窓の外を食い入るように見る子供たちの後姿を見つつ、僕は外を眺める。丘陵に立てられた団地が流れていく。人間が作ったモノは自然すら超越するようになった。山を切り崩して作られた団地は、人間が自然すら壊せることを証明していた。
「で、どこで降りるのじゃ?」
金色の髪を靡かせ振り向いた外見12歳程の少女は、僕にそう聞いた。オレンジ色のパーカーにカジュアルな黄色のシャツ。黄金に輝く髪は、赤いリボンでポニーテールに結わえてあった。少女の名は小野原 いなり。狐の妖怪で神様だった存在。今は僕と契約し、僕の式神として暮らしている。彼女の尻尾がゆらりくらりと揺れる。それは楽しんでいる証。周りの乗客は興味深げにその様子を眺めていた。
「目が回りそうにゃ」
栗色の髪をした外見10歳程の少年が、ネコ型の耳をぴくぴく動かしながら言った。白いワイシャツに緑色のサスペンダーズボン。逆クエスチョンマークに尻尾は固定され、こちらに振り向かず、ずっと窓の外を眺めている。少年の名前は末島 たま。猫の妖怪で夜叉になることもできる。彼も僕と契約した式神だ。純粋な心と暗い過去を持つ少年。
「………薫?……あれ……何?……」
垂れた耳がゆさゆさ揺れる。形は兎。少女のようにか細い腕と足、そして容姿を持つが、彼はれっきとした男の子だ。今は。外見は9歳程、青白いワンピースドレスに身を包み、きっとそうであると言わない限り、周囲の人は女の子だと思うだろう。長い白い髪は、青いリボンで結わえてある。彼の名は紫煙院 白梅。異世界に住む兎でこの子も僕の式神。2重存在という特殊な存在で、男の子の白梅と女の子の黒百合という2つの人格が存在し、それぞれの人格に合わせて肉体も変容するという、一般からだけではなく、裏の世界でも珍しい状態にあるらしい。
「……すぅ……」
3人の隣で同い年くらいの少女が頭で船を漕いでいる。少女が着ているのはゴスロリ調の赤紫色のドレス。赤さが少しある黒色の髪に白いリボンが可愛く結んである。東洋と西洋の良さがマッチした人形のような少女。名前は水無月 夕子。一時期僕の同級生で、僕と同居する幽霊少女。他の3人が騒いでいても寝てられるのはすごいと言うほかない。
「ふにゅ…ちょっと迷惑じゃないかな?真琴たち」
僕の目の前で、座る少女は戸惑いながら言った。漆黒の髪に黄色い髪留め。日本人形のような美しさを持つ少女は、それとは裏腹にフリルのいっぱいついた、ドレス風ワンピース。この中で一番小さいこの少女の名は、神島 真琴。僕の実妹で、少し前に半妖になった少女。恥ずかしくなると猫の耳としっぽが出る。
「さて、叔母さんは僕たちにこんなところに送ってどうするのかな」
僕の隣に立つ友人は、手に封筒を持ち呟く。髪をざんばらに切った少女のなりをしている彼は、性同一性障害を持つ友人。体は女性、心は男性。服はキャミソールにジーパンと少女のものだ。本人は少しだけ嫌そうだが。名前は高野谷 守人。本名は高野谷 守。日本有数の財閥である高野谷財閥のお嬢様(御曹司)だ。
「本当。ここに何の用事があるんだろう?」
僕もそれを疑問に思う。僕、神島 薫はある場所に向かっていた。東京の西部、日本的有名な場所であり、都民がよく行くところ。僕は桜姫さんからもらった地図をもう一度見た。
そこには丸で囲った場所がある。そこにはこう記されていた。
高尾山と。
霧が晴れた場所に、小さなお堂と参道があった。周りは今までとは違って、原生林然とした森が広がる。ちょうどこの周辺だけが開けてる感じだ。お堂には人の気配が無く、周囲にも人の気配はない。
「ここか…」
参道の入り口に立つ白と青の和服男装を着た大柄な少女は、右手を刀にかける。左手で少しだけ、刀を鞘から抜いた。右足を少し前に出し、踏み込む。居合切りの構え。集中するように、目を閉じる。
瞬間。空気が止まる。
研ぎ澄まされた心が、空気の動きすら止めた。
「…逆巻け」
空から、声。呼応するように風が渦巻く。近くの落ちていた葉が風に触れ、筋に沿って真二つに切られた。
それに合わせて、目が開かれる。
