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 急な坂道を下るケーブルカーに揺られて、僕らは高尾山を下る。僕といなりが立ちで残りは座っている。森の木々を眺める守人は、切り取って絵になるほど美しかった。あいつは常にそんな奴だ。だから、近くの老人や男性から注目を受けていた。膝の上には、この中で一番小さい白梅がちょこんと座っている。兎の耳の垂れ具合から察するに、とても疲れているのだろう。その証拠に瞼開いては閉じてを繰り返している。その横でにゃむにゃむと呟くのはたまだ。こちらは完全に夢の中だろう。尻尾をお腹のほうまで丸めている。時折先っぽがこしょこしょと動くのを、僕らと反対側にいる親に抱っこされた幼稚園児ぐらいの男の子が、興味深げに見ていた。彼らの前の席には、お互いでお互い支え眠りあう真琴と夕子の姿。ケーブルカーが発射する直前には、既にこの状態になっていた。まあ、2人とも山歩きは堪えたのだろう。


「まるで満身創痍の兵隊じゃ」


クスリと笑ってから、いなりが呟く。たしかに、僕といなり、守人を除いた皆は、帰りの電車でもぐっすりと眠ってしまうだろう。そうなると、それを監督する僕らの役割は重大だ。


「かおる」


いなりは皆を見つめる僕を見つめ、穏やかに話し掛ける。僕は「どうしたの?」と聞く。いなりは少しだけ真剣な表情になって、


「かおるはほのかや青海坊、独学坊のことをどう思っておる?」


と聞いた。僕はその質問の回答を考える。桜姫さんの手紙がなんにせよ、あの人は僕らと彼らを引き合わせたかったように感じた。それだけではない。あの生徒会2人。彼女達を紹介したと言う少女のことも気になる。まるで、登場人物に逐一会わせている感じだ。


「うーん…妖怪ってのがどんな存在かは知らないけど、強そうな人たちって言うのは確かかな。むしろ僕が気になっているのは桜姫さんのほう。ほのかたちと面識があるあの人のほうが、何か怖い」


僕の回答に頷きつつ聞いていたいなりは、周りを気にしながら、呟いた。


「……嫌な予感がするのじゃ」


その言葉は、とても重苦しい雰囲気を漂わせる。いなりが続ける。


「…わしがあいつと契約したときから、この手の予感はあまり外さん。まるで、大いなる意思みたいなものが、わしらに介入しているような感覚。天命、いや運命じゃろうか…」


僕は、いなりの悪寒を否定することができなかった。いなりはそれだけ呟くと、明るい表情に戻り、ドアから外を眺める。しっぽがしゅんとしているのは、遠くを見ようとしているときだ。僕も同様に外を見る。森の中で、風がざわついている感じがした。もうすぐ終点というところで、いなりの尻尾に変化があった。しっぽが瞬間へにゃっとした後、プルプル震えているのがわかった。僕はその様子を見ながら、帰りの電車が1本遅くなるだろうなと予感した。


 


円卓には、7つのイスが備えられている。そのうち3つには、既に人影があった。


「お久しぶりです。『アテナの女王』」


シータの言葉に、黒いドレスの少女は微笑みながら返す。


「その呼び名はここでは不適切でしょう。“ルナ”。そう呼んでいただいて構いません」


紅茶を啜り、優雅にカップを置いた。仕草一つ一つにさえ気品が漂う、そんな感じだった。


「でもまさか、あんたがお師匠様から聞いていたアテナ学会の『レコードブレイカー』だったなんてね」


ルーンは椅子に荒々しく腰掛けていた。このような畏まった空間とは正反対の行儀の悪さだ。シータはその行為に眉を顰めるが、何も言わなかった。ルナはルーンの態度を咎めたりせず、


