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異界の地で、少女は空を眺めていた。縁側に座る彼女の髪は漆黒のロングヘアー。瞳は南国の海のようなアクアブルー。着ている服は和装を模したものだが、つくりは洋風だ。時刻は0時00分。満月が天頂に至ったところだ。周りの兎達は忙しなく働いているが、少女は手伝おうともしない。いや、それが彼女の立ち位置だ。ここの領主である彼女の仕事は内には無いのだ。内の仕事は全て側近の兎達がこなしてくれる。で、問題の外の仕事はと言うと、これと言ってなかった。半鎖国に近いこの世界では、外の仕事などほとんど無いのだ。


結論から言うと、彼女は暇を持て余していた。


「白梅は今日はお友達と旅行だと言うし、やはり退屈だわ」


空を眺める少女は、足をふらふらと遊ばせながら独り言を言った。頬を膨らますなど、仕草は子供っぽさを感じさせる。縁側の外の庭では、子供の兎達が鬼ごっこをしていた。彼女はその様子を呆然と眺めていたが、やがて飽きたのか縁側から立ち上がり、部屋の中へと戻った。


「ここにある読み物は全て読んでしまったし…暇つぶしもできはしないわね」


小声で愚痴ると、2人の子供の兎が彼女に寄ってきた。


「籠命様。どうかなさったんですか?」


やんちゃそうな少年兎が籠命を心配そうに見つめる。籠命は子供のように退屈そうな表情そのままで「退屈なの」と返した。


「あ、あの、籠命様…」


大人しそうな少女兎がおずおずと手を上げた。どうやら提案があるようだ。籠命は少女兎に先を促した。


少女兎が出した提案は、大人兎が禁止していたことだった。


「お、おい水仙!それやったらまずフゴッ…!」


つい声が大きくなってしまう少年兎の口を籠命が塞いだ。見ると、先程までの気だるそうな雰囲気が見事にぶっ飛び、目がキラキラと輝いていた。


「じゃあ、今からやろう!」


できる限り小さい声で、しかしそのうきうき気分から存外に大きい声で籠命が言った。対する水仙はそわそわとしながらも、


「わかりました!準備しますね!…大丈夫かなぁ」


と乗り気である。2人が行動を起こすと同時に、少年兎が寂しそうに言った。


「俺も俺も!仲間はずれにしなゴフッ…!」


だんだん声が大きくなる少年兎の口を、今度は水仙が塞いだ。


「柳耶君。大声出さない。仲間はずれにしないから、暴れないで」


柳耶が大人しくなると、推薦はほっと肩を撫で下ろした。


「じゃあ、30分後にここに集合!」


「「おー!」」


3人?はその掛け声でそれぞれ散らばった。彼女達の退屈しのぎが、始まった。


 


風が空を薙いだ。蝙蝠たちは機敏に反応し、主の元に戻る。


「今のを避けますか。よく飼いならされてますね」


空から黒い羽根が何枚も降り注ぐ。そして、背中に翼を生やした少女が僕らの前に降り立った。


「独学坊さんの言うとおりでしたね。薫さん」


振り返ったその顔は先程まで見た丸っこい少女の顔だ。


「ほのか…?」


僕が彼女の名を呼ぶと「はい。さっきまで一緒にいたほのかちゃんです」と少し茶化して返した。姿はお堂のところにいたときと同じ天狗の服。手には葉扇。頭には頭巾。


「どうして君がここに…」


僕以外の2人は突然の珍客登場からか、言葉を忘れて見入っていた。ほのかは「どうしてでしょうねー」と一旦誤魔化したが、すぐに理由を話す。


「独学坊さんに言われて監視…もとい!護衛についていたんですよ」


なんか、物騒な事言ってないか?


「邪魔しに来たのは…人間じゃないみたいね」


蝙蝠を周囲に漂わせ、少女は確認するように言った。ほのかは「まあ天狗ですしね」と平然と存在暴露。


「まあ、何であろうと、私達の邪魔はさせませんから」


蝙蝠が突如騒ぎ始める。キィーキィーと喚きながら飛び回るそれは、決まったルートを飛行していた。


「……この音…嫌い……頭…響く……」


白梅は強く耳を塞いだ。真琴が白梅に覆いかぶさるように庇う。


「照準。目障りな妖怪。ロック。呪いの十字架を背負え。『バットクロス』!」


少女の声と共に、魔術は起動した。蝙蝠が描く魔法陣から十字架状の赤い発光体が放たれた。ほのかは葉扇を地面から天に向けて扇いだ。それによって生まれた風の刃がその光線と干渉する。お互いの攻撃は打ち消され、そして閃光と旋風が起きる。