「…はぁっ!」
旋風が、横一線に切り開かれた。最初に立っていた場所には和服男装の少女の姿はなく、彼女はお堂のそばにいた。彼女が最初に立っていた場所からお堂まで10mほど。先ほどの瞬間にそこまで移動したのに、息一つ乱さない。
「双夜ちゃん…すごーい」
後ろにいた巫女装束の小柄の少女が手をたたく。双夜と呼ばれた少女は凛々しい表情を崩さずに返す。
「あれは切らされたんだよ。そうだろ?」
そのままお堂の上を見た。そこには肉眼で確認しうる限り、誰もいない。
「ほう…俺がわかるのか」
何もないはずの空間が歪んだ。徐々に姿が顕わになり、空気が動く。
風。
その空間から風が渦巻く。それはそよ風から始まり、最終的には立っているのもままならないほどの突風になる。
「ふひゅぅっ!飛ばされちゃうよ!」
巫女装束の少女は近くの木にしがみつく。そうでもしなければ、普通の女の子は立っていられないだろう。が、双夜は違った。双夜は微動だにせず立っていた。その視線は風の生まれた、お堂の上に集中していた。
「流石は修験者。この程度では動じぬ、か…」
お堂の上に現われたのは、誰が見ようにも天狗だった。正確には天狗のお面をつけた怪人。手には葉団扇。頭巾を被り、高下駄をはき、山伏の衣装を着たその姿は、まさしく天狗そのもの。怪人はお堂の上から双夜の目の前に降り立つ。高下駄がカタンと高い音が鳴らす。
「貴方は、天狗か?」
双夜は身構えながらも尋ねた。怪人は臆することもせず、余裕すら漂わせて答えた。「いかにも」と。そして、怪人はゆっくりと天狗の面を取る。
「俺の名は青海坊。ここの天狗の中では風を操るのが一番うまい天狗だ」
双夜が息をのむ。怪人は、世の中でいうイケメンの部類に入る、いやそれ以上に美系なのだ。どちらかというと、肉食系ワイルド派。双夜の中ではどストライク系だった。巫女装束の少女が、ゆっくりと双夜に近づく。そのことにさえ、双夜は気づいていない。
「こちらが名乗ったのだから、そちらも名乗ったらどうだ?」
そう言われて、双夜ははっと我に帰る。が、すでに巫女装束の少女が答え始めていた。
「沢城 赤花(さわしろ せきか)です」
「……皆川 双夜(みながわ そうや)だ」
遅れて双夜が答えた。青海坊は2人を一瞥してからお堂の扉に手をかける。
「あんたらがあれか?俺らのところに修行に着た変な人間って奴は」
扉を開けながら青海坊が聞く。
「はい」
「ああ」
2人はそれぞれ答えた。青海坊は扉を開けると首で中に入れとジェスチャーする。2人はそれに従い、お堂の中に入った。古ぼけたお堂の中には仏像すらなかった。板敷きの空間が広がるだけ。その先には、仏像があったであろう空間だけが残っている。板にはうっすら埃がかぶっていた。
「ここは俺たちが人間と関わりを持っていた時のものだ。寝具だったら揃っているから、使え」
青海坊はそれだけ言うと、空に飛び立っていった。
「使えって言われても…」
「まずは掃除だな。幸い掃除用具はあるようだ」
赤花は大きくため息をついた。
ホテルの一室で、むくりと動くものがあった。
「もうお昼ですねぇ」
セフィリアの気だるそうな声がスクーネの耳に届く。スクーネは隣のルコナの世話をしていた。ルコナは魔術的特性の関係から、日光に長くは当たっていられない。だが、昨日は無理させすぎたようだ。そのせいで、今日はこうしてホテルに缶詰めとなっている。
「上姉上…私に構わず調査を…続行してください…ちょっと…うざったいです」
ルコナは毒舌を吐いてはいるが、声そのものには覇気がない。スクーネは絞ったタオルを額に乗せた。セフィリアは横でルコナの調整を行っている。スクーネは身体的側面で、セフィリアは魔術的側面でルコナの回復を手助けしていた。
「ルコナ。今日は休みだ。私もセフィリアもそばにいるからな」
スクーネは瞼を閉じかけていたルコナに囁いた。ルコナは顔を赤らめながらも、ゆっくりと目を閉じる。やがて、すぅすぅという寝息を立て始めた。スクーネはそれを確認して、ルコナの額をなでた後、セフィリアのいるベッドに向かう。