「そう呼ばれたこともありましたね。ですが、昔の話です」


と返す。ルーンは足を組むと、両の手を枕に椅子の背もたれによりかかった。天井を見上げながら、呟く。


「お師匠様はローレンス学派にいたらしくてさ。あたいもお師匠様がいなくなった時に誘われたよ。あの学派、あんたのとこと歴史的にはどっこいだけど、最近落ちぶれているからね。あんたのとこは未だに最大勢力だろ?あたいんとこに何の用?」


最後に少しだけ敵意が混じった。シータがそれを感じ取り、咎めようとするのをルナが制し、紅茶を1度啜ってから、瞳を閉じる。瞑想するような仕草。体からぽうっと光が漏れる。


「これからの未来のために、あなたたちに、頼みたいことがございます」


カップを置くと同時に目を開く。あふれ出た光は彼女の右手に集まった。それは転がるように彼女の付けている腕輪についた、3つの宝玉のうち1つに溶け込んだ。それは腕輪から外れると浮遊し、ルナの隣に浮かぶ。白色の宝玉は溶けるように霧散し、そして、そこには全身が真っ白な龍が現れた。体長は50?程。西洋でいう「ドラゴン」ではなく、東洋の「龍」である。瞳はワインレッドに輝き、髭が体長の半分ほどの長さをもつ。


「白(ハク)」


ルナに名前を呼ばれ、白龍はグルルと喉を鳴らした。まるで猫のような仕種だが、白龍がやるとあまり可愛くは見えない。白龍はルナの周りを廻り、喜びを体で表現する。それがすむと床に降り立ち、体を震わせた。ぽわっとした光を放ちながら姿を変える。


「ご用ですか?ご主人様っ!」


癖っ毛が目立つ白髪の少年が現れた。タキシードを着込み、出で立ちは執事のようだが、姿は幼い。外見10歳程度といったところだろう。丸っこい目と張りのある肌。まだ声変りがすんでいないその声は、とても愛らしい。


「白。あなたに持たせた親書。あれを彼女に渡しなさい」


ルナは優しい口調で指示する。白龍は「はい!わかりましたっ!」と元気よく答え、ポケットから1枚の封筒を取り出した。トテトテと走りながらルーンに渡す。ルーンはそれを受け取るとおもむろに開き、中の手紙を黙読する。最初はダルそうに見ていたが、次第に眼が見開かれ、文章を読むスピードも速くなっていく。シータはその様子を訝しげに見ていた。最後まで読み終えたのか、ルーンは手紙を閉じると封筒にしまい、簡単な風魔術でそれを飛ばし、シータに渡した。シータは自分の下に届いた封筒から、手紙を取り出すと、ゆっくりと開き読み始めた。シータはある部分で目を止め、皆に聞こえるほど大きな声で呟いた。


「…日本に、城を、転移させる…だと…」


その言葉ににやりとしたのはルナだ。ルーンはルナを睨む。そんなことなどできるはずない。そう言いたげだ。シータは手紙を読み終えると、ルナを問い詰める。


「こんなことをして何になるのです。我々が日本に向かったら日本を形式上(・・・)治めている協会の連中や、実質的に治めている妖怪や陰陽師、神主や巫女連中が黙っちゃいませんぞ」


ルナはそれを「そんなことですか?」と前置きし、


「それなら大丈夫です。もう話は通してありますから」


と平然と言った。シータは「それでも」と反論し、


「我々がこんなことをする理由は何ですか?この手紙に書いてあることが理由なら、我々でなくても、現地に妖怪たちでことが足りる、いや、むしろその方が理に適っているはずです」


ルナが答える前に、ルーンが付け足す。


「『魔術は秘匿すべきものだ』と一番に主張するのはあんたたちアテナ学会だろう?それなのに、わざわざあまり魔術が浸透していない東洋の、それも先進国に乗り込むのは危険すぎるんじゃないの?」