「甘いですね」


ほのかはそう呟くと、天に飛翔してから急落下する。地面すれすれで停止したが、その反動で衝撃波が無差別に襲いかかった。僕はたまの肉体強化能力を使って白梅と真琴を庇う。対する少女は蝙蝠を盾にしつつ、次の魔術の詠唱を始める。


「我が痛みは汝が痛み。その痛みは全て還元される。『ペインサイクル!』」


魔術は一匹の蝙蝠にかけられ、その蝙蝠はまっすぐほのかへと向かう。ほのかはその蝙蝠を風で吹き飛ばした。蝙蝠は空中でバランスを整えると、再度ほのかに突っこむ。ほのかは自身の羽根を1本抜き取り、相手に向かって投げた。蝙蝠はそれを避けるも、追撃とばかりに蹴り飛ばされる。


が、その瞬間蝙蝠は消滅した。


ほのかは危険を察知して瞬時に後退した。少女は手で空を裂く。裂いた所から赤い弾丸が出現する。


「フォイア!」


少女の掛け声と共に弾丸が射出された。ほのかは扇で風の塊を球状に作る。弾丸が届くその直前、風を開放した。弾丸は風によって吹き飛ばされ周囲の構造物に接触する。しかし弾丸は壁にトマトを投げつけたように破裂し、そして空気に溶けていった。風のほうは刃に変わり、少女に襲い掛かる。少女は前方の空中に幾何学模様を出現させる。光の色は赤。風の刃は幾何学模様に触れると同時に普通の風に戻っていた。が、その風によって路上の石が舞い上がり、彼女の左手に当たる。


「痛っ」


「んっ…!?


ほのかと少女が同時に声を出した。ほのかは驚いたように左手を見る。そこには突如として現れた傷があった。まるで小石が当たったような傷。強い風はなお、少女の周りを吹きすさぶ。


「あっだめ…」


1つの風が彼女の黒いマントを、そしてその下の、西洋人形を思わせるフリルスカートを捲りあがらせる。


瞬間、その中のものを見た。


「それって…」


僕が声を上げた瞬間、少女の顔が赤く染まった。そして早口でこちらを捲くし立て始める。


「ああこれだから男というものは嫌なのです。というよりここの男たちが低俗なのでしょう。紳士たるものこういうときはすぐに目を逸らし、そして何も言わないことがマナーなのです。ええマナーなのですとも。決してこちらの認識が甘かったとか、存在を忘れていたとか、マントの防御障壁の設定を間違えたとかそんなことは無いのです。と言うわけで今すぐ私の前から消えてください」


少女は言い終えると同時にこちらに向かってバレーボール大の光弾を6発撃ってきた。色は先程の魔法陣と同じ赤。変則的に動くそれは、どうやら僕を狙っているらしかった。白梅はそれに気づいて陰から『黒い手』を出そうとするが、『黒い手』は形を成す前に砂のように崩れてしまった。白梅は再度試みようとするが、途中で諦めた。そこで自分の回復状況がよろしくないことを確認する。白梅は覆いかぶさる真琴をやんわりと押しのけ、僕の目の前に立つ。どうやら自分の力でどうにかするのを諦めたらしい。対する僕はいなりから貰ったお札をさらに白梅の前に出し、そして詠唱する。


「炎よ!我らを守る盾になれ!」


光弾が炎の中に取り込まれ、消えた。取り込まれたのは確認しただけで5つ。後1つは…


頭上から光弾が降り注ぐ。


光弾は空中で破裂しゴルフボール大になって降り注いだ。威力は落ちただろうが、今の僕らに命中したらただではすまないだろう。それを予測して僕が2人を庇うと、白梅が不安そうな顔をする。体が震えている真琴も、僕に訪れる結果を予想できてしまうだけに、泣きそうな顔になった。僕は不安がらせないように笑顔を作った。いなりから貰ったお札は切れた。たまの身体強化能力は物理には強いが魔術等の概念攻撃には弱い。ほのかには別の光弾が迫っていて、僕らのほうを応対する余裕は無かった。


「……薫……」


白梅は目を閉じ祈るように手を組んだ。尻尾と耳が震える。それがやがて激しくなり、徐々にブレになる。


そして、2つに分裂した。同じ服装。同じように兎耳と尻尾。ただ片方は目が釣り目気味で厳しそうに感じるのに対し。もう片方はおっとりとした、丸みを帯びた目をしている。


言うまでもなく、前者が黒百合、後者が白梅である。


「もう…呼び出されてみればこんな状況なの?」


黒百合は愚痴りながら指を空中で動かす。


白き流星が赤い彗星を打ち消した。


「……ありがと……黒百合……」


白梅は黒百合の頬にキスをしながら感謝の言葉を述べた。


「な、ななな、何で今日はこ、こんな積極的なの!?