「よかったぁ…ルコちゃんが眠ってくれてぇ」
セフィリアは微笑みながらスクーネに言った。スクーネは「そうだな」と返す。そして、
スクーネがセフィリアを押し倒した。
「お姉様ぁ…早すぎですよぉ」
セフィリアが軽い非難をスクーネに浴びせる。スクーネはそんな言葉を意に介せず、セフィリアに覆いかぶさる。2人は、見つめあった。それは、昔から変わらぬ、彼女たちの秘密の関係だった。
「セフィリアは、こんな姉は、嫌い?」
そう言いながら、スクーネはゆっくりとセフィリアのネグリジェの肩紐を外す。透けるようなオレンジのネグリジェ。下着はピンクのオムツカバー。大きな胸にスクーネは顔をうずめた。その頭をセフィリアが撫でる。そのまま、スクーネはセフィリアの乳房、その先にある乳首を舐め始める。
「あぅっ…」
セフィリアが喘ぎ声を上げる。スクーネはセフィリアの乳首を、乳房を丹念に舐める。時折乳首を噛むと、
「ああんっ!」
セフィリアは大きく喘いだ。首ではイヤイヤと振っているが、頭を撫でていた手は、スクーネをより胸に近づけているようだった。やがて、スクーネの手がおむつの中に進む。胸を責めつつ、秘所に達したその手で、愛撫を始めた。
「お姉様ぁっそんなところっ!らめぇっ!」
セフィリアは抵抗できず、その衝動に身を任せるままになっている。戦慄く体に合わせて、手を握ったり解いたりしていた。
「もう…こんなに…濡れてるじゃない」
ドロドロとなった秘所を、見ることは叶わない。だが、もうすぐセフィリアが達しようとしているのは、スクーネにはわかっていた。
瞬間、何かの影がかぶさった気がした。
2人の姿に何かがかぶさる感じ。2人はそれが何であるかを知っている。だから、この行為を止めなかった。
「お姉様ぁぁっ!イヒュッ!イッちゃいますぅっ!メェーッ!ダメェーッ!」
そして、吹き出した。おしっこを漏らしながら絶頂に達するセフィリアを見ながら、セフィリアの手から解放されたスクーネは手についた愛液を舐めとる。そこには、喜びに満ちた表情があった。それから数分、お互い動かないまま気持ちの高ぶりを抑えていく。
「じゃあ、換えようか」
先に動いたのはスクーネだった。替えのおむつをバッグから取り出し、いそいそと準備を始める。セフィリアはまだ余韻に浸っていた。それを遮るようにスクーネがポンと手を叩いた。
「ほら、おむつ替えるよ」
セフィリアは不満そうにスクーネを見る。まだ余韻に浸っていたかったようだ。が、スクーネはオムツカバーのマジックテープにもう手をかけていた。ビリリッと音を立てはがされる前当て。前当てが外れた瞬間、セフィリアは切ない声を奏でる。暖かかった秘所が外気に触れたからだろうか、微かに身を震わせた。おむつの中は愛液とおしっこ、そして…
「エーテル…でてるね」
エーテル。それは魔術士が魔術を使う際に重要視するもの。外界に存在するが、多くの人間には見えず、使えない存在。それは、星が持つ生命力。セフィリアはそれを外気から吸収し、自らの体内で高圧縮させ、液化させることができた。これは、彼女の先天技術ではなく、使い魔と契約する際に副次的に得た能力である。そして、エーテルを直接摂取できることは、魔術士としての能力を上げることに通ずる。
スクーネはうれしそうに呟いた。スクーネは、エーテル液を掬って舐める。おむつはその3つが混ざってぐちゃぐちゃになっていた。そのなかから、エーテルだけを掬い、舐めとるスクーネ。これが、2人の関係。いや、彼女たちが使役する使い魔の関係と合わせて、複雑な関係を構成していた。
「では、おいしくお召し上がりください。お姉様ぁ」
セフィリアは甘い声で囁くように言いながら、微笑んだ。スクーネは一度大きく頷き、エーテルを選び取りながら舐める。セフィリアはそれを眺めていた。彼女は常に、姉にエーテルを与え、彼女を強くする代わりに、自分を第3者から守ってもらうという、依存関係が生まれていた。
「こんな、姉で、いいの?」