ルナは2人の疑問に明確に答えた。


「まず、これは現地の妖怪たちにはあまりできません。なぜなら、あなたたちがやることは、現地のバランスを崩しかねないからです。現地を守る立場の彼らでは、それについては了承しないでしょう。次に、私はアテナ学会には籍を置いていますが、彼女らの方針にはあまり賛成してません。学会でしたら、ここにいる魔術士の半分は記憶を消され平穏な世界へと帰還しているでしょう」


「確かに、貴殿の言うことも一理あるわね。セルフィム」


新たな、声。円卓に令嬢、いやお姫様と形容するにふさわしい人物が現れ、彼女の名が記されたプレートが置いてある前のイスに腰掛けた。胸元の開いた紫色のドレス。ゴシックロリータを思い浮かべる服装は、城の雰囲気に似合っていた。開いた胸元には、ルビーのネックレスが掛けてある。ルナがその姿を見たら、懐かしそうに話しかける。


「お久しぶりですね。ジュヌエ。学会闘争以来でしょうか」


「ええ。あの時はお互い派手な殺し合いをしたわね」


ジュヌエの返しに、ルナは微笑みで応える。会話の内容は物騒だが、険悪な雰囲気は感じられない。


「あと、セルフィムという名で今は呼ばないように。読者が混乱を招きますから」


ルナの言葉にシータやルーンは首を傾げたが、ジュヌエは理解したようだ。


「ではどう呼べばいいかしら?あなたは名前が多すぎて困りますわ」


「“ルナ”と。今ここではこの名を『使って』います」


ルナの言葉に一抹の不安を抱くルーン。“ルナ”でさえ、彼女を表す名前の一つにすぎないというのであろうか。ジュヌエはメイドに紅茶を持ってくるよう指示してから、会談に加わった。


時刻は4時30分。外はゆっくりと白み始めていた。


 


時刻は16時を過ぎたというのに、暗くなる気配はない。そういえば夏至が近かったことを思い出した。帰りの切符を購入すると、時刻表を見る。次の電車が10分後くらいに発車するようだ。これには間に合いそうにないだろう。ホームへの階段を上ろうとしたいなり、たま、白梅、夕子、真琴を駅の多目的トイレに引っ張り込んだ。守人もその行為で察しがついたのか、一緒にトイレに入る。


「電車乗る前に、おむつのチェックをするよ。特にいなり。さっきケーブルカーに乗っている最中におもらししてたでしょ」


いなりの耳がぴくんと動く。いなりは無意識におむつの方へ手を動かす。顔には焦りの色。尻尾の動きはなく、顔はほんのり紅潮していた。


「ど、どうして気づいたのじゃ!?わし、そんな顔してたかの!?」


焦りのせいか声が上ずっている。僕はその質問にあっさりと答えた。


「いなりは尻尾を見れば、大体のことが分かるからね。それより、どうして隠そうとしたのさ。いなりの大事なところ。かぶれちゃうよ」


僕がきつめに言うと、いなりがしゅんとしょげる。どうやら僕に怒られたのがびっくりしたらしい。その後は僕の指示に素直に従った。僕がしゃがむと、いなりは僕の目の前に来て、スカートをたくし上げる。ピンク色の紙おむつが、顔をのぞかせた。おまたの部分はモコモコに大きくなっている。守人は僕のサポートするために、彼らのバックからそれぞれのおむつ換え用具を取り出し、おむつ替え用の台に置いた。


「かおる」


「ん?」


僕がいなりのおむつに手をかけたとき、声をかけられた。僕は手を動かしながら対応する。おしっこをいっぱい吸ったおむつは、履かせるときとは違い、ずっしりとした重みを感じさせる。


「かおるはどうして、わしらのことを大切にしてくれるのじゃ?」


「いなり。足上げて」


「おお。すまん」


いなりから汚れたおむつを脱がせ、台の上に置いてあるウェットティッシュで秘所を丁寧に拭く。いなりは口を閉じて我慢しているが、時折妙な喘ぎ声を出す。その間、先ほどのいなりの問いについて考えていた。前にも、同じ事を聞かれた気がする。その時は、「家族だから」と、答えたと思う。今もその気持ちは変わらない。いや、前より強い。だけど、今はその気持ちだけではない。僕の奥底にある気持ち。これは家族思う気持ちだけではない気がする。