黒百合は頬を赤らませ、目をきょろきょろと動かす。耳も赤くなっているようだ。外見から分かる動揺っぷりだった。


「……あっ……」


白梅は今になって自分の行った行動の恥ずかしさに気づいたのか、僕の後ろに隠れてしまった。足を握る手の力が凄く強い。


「対象Xが2人…?」


少女はその変化に機敏に感じたようだ。攻撃の手が止む。


「あれれ〜?白梅さんが2人…?」


戻ってきたほのかが黒百合のことをまじまじと見ていた。黒百合は白梅と違ってお嬢様のように振舞うが、服装が前と違い、白梅と同じなのであまり威厳が感じられない。


「とにかく…両方捕獲しないといけませんね」


少女は左手を水平に構えた。それは、軍団を率いる将軍のようだった。


「『私』を狙うのは構わないけど…名前ぐらい、聞かせてもらえない?」


黒百合が少女に話しかける。こちらも石でできた槍を10本ほど空中で待機させ、臨戦状態になる。


「そういえば…申し遅れました。私の名前はルコナ」


そこで一区切りし、


「ルコナ=スコットハルト。『バッドスクランブラー』の2つ名を持っています」


ルコナは自己紹介を終了させると、水平に構えていた手を前方、つまりこちらに動かした後、上へ動かした。


それが、合図だった。


先程とは比べ物にならない数の蝙蝠が、僕らに向かって放たれたのだ。


 


 いなりは、苦戦していた。


(こやつ…何者じゃ?)


あの羊の大移動の際に、いなりは夕子を連れて路地裏を逃げ惑っていた。羊を減らすのに、路地裏は好都合だ。彼女らが4回曲がっただけで、羊は追いかけてこなくなった。それを確認して、他のみんなに合流しようと思ったその時、彼女は現れた。


「セフィリア…うまくいったみたい」


狭い路地の出口。逆光の先に少女はいた。身長はいなりより上。髪形がショートカットなことは分かるが、あとは逆光でわからない。


「夕子!」


いなりは夕子を庇いつつ前へ出る。いなりの耳がビビッと震える。相手のわずかな殺気を感じたからだ。


「使い魔…?いや、存在が獣に近い?」


少女は探るように目を動かす。いなりは刀に右手を添え、一挙手一投足に注視する。少女はそれを感じ取ったのか、探るのを止め、力を込めるように体を屈める。


「いなりさん…」


夕子が身震いすると、いなりはそっと夕子の腕をつかんだ。


「安心しろ。わしがおる」


夕子の身震いが止まる。いなりは意を決して、刀を抜いた。少女は2人を見据えると、勢いよく地を蹴った。


瞬間で間合い距離が半分になった。


いなりは刀を構え、少女の動きを見極める。少女はいなりの思惑を見抜き、間合いを詰めるのを止めた。そのまま体の勢いを殺さず、地面を殴る。一瞬、手が人間のものと違う、毛むくじゃらのものに変わった。


アスファルトがボロボロに砕ける。


「なんじゃ!?


いなりは瞬時に夕子を抱いて、地面を蹴った。壁を蹴り、非常階段の手すりを蹴りつつ先程までいた地面を確認した。


すでに、道路の面影はなくなっている。その中で立っている少女はいなりを見上げた。瞳は獲物を狙う肉食獣のごとくギラついており、手は地面を殴った時と同じ、獣のものになっていた。いなりは背中に悪寒を感じる。次の壁を蹴りあげるとき、本能的におしっこをちびっていた。それはすぐにおむつへと吸収される。


「んんっ!?