舐めている最中、スクーネが聞く。この行為の後、必ずスクーネは同様の質問をする。落ち着いたセフィリアは、いつもと同じ返答した。
「だって、私は、セフィリアは、お姉様の妹だから」
スクーネはいつもその回答の深い意味を知らない。それが、この2人の関係だった
ケーブルカーの駅を降りて、山の空気を肺に流し込んだ。お金は十分すぎるほど貰っているからいいが、奈何せん、僕らは注目を引く。駅を降りた時点で、老若男女からの視線を一身に受けていた。特にいなり、たま、白梅は子供たちに、真琴と夕子はご老人方に大人気だった。そして、僕と守人は、桜姫さんに言われた通り、ある人物を探していた。
「おおいたいた。ヤッホー!」
遠くから手を振り、少女がこっちに向かって歩いてきた。外見ではいなりと同程度。鬼灯のような鮮やかな赤い瞳。ちょっと目じりが上がった感じの目。薄青いエプロンスカートに白いブラウス。赤い刺繍が施され、黒い髪を両耳の横で房にして紅い髪ひもで留めてある。長さは肩にかかるほど。顔どちらかというと丸顔。
「えっと、あなたが神島 薫さん?」
少女は僕に声をかける。僕は「うん。…初めまして」と返した。少女は次に守人に挨拶しに行く。僕はその間に5人を僕の近くに連れ戻す。少女は守人を連れて僕の元に戻ってきた。2人は並んで会話しながら歩いてきた。少女は身ぶり手ぶりが忙しなく動く。対する守人は頷くばかりだ。
「みなさんこんにちは。あたしの名前は遊星 ほのかです。皆さんは桜姫様のお遣いの方ですよね?」
その問いにいなりが「そうじゃ」と返した。ほのかはにこりと笑い、参道の奥を指さす。
「こちらですよ。逸れぬようについて来てくださいね」
明るい、可愛らしい声だった。僕らはほのかに案内され、参道を登る。いなりは尻尾を大きく揺らしながら夕子と話している。白梅はほのかを警戒してか、僕から離れない。耳は周囲の音を気にしてか、同様に、真琴も離れなかった。たまは、守人とほのかと3人で話しているようだった。一番遅い僕らに合わせて、ゆっくりと前進する。
「あ」
ほのかはある場所で止まった。そこは別れ道で、片方は奥に長い石段がある道。そちらは「男坂」と呼ばれているようだ。もう片方は緩やかな坂道。こちらは反対に「女坂」と呼ばれているらしい。他の観光客は女坂を登っている。だが、ほのかは迷わず男坂に向かった。手でついて来いとアピールしている。
薄暗い、木々のトンネル。喧騒からも逃れ、暑さからも逃れたここは、日常の中にある異世界そのものだった
「ここです」
石段を登る前。崖になっているところでほのかは止まった。そこは切り立った崖で、人が歩けるような場所では決してなかった。
「ほう」
いなりが納得したように頷いた。たまも白梅も、その空間を見て感じ取ったようだ。真琴と夕子、守人はぽかーんとしている。僕は何となくそこが普段と違う感じであることがわかった。
「……そこ…門……」
白梅が呟いたワードで、その場所の意味を理解する。ほのかはポケットから勾玉を取り出し、その空間に投げた。勾玉が、ある一点に触れたとたん、ずぶりと消えた。それを確認してから、ほのかが真っ先に飛び込んだ。ほのかも同様に空気の中にずぶりと浸り、消える。続いてたまが飛び込む。さらに真琴が白梅と、夕子がいなりと一緒に飛び込んだ。最後に僕と守人が飛び込む。体が水とも、ゼリーとも思えるものに取り込まれる感覚。不思議なものに身を包まれ、僕の意識は埋没していった。最後に、少女の笑い声がした。
誰もいなくなった石畳に木の葉が、ひらりと、落ちた。
古い城を、月が照らす。
バルコニーに3人の人影があった。1人はお嬢様然とした少女。別の1人は、ツインテールのあどけなさが残る少女。最後の1人は片目に眼帯をつけた、厳格そうな男性。3人は月を見ながら酒を嗜んでいた。それぞれのワイングラスに、別のお酒が注がれている。
「しかし、彼女たちに任せてよかったのだろうか」
眼帯をつけた男性が呟く。ワイングラスの中にあるのはブランデー。心配そうに月を眺めるその瞳には、誰の姿が映っているのだろうか?