「守人。パウダーとって」


「あいよ」


守人から渡されたベビーパウダーを入念に秘所に塗す。かぶれたりしたら一大事だ。丁寧に、それでいて素早く。それが終わると、新しいおむつを通す。おへその下ぐらいまで上げてから、重力に任せる。いなりは履き心地をチェックした後、僕に対して微笑んだ。問題ないという証拠だろう。尻尾が優雅に、それでいて気持ちよさそうに揺れる。僕はいなりに答えた。


「正直、今はまだ家族だからって意識が強い。けど、僕自身もわからないんだ。胸の奥底にある、この気持ちの名称が」


いなりは僕の胸に触れる。表情はわからないけれど、ちらっと見えた限りでは、年相応の少女のような表情をしていた。


「うむ。心地よい鼓動の音じゃ。それに、温もりも感じる」


いなりはそれだけ言うと、僕から離れた。いなりはいつものような、余裕を漂わせた表情になる。そして守人に代わって僕らの手伝いを名乗り出た。守人はニコニコしながらいなりに譲り、そして夕子や真琴のおむつ替えを始める。僕はたまのおむつ換えに取り掛かった。


「たまは…やっぱりおもらししてるみたいだね」


おむつの中に手を突っ込んで、おもらししたかを確認する。おむつはぐっしょり濡れていた。いつしたのかを聞くと、たまは僕らを探している時だと答えた。


「そっか。それじゃ仕方ないね」


僕はたまのズボンを脱がす。薄水色の紙おむつは、前の部分が黄色く染まっている。下ろしてみると、いなりのより重かった。おしっこは前だけではなく、おまたの真ん中を超え、お尻の方まで染みていた。もしかしたら1回だけではないかもしれない。


「うにゃ〜。前が寒いにゃ〜」


たまの言葉で僕が手を止めていることに気がついた。僕は慌ててたまから汚れたおむつを脱がし、ウェットティッシュで拭く。まだお子様のおちんちんなどは、入念に拭いた。また、今回はお尻近くまでおしっこが回っていたため、そちらも重点的に拭く。


「うにゃぁ…こしょばにゅいにゃぁ…」


尻尾がくねくねと動く。時折ピンと伸びるかと思うと、丸めたり、そしてS字を作ったりと忙しない。


「いなり。パウダー」


「これじゃな」


いなりはたま用のパウダーを渡す。たまはみんなと違ってちょっとしたことでかぶれやすい。だから、みんなのと違ったパウダーを使っている。


「うん。それ。…ありがとう」


「どういたしましてじゃ」


パウダーをおちんちんの周辺から塗していく。たまはその間はじっとしている。いつも騒がしく、忙しないたまがおとなしくする数少ない時だ。ただ、たまは持ちが悪いので、素早くやらないといけない。


「ふにゃぁ…」


最後は換えのおむつを履かせる。たまはやっと動けると嬉しそうに尻尾を振る。おむつを履かせた途端、たまがどっか行こうとするので、僕は手を掴んで止める。流石におむつ姿のままで外には出てほしくはない。僕がズボンを指さすと、たまも気づいて頭を掻く。僕がズボンをはかせ、サスペンダーをつけると、たまは喜んで駆け回る。それを守人によっておむつ替えを終えた夕子が捕獲する。


「は、はにゃせ〜」


「暴れないで下さい。私、力弱いんですから」


夕子が頑張っている間に、白梅のおむつ換えをしよう。白梅は僕の前にすでに立っている。ほんのりと顔を赤くして、耳がひょこひょこ動いている。ワンピースドレスをたくし上げ、ピンク色のおむつを覗かせる。ただ、黄色く染まっているところは前のほうが中心だ。女の子のような容姿をして、服装も着ているが、白梅はれっきとした男の子だ。