理性のほうは驚いて、無意識におむつを触ってしまう。ぬめとした感触が、秘所に伝わる。そこで彼女は自身がおしっこをちびったことを理解する。そして、何故ちびったかを考え始める。しかし、いくら考えても答えは出なかった。対して彼女の本能は理解していた。それは、かつて被食者であった自分と捕食者である相手の対場を考えたら、当然の反応だと。


屋根の上まで逃げきると、いなりはそこで止まらず別のビルの上へジャンプする。


「流石に獣。危機管理だけは優秀だね」


先程までいたビルがジェンガのように崩れおちる。いなりはそれを見た瞬間、さらにちびってしまった。いなりはおむつを触りたい気持ちを抑え、逃走することに専念する。それからは、振り向かず屋根の上をバッタのように跳び続けた。濡れたおむつが跳ぶたびにくちゅくちゅ言ってしまう。それが夕子に聞かれそうで、いなりは少し恥ずかしかった。顔や耳にはそれが表れたかのごとく、赤みが増していた。


その赤みが増した耳から後ろで何かが崩れる音がするのが聞こえる。振り返れないが、おそらく少女が街を壊して追いかけているのだろう。幸い、魔術士側が人除けをしているから人的被害はないものの、このまま街を瓦礫の山にするのは忍びない。


いなりは程よい広さを持つところを探す。


――あれだ。


いなりは「ちょうどいい。だだっぴろい」ところに降り立ち、少女を待った。夕子はその隙に身を隠す。


「ふぅん。逃げた先が小学校とは…何か秘策でもあるの?」


少女は門をひしゃげ、中に侵入する。左腕を完全に獣化させ、口と目は肉食獣の鋭さを垣間見させている。いなりはまたちびってしまった。無意識にさらに赤くなる顔を引き締めるためか、両手で頬を叩いた。理性を取り戻しつつ、少女の持つそれらの特徴から、この少女が纏う動物が何かを判断した。


「熊か…」


少女は笑みを浮かべると、


「正解。よく気づいたね。そういう君は狐でしょ?」


と快く応える。いなりは、警戒態勢を解かず、


「まあ耳と尻尾を見ればわかるしのぅ…」


と返した。少女は左手を握っては解くを繰り返す。そして、青白い瞳が大きく見開かれ、いなりにその視線が注がれる。今にも襲い掛からんとする仕草。いなりは体が自然と強ばってしまう。


「そう怯えないで…というのは無理みたい。私の使い魔は強暴だから」


少女が言い終わると同時に、空気が変わった。お互いの張り詰めた気が、音の存在すら拒絶する。


無音。ただ無音。


1秒が1分に感じるほど長い間。そして…


少女が大地を叩くのを合図に、2人の戦いが始まった。


地面を叩いた瞬間、直径1mの魔法陣が少女の足元に出現する。いなりは刀を右手に、3枚のお札を左手に持ち、間合いを取るため後退する。


魔法陣を起点に、円状に土の杭が空に向かって乱立する。高さ5mで直径10cm。間隔は50cmほどで、ランダムに8本、同心円状に出現する。いなりは前の円の杭が出た瞬間に、円の内側に飛び込む。案の定、いなりがいたところにも杭は現れた。


「まるで土の森じゃな…」


土煙の中で、いなりは1人呟いた。校庭の端に来たところで、杭の乱立は終わり、辺りは土の杭でできた森と化していた。これにより、平面的な移動は制限される。また、視界も遮られることによる索敵性の低下も起きる。いなりにとって、戦いづらい状況になった。それは、少女も同じだとは、限らない。


「そう。あたしのテリトリーさ!」


上方右から流れるような声。いなりは咄嗟に屈んだ。


獣化した左腕がいなりの耳先を掠め、土の杭1本をなぎ倒した。


「およ?かわすか」


少女が抜けた声を出す。いなりは這うように杭の間を抜け、杭の隙間から少女目掛けて2枚のお札を投げた。


「2連式札術。『土槍猛火』!」


お札は10数本の土の槍になり、それが火を纏う。少女は倒れてきた土の杭を掴み、勢いよく振り回した。同時にいなりは危険を察知して屈む。


少女の前方にあった杭が根こそぎ倒される。槍は木っ端微塵に消滅し、逆にいなりの周辺の杭までも倒される。いなりは倒れてくる杭をうまく足場にして、5mよりも上へと登る。それを確認した少女は、持っている杭を槍投げの要領でいなり目掛け投げる。


轟音と衝撃波が大地を振るわせた。いなりは咄嗟にお札を自身の前方に出す。


「単式札術。『業火の盾』」


炎の盾がいなりの前に広がった。そこへ、杭が突っこむ。


杭はたやすく盾を突き破った。


いなりはその展開を予測していた。盾は破られたものの、その行為によって生まれたタイムラグにより、いなりは地面への落下を始める。文字通り間一髪、杭は上方を飛んでいく。