「心配ならあんたが行きなさいな。あたいはここで寝てるから」
あどけなさが残る少女が、皮肉を言いながら、ワイングラス内の酒を口に運んだ。それを口の中で転がしながら腕で枕を作り、横になる。グラスの中のお酒はビール。彼女は月をただぼんやりと見つめるだけだった。
「問題ない。彼女達ならできると、この私が判断したんだ」
お嬢様然とした少女が、ワイングラス内の酒に映った月を見ながら言った。グラスの中は日本酒。柵に腰掛け、下界を覗く。月には興味がないといった感じだ。
「いつまでもお酒を飲んでいると、風邪をひきますよ」
新たな人影。刀を携えた初老の男性は、3人に気遣いをかける。あどけなさが残る少女は、枕にしていた腕をあげ、その気遣いに応えた。
「シータ。彼女たちに構わなくていい。それよりもこっちを手伝ってくれないかな」
バルコニーの奥から声がする。初老の男性、シータはその声に呼ばれ、3人にそれぞれ声をかけてから戻った。
「ユイーシュは忙しそうだねぇ。あたいはついていけないよ」
あどけなさが残る少女は、ゆっくりと寝息を立て始める。その様子を呆れたような瞳で見つめていたお嬢様然とした少女は、酒を一気に飲み干すと、眼帯の男性の隣に向かう。
「それに、カルナがすでにいってしまった」
囁くように言った言葉に、眼帯の男性が驚いた。
「カルナが!?それは本当か?ジュヌエ!」
お嬢様然とした少女、ジュヌエは怪しい笑みを浮かべながら、
「ええ。どうにもあの子が求めるものがあるらしい。すでにかの国に入ったそうな」
と残し去っていった。残された眼帯の男は、眠るあどけなさが残る少女を見ながら、もう一度月を愛でた。
空中を漂う少女が1人いる。彼女は下界を眺めつつ、風に流されていた。
「あの子たちは何をやっているのかしら?」
苛々とした口調。透きとおる2対の翼と、尖った耳。人外の証を露出し、それを気にも留めず、少女は己の勘を信じ進む。
「渡せないわ。渡させないわ。私のものよ。あれは、私のものなんだから」
少女の瞳は暗く、淀んでいる。済んだ青色だった瞳も、濁っているように見えた。
「そうもいかないのよ」
その少女の前に、立ち塞がる存在がいる。群青のドレス。金色の瞳。鮮やかな青い髪。手には扇。
「あなた、誰?」
少女は、どこからともなくトランプ状のカードを取り出し、宙に漂わせる。そこには絵や文字の羅列、幾何学模様など、様々なものが描かれていた。
「私の名前は高野谷 桜姫。あなたが欲しがるモノの場所と、本当に欲しいものがある場所を知っている」
桜姫は扇をしまうと、悠然と佇む。その瞬間、世界が変わった。
「!?」
少女は戸惑う。こんな大規模な魔術を息一つ、詠唱なしでこなすこの人物は何者か?と。
「臆する必要はないわ。そうね…私に3回。3回攻撃を当てたら、あなたのお話、伺ってもよろしくてよ。カルナ=カデンツォ=ベルナル」
桜姫に名前を呼ばれ、カルナは臨戦態勢に入る。
「準備はよろしい様ね」
それに対し、桜姫は余裕そのものだ。にこりと笑った表情すら、崩さない。
「剣は我を守る騎士」
意味をなさないような言葉。その言葉に反応して、1枚のカードが光る。
そいて、カルナは宣言した。
「後悔しなさい。この私の機嫌を損ねたことを」
無数の剣が、桜姫目がけてマッハ3で飛びかかった……