「じゃあ脱がすよー」


「……うん…」


白梅はやんわりとした笑みを浮かべた。僕がおむつを下ろすと、白梅は「…んっ…」と喘ぎ声をあげた。僕は白梅からおむつを外すと、ウェットティッシュで大事なところの周辺を拭く。


「……ふにゅ……ひゅんっ……はぅぅ……」


吹かれるたびに喘ぎ声を上げる白梅。聞いてるこっちが恥ずかしくなってくる。けど、白梅にも悪気がない以上、指摘するのも憚れる。それを察したのか、白梅が「……ごめんなさい…」と謝る。驚いて見上げると、顔を赤くして、涙ぐむ白梅の姿があった。


「いや、白梅は悪くないんだし…」


僕は思わず目を逸らしてしまった。すごくいじめてるような、罪悪感が僕に襲いかかる。その時、僕の手から白梅のおちんちんの感覚がなくなった。そのことを訝しげに思う前に、白梅が反対側を向くと、そのまま僕に寄りかかってきた。あわてて白梅を支えようと腰を触るのを白梅自身が妨害した。これは…


「ご明察ね」


白梅とほぼ同じ声だが、その声は白梅より艶めかしさがあった。僕はそれで確信する。


「黒百合…悪ふざけはよしてよ」


白梅がこちらに顔を向け、いたずらっ子ぽい笑みを浮かべた。黒百合は白梅にとっての影であり、もう1つの人格だ。そして黒百合が表に出ているときは、白梅の肉体は女の子のものになる。


「あら、スキンシップよ。兎は寂しいと死んじゃうのよ」


どう聞いても嘘だ。だが、白梅だとそうっぽく見えるので、あながち嘘ではない。しかし、黒百合だと胡散臭さが増す。


「早くおむつ換えしなきゃなんだから。遊ばないの」


僕がきつめに言うと「ならこの姿で換えればいいわ」と黒百合は元の、僕の前に仁王立ちする状態になる。仕方が無いから、そのままパウダーを塗し、おむつを穿かせる。綺麗にぴっちり穿かせると、黒百合は振り返りながら様子を確かめた。白くて丸い尻尾がくりくりと目の前を通過する。その姿はなんとも愛らしい。最後にワンピースを下ろして、こちらは準備完了と言ったところだ。守人の方もおむつ換えを終了していた。汚れたおむつをまとめてゴミ箱に捨て、トイレを出た。


「お、ラッキー」


守人の言葉でホームを見ると、ちょうど電車が乗車可能になっているところだった。僕らはそれに乗り込み、発車を待つ。乗客は30人ぐらい。僕ら以外にはお年寄りしかいない。おむつが綺麗なったからか、皆元気ではきはきしている。各々が今日のことで話したいことがいっぱいあるようだ。対する僕は深々とシートに座り、眠気と格闘していた。


「かおる。眠いのか?」


いなりの言葉に「ちょっと」と返す。いなりはその言葉を聞いて、数秒考えたあと僕の頭を抱えると、自分の膝の上に乗せた。僕は抵抗しようともしていなかった。いなりの尻尾が顔の上にふわりと乗る。


「なら休め。今日はまだ続くぞ」


暖かい西日に誘われながら、僕は睡魔の底に落ちていった。


 


雷鳴が轟くと同時に翼を模した光線が空を舞う。それをかわしつつ、桜姫は扇で扇ぐ。


扇いだ先の空間から、無数の白い手が飛び出した。それは雷を切り裂き、カルナに迫る。カルナは1枚のカードを取り出す。龍が描かれたカード。


「聖ジョージのドラゴンは死せる息吹を放つ」


言葉を紡ぎ、魔術を起動する。


白い手が、跡形も無く『消滅』した。


桜姫がわずかに驚き、次の行動を開始する。その前に、カルナは近づき新たなカードを取り出す。数は2枚。描かれたのは漆黒の鎌。そして、複雑な文字が記されたカード。


「死神、憑依!」


カルナの手に、巨大な漆黒の鎌が握られる。桜姫は日傘を盾のように展開した。カルナの口がニヤリと緩んだ。そのまま鎌を振り下ろす。傘に触れる直前、その『本質』に気づいた桜姫は回避行動を取る。が、鎌は不自然な軌道を辿った。