しかし衝撃波がいなりを襲った。


いなりはそれにより大きく吹き飛ばされる。落下しつつお札を取り出し、防御の術式を自らに掛ける。土の杭一本に背中を強か打ちつけ、そのまま落下する。尻尾を使い、落下の衝撃を和らげた。術式も手伝ってか、思ったほどのダメージでは無かった。視界の先に、少女を確認する。少女は先程と同じように地面を叩き、杭を出現させていた。


「ぐぅ…容赦が…ないの…」


いなりは刀を構える。中を切ったのか、口から血が流れた。それを手の甲で拭い、気を落ち着かせる。真っ直ぐに少女を見据え、集中する。構えは中段。少女は牽制を兼ねて、土の杭を1本へし折り、いなり目掛け投げた。


いなりはそれを一直線に真っ二つにした。


「おお!すごいね」


少女から感嘆の声が上がる。


「わしの名はいなり。そなたは?」


いなりの唐突な自己紹介。少女はそれを訝しがらずに、応じた。


「私の名はスクーネ。スクーネ=スコットハルト。2つ名を『森の王女(プリンセスオブグリズリー)』」            


お互いを知る。それはいなりにとっての敬意と決意と覚悟だ。相手を殺すに値する存在としての。


「いざ、参る!」


いなりが飛び出すと同時に、戦いの第2幕が上がる。


 


空中を綿胞子が舞う。たまは無造作にそれらを引っ掻いた。


その中の1つが爆発する。


爆風はたまを吹き飛ばすには十分だった。


「えっとぉ…『パニックブレイズ』!」


舌足らずな口調が、魔術を詠唱する。その声に反応し、空中に浮かぶ本から炎が噴きあがる。


狂ったような赤い炎が、たまを追撃した。たまは尻尾で体制を整いつつ、その炎に向かい咆哮した。炎はたまを避けるように動き、やがて消滅する。炎から飛び出したたまはくるくる宙返りして着地。その際、反動を利用して高速で移動し、守人を庇うように立つ。


「メリーさぁん!どう〜しましょう〜?」


緊張感のない声だと守人は感じた。目の前に立つ自分より2つぐらい下の、中学生くらいの少女は、半透明の羊に対し語りかけていた。少女は特徴的な黒いローブを身に纏い、頭にローブと同じ、黒い円錐状の帽子を被っていた。古典的な魔女のイメージだ、と守人は思った。話しかけられた羊は「メェ〜メェ〜」と鳴くだけで、言葉を発しているようには見えない。が、少女にはその言葉が理解できるようで、「わかりました」などと対応している。


「守人」


たまが珍しく真面目な声を出した。それだけで、守人は気持ちを切り替える。普段お茶らけた、間の抜けたような声を上げる彼が、ここまで真剣に話しかけるということは、今ここが危ない状況になっているということなのだ。


「ああ」


守人は少女たちに聞こえないように声のボリュームを落とした。たまもそれに合わせボリュームを落とす。


「すまんにゃ。今、俺が守人を守りきれる自信がにゃい。だから…」


その続きを守人は先読みした。


「だから俺をおとりにして逃げろって?」


たまはこくりと頷く。守人は数秒たまと見つめあったあと、こつんと頭を小突いた。たまは驚いて守人を睨む。守人はたまの前に出ると、たまに止められる前に飛び出した。


「冗談じゃない!」


守人は持ち前の身体能力で、常人以上の速度で間合いを詰める。


「はわわわぁ…」


少女が想定外の出来事に動揺をしていると、半透明の羊が主の不甲斐無さに愛想を尽かし、自らの意思で突進してきた。守人はそれをステップでかわす。


着地する瞬間に綿胞子を足に絡まされる。守人は突撃するのを止め、ブレーキをかける。勢いでたたらを踏んだ所に、少女が待ち構える。


「ごめんなさいっ!『ポイズンウール』っ!」


足に激痛が走った。守人は綿胞子を振り払おうと咄嗟に手で触ってしまう。が、綿胞子はそんなものでは除くことはできず、手につき、余計悪化させるだけだった。それが理解できた時点で、抵抗するのを止め、後退する。


