含みのある笑みを浮かべてこちらを見ていた。音子さんは今までのハッチャけぶりがうそのように静まり返り、いなりと白梅は少女の動向を探っているようだ。とても警戒し、睨むように少女を見ている。夕子はすぐにいなりの後ろに、真琴は僕の後ろに隠れる。


「そんなに怯えなくてもいいのに。私は何もしないわよ」


少女は畳んだ日傘を右手に掛け、左手で扇を広げ、それを扇ぎながら近づく。


「この声は…」


仕切り板の向こうから守人が飛び出した。


守人はいつにも増して目のやり場に困る服装だった。


まず露出が多すぎる。へそ出しルックレベルの話ではない。へそも谷間も腋も…上半身は明らかに布の面積のほうが少ない。下半身も、ジーパンなのだがその短さは短パンレベル。


「叔母様!」


そんな自分の服装を気にせずに、守人は僕の目の前を通り過ぎ、少女に抱きつく。


「大きくなったわね。守」


少女は微笑みながら守人の頭をなでた。それから守人は僕らに振り向き、少女の自己紹介をする。


「この人は僕の叔母にあたる高野谷 桜姫さん。で、こっちが僕の友達の神島 薫君と…」


「大丈夫ですわ守。大体のことは雪音から聞いております」


少女改め桜姫さんは笑みを浮かべながら守人を制す。どう考えても守人と同い年くらいにしか見えないのが気になるが、高野谷家には雪音さんみたいな人がいる以上、納得するしかない。


「単刀直入に申しますわ」


桜姫さんは扇を畳むと、先端を僕に向ける。胸元から封筒を取り出すと、それをすぐ近くにいる守人に手渡した。


「それをここまで行って渡してきてくださる?」


桜姫さんは1枚の紙を取り出した。それは僕も目にしたことのある地図。そこのある部分がまるで囲まれていた。


「ここから1時間以内にいけますわね?よろしくお願いしますわ。もちろん報酬は弾みますわよ?」





2人の少女がそこにいる。休日だけ会って、老若男女が多数訪れているそこで、彼女達は際立っていた。


白と赤の巫女装束を纏った小柄な眼鏡の少女と、白と青の和服男装をした大柄な簪の少女。小柄な少女の手には弓が、大柄な少女の手には剣が握られている。


「本当にここにいるの?」


小柄な少女が先に切り出した。大柄な少女が答える。


「ああ。ここは古くからある“門”だからな。観光地となった今になっても、神隠しが時々起こるらしい」


「神隠しも何も、ここ寺だよ?」


「別に神仏習合の日本でそれはナンセンスさ」


大柄な少女は人込みから離れ、木々の中に分け入る。小柄な少女もそれに続いた。


その先に待つのは、古の妖怪堂。


裏の世界の存在であり、一般の人間がめったにたどり着けない場所。


「彼ら」が待つその地に、少女達は向かう。


長い1日が、始まった。

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