「ふ……ぅ〜」


鎌の切っ先は服の裾を切り、柔肌に薄らとした傷をつける。カルナの鎌は相手の防御を素通りできる。それに瞬間で気づいた桜姫は回避したものの、もう1つの魔術効果である『指定武器の有効射程内では必ず攻撃が当たる』により、鎌はギリギリまで追従したが、追いつかず、こういう結果になった。


「あと1発…せいぜいもがきなさい。人間」


カルナは鎌を構え直す。対する桜姫は冷ややかだ。傷口からは血は流れず、表面だけを切ったようだ。桜姫は扇と傘を虚空へと消滅させると、新たな得物を取り出した。それは、武器としての体を成していないものだった。形状は槍に近いが、先端が尖っておらず、丸みを帯びた円錐形になっている。遠目では杖にも見えなくも無い。棒と言ってしまえばそれまでだが、木の様な硬そうな印象はなかった。ぬめりとした質感に、波打つような紋様。明暗の違う黒のみで塗られたそれは、人間で作り出せるようなものではなかった。


「ふーん…何を出したかは知らないけど、そんな小細工で私を惑わせると思ってるの?」


カルナは更に別のカードを取り出す。


「今日は特別よ。私をここまで本気にしたことを、誇りに思うがいいわ」


描かれていたのは、黒。ただ黒く塗られたカード。


「その力は、我が命と共にある」


詠唱。そのカードから黒い光が現れ、背中の黒く変色した妖精の翼に溶け込んだ。


「ふぅ…くぅぅぅぅぅぅ!!!!


悶えるような声。翼は徐々に変形し、最後は黒い光の塊へと変化した。それが翼を成してはいるが動きは不安定で、時折溶けるように空気に消えて、そして現れてを繰り返す。彼女の服装にも変化があった。ゴスロリ調の服を着ていた彼女が、いつのまにかノースリーブのドレスを纏っている。胸には見たことも無いような文字が刻まれ、ドレスの裾は複雑な記号で構成されていた。色は黒。胸や記号部分は白で構成されている。


「さあ、あなたは私を満足させることはできるのかしら?」


カルナは歪な笑みと共に問うた。桜姫はこう解答する。


「あなたは決して満足できない。理由は3つ。1つ目はこの行為が、あなた自身が本当に求めるものとは程遠いから。2つ目はその技では、あなたは勝利しても結局納得できないから。3つ目は…」


そこで区切る。桜姫の口が歪み、嘲るような笑みを浮かべた。


「全てを壊す私が、あなたを『満足させる』って?…身の程を弁えなさい小娘」


お互いが放つは必殺の一撃。共に射程距離内。今再び、世界は幻想に包まれる。


 


席は1つ開いているだけだ。円卓の7席の内、6席は埋まった。1人が本来違う人物である以外は、皆自分の指定席に腰掛けている。


「へぇ、僕はあなたがそんなことのためだけに、こんなところに来たということに驚いたよ」


ユイーシュは本を読みながら言った。誰に言っているのはここにいる全員が承知している。


「そうですか?こちらからお願いする以上、出向くのは当然だと思いますが」


ルナは机の上に眠る白龍を撫でながら返す。白龍は猫のように大きな欠伸をすると髭を揺らしながら眠る。


「こちらにあまりメリットが無いな。あなたの「お願い」は」


セムルトは鋭い目をルナに向ける。ルナはその視線にも臆さず、反論した。


「そうでしょうか?貴方達の目的から考えれば、私の提案は凄く魅力的と思いますけど」


「城を動かす時点で、こちらは相当なデメリットを被るんだけど」


ルーンはルナの言葉に対し、野次を飛ばす。ルナはそれを意にも介さず、シータに早く決断をするよう促す。対するシータは、


「私1人の意見では決められない事象です。ここは多数決で決を取るほうが望ましいと思います」


と慎重に対応する。ジュヌエが横から口を挟んだ。


「ルナ。私はあなたの真意が聞きたいわ。あなたが提案したことは、確かに私たちが持つそれぞれの目的に適っているもの。けど、この計画の最も危なく、信用できないところは、提案者であるあなたの真意がつかめないと言うことよ。あなたはこんなことをして何をしようというのかしら。それを聞かせてくださらない?」


ルナは笑みを浮かべながら回答する。


「私の『本職』を知っているあなたからすれば、愚問ですね」


ジュヌエは一瞬睨むような視線をルナに向けたが、紅茶を飲むと「いいわ。今回はあなたの話に乗ってあげる」と言って、立ち上がり退席する。


「おい!ジュヌエ!」


シータがその行為を叱責するが、ジュヌエはそれを無視し、円卓から消えた。


「いいんじゃないかな?賛成という意味だろうし」


ユイーシュは本から顔を上げず、話を進めるよう誘導する。


「しかし…」


シータはその後何か言おうとしたが、セムルトに静止させられる。


「あいつはいつもああだろう。何、気にすることではないさ」


シータもそれで納得したのか、会議を続行させる。


「なら、決を採ろう」


「ちょっとまって」


止めたのは、本から顔を上げたユイーシュだ。


「ねぇルナ。あなたは『本当に』にそのためだけにやってるの?」


ユイーシュの問いに「そうですよ」と返したが、


「嘘だね」


と切り返される。ルナは驚き撫でている腕を止める。白龍がそれに気づき、ルナを見上げた。


「あなたは『本職』にそこまで真面目にしない人だ。それに、この程度のことは、あなた自身でもできるはず…そうまでして僕らを日本に送らせる意味はあるのかい?」


ルナに皆の視線が集まる。ルナは両手を組み、一度深呼吸してから、言葉を選びつつ回答する。


「確かに、私自身の力があれば、この問題は解決できるでしょう。しかし、それではダメなのですよ。それでは未来は変えられない。私が解決しては、いけない事象なのです。それに…」


次の言葉が、そこにいる全員を震撼させた。


「あなたたちがこの事件に関われば、『オリジン』が、蘇るかもしれません。最高に事を運べば、『あれ』は再びこの世界へと舞い戻るでしょう」


一番驚いているのはユイーシュだ。口が開いたまま戻らなくなっている。他の3人もユイーシュほどではないにしても、驚きを隠せないでいた。


「…それは、どのくらいの%で起こりうるんだい?」


ルーンの問いに、ルナが淡々と返す。


「確立は2.25%。低い数字ですが賭けてみる価値はあります。私も最低限ではありますが、助力は惜しみません」


ルナの言葉が終わると同時に、シータが賛成反対の決を取った。


 


目的の駅で降りて、街を歩く。もうすぐ黄昏を迎える商店街は、普段以上の賑わいを見せていた。が、僕らはその人込みを避け、路地裏を歩く。表の商店街とは対照的に路地裏は1人もいなくて、暗さも相まって恐怖感すら感じた。何故僕らが人込みを避けたかというと、独学坊さんの助言からだった。


――こんなん持っとったら、野良妖怪のいい的やで。この山周辺ならワイのにらみが聞くがあの近くはそうはいかへん。特に、前あの土地を治めていたもんがいなくなったとしたらなおさらや。誰かを巻き込みとう無かったらどうすればいいか……わかるやろ?


目的地までは歩いて15分ほど。それまで意識を集中させて歩く。


「しかし、この親書がそんなに怖いものなのかな?」


守人がポケットを弄りながら言った。それには夕子が応える。


「私が幽霊だった時に鬼共が縄張り争いしているというのを小耳に挟んだことがあります。


それでこういうのは非常に厄介ですね。敵に色々な動機を与えてしまいます」


なんかやくざみたいだなと思った。その後も他愛の無い会話を続けつつ、僕らは歩いていく。やがて、目的地まで後4分と言うところで、大きい十字路を渡る。


そのとき、いなりの尻尾がぴんと立った。


「…来る!」


いなりの言葉に合わせて、たまと白梅が臨戦状態になる。十字路は片側一車線道路が交差するシンプルなものだ。そして僕らが横断する道路の右側から、地鳴りと共にそれはやってきた。


「あれは…羊!?


道路一面に羊が広がりこちらに無って突進してくるのだ。数にして100以上。日常ではありえない、非日常。そんな不思議な光景だ。


「って感心してる場合か!皆避けろ!」


僕の言葉を合図に、それぞれが散り散りになって避ける。僕は真琴、白梅と共に一旦来た方角に逃げる。羊は3方に分かれて追ってきた。おそらく僕らをそれぞれ追い回しているのだろう。僕より速い白梅がより逃げやすい道を選別し、真琴と僕はそれに沿って逃げる。真琴の頭の上から猫の耳が出て、お尻から尻尾が出てきた。必死になるあまり、半妖化してしまっているのだろう。いつもならそれを指摘するが、今回はそんな余裕も無かったし、半妖化することで身体能力が上がるのならば好都合だ。


「………?」


白梅が急に立ち止まると、こちらに振り返る。僕は真琴を白梅の後ろに行くよう指示し、白梅の横に並んだ。


「……薫…あれ……変…」


白梅の指摘に僕は同意し、たまから力を借りる。いなり、たま、白梅は僕と主従契約しているため、その力を借りることができる。たまの力は多くは身体強化として表れる。白梅の赤い瞳が揺れる。力の発現。かつての力は半分以上失ってしまったものの、未だに『寛容』の闇を扱うことはできる。


「……闇よ……」


白梅の呼びかけで、周囲の光が消える。それと同時に、羊達も消えた。白梅が確信したように頷くと、周囲の光が戻った。と同時に白梅の体がふらりと揺れる。僕が支えようとする前に、真琴が支えた。この力は白梅には負担が大きい。ただでさえ、白梅は黒百合と力を半分に分け合っているのに、その上概念レベルの力となると、小さな体に襲い掛かる負担は並大抵のものではないはずだ。現に呼吸を乱し、尋常じゃないほどの汗をかいている。それがワンピースドレスに染み込み、下着を露出させた。そう、下に穿いているおむつも。


「行きなさい。そして捕獲するのです」


白梅に注目していた僕らに、新たな声が投げかけられる。その声と同時に黒い物体がこちらに向かって飛んできた。僕は咄嗟にいなりから貰ったお札を投げた。お札は火の玉になって飛んでくる物体を迎撃する。飛んできた物体は火の玉を避けると、こちらを攻撃せず声の主の元に戻る。


「あんな牽制で怖気ついたのですか。情けない使い魔ですね」


そこには、黒いマントを羽織った、小学生高学年ぐらいの少女がいた。髪はこれまた黒いリボンで結わえてあり、金髪とあわせて、ハロウィンを連想させる。瞼は閉じられ、手には黄色い杖。それをこまめに動かしながら、こちらに話しかける。


「この感覚…間違いありません。あなたが『目標X』ですね」


何を言っているのか解らない。


「あなたには怨みはありませんが、私達の組織の発展、そして魔術界の発展のために…」


その言葉の最中に、先程の飛んでいた物体が増殖した。僕と白梅はその物体が何かを視認した。


蝙蝠だ。それもそれは意思を持って彼女に従っている。


「捕獲、そして連行させていただきます」


その宣言と共に、無数の蝙蝠が一斉にこちらに襲い掛かるのだった……

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