「が、がんばりますねぇ。私だったらすぐに悲鳴あげちゃうんですけれど…」


少女は他人事のように呟いた。守人は未だに叫び声すら上げていない。手足に走る激痛は、普通の少女だったら嗚咽を漏らし、叫ぶほどの痛みだというのに。


「たま。今だ!」


守人の叫び声に合わせ、たまが守人の後ろから飛び出した。半夜叉化しているたまは、瞬きの間に間合いを0にした。少女は恐怖を感じたのか、無意識に後ずさりしている。


たまの爪が少女の前方スレスレを下から上に引き裂いた。


「ひゃうぅっ!」


少女の悲鳴に、半透明の羊は機敏に反応した。体に纏う毛皮から生まれる毛玉を周囲に展開する。守人はその行為に危険な香りを感じ、すぐさま毛玉の攻撃範囲から退散しようとするが、


「ぐぅ…」


足が思うように動かない。気持ちだけ行こうとして、見事にこける。たまは夜叉化を解き、守人を抱え大地を蹴る。


「メェ!」


その鳴き声と共に、毛玉が爆発した。範囲として羊を中心に12m四方。高さは6mほど。主である少女にはダメージがないのか、平然とその中で立っている。


「…ぷはっ」


煙の中をたまは飛び出す。爆発の端で巻き込まれた2人は、爆発による爆風の勢いで少女たちと距離を取り、逃亡を図った。羊は表情を変えていないが、困ったように「メェ〜」と鳴いた。


「メリーさぁん!追いましょう!」


少女は半透明の羊に跨る。その様子をたまに抱かれて見ていた守人は、あることに気づいた。少女の纏うローブが前の部分だけ引き裂かれ、中に着ている服が露わになっていた。少女が着ているのは複雑な模様の書かれた上着と、所々に幾何学的な図形で開けられた穴があるスカート状の衣服だ。そして、羊に跨った瞬間。彼女のスカートの下にあるべき下着が、守人の眼に映った。


「お、おむつ?」


「にゃ?」


守人の呟きにたまが反応した。たまもちらと後ろを振り返る。が、その時、羊が猛然と2人を追いかけ始めていた。


「にゃにゃにゃにゃにゃーっ!!」


たまは脇目も振らず、さらに加速した。2人の逃避行は、まだ終わらない。


 


天空では桜姫とカルナの勝負が続いていた。


「流石に…疲れますわね」


桜姫は無数の光弾を空中に待機させる。対するカルナの周囲には、小型の翅を持った使い魔が、次の指示はまだかと待っていた。


ATTACK!!


先に仕掛けたのはカルナだ。指示を受けた使い魔たちは複雑な軌道を描き、桜姫に襲い掛かる。


「ちょこまかと!」


桜姫は腕を横に振る。


光弾が一斉にカルナに襲い掛かる。放たれた光弾は使い魔たちとは違い、極めて単純に、効率的に標的を狩ることを目的としたプログラムが組み込まれている。それを我が身で体感したカルナは流れ星のように、光を発しながら攻撃を回避した。彼女が放つ光は光弾と同程度の威力を持たせた魔力の波動だ。


「考えましたわね…ならば!」


桜姫は攻撃の中に威力の大きいものを混ぜた。カルナの攻撃の回避の仕方にはある欠点がある。それは常に光を出し続けることで大きく魔力を消費してしまうからだ。まだ威力が小さいうちはいいが、このように波状攻撃に晒されると、常に大きい攻撃に備える必要がある。必然的に魔力消費も大きくせざるを得なくなるのだ。


「くぅ…」


カルナは光を発するのを止め、鏡が描かれたカードを取り出した。そして詠唱に入る。同時に、使い魔たちが桜姫の許に到達した。


「全ての光は常にこの鏡に宿る『ヤタノカガミ』!」


カルナの前方に円状のリングが現れる。その瞬間、全ての光弾がそのリングの内側に向かうよう軌道修正される。桜姫はその様子を視界の端で認めつつ、使い魔たちを引き離すため、扇で天を切り裂く。


天から、無数の黒い手が現れた。


それは使い魔たちを掴み、切り裂かれた世界の中へ引きずり込む。


きりが無い。カルナはそう感じていた。先程からこのようなやり取りの繰り返しだ。


「も…い…」


微かな、本当に微かな声でカルナは呟いた。それが、彼女の契機。それが彼女の本当の願い。


「変わらない世界は…もういやなの!」


カルナは自身が持つ魔術の中で最上級クラスの魔術を準備する。そのために、さらに使い魔を放った。


「ほう…」


桜姫は相手の狙いがわかっていても、阻止しようとはしなかった。彼女が放つ使い魔を弾き返すだけに行動をとどめる。


カルナは4枚のカードを取り出した。描かれているのは炎、不死鳥、槍、そして…


「万物は火より生まれ火に還る。無間の牢獄の中へ囚われるがいい!」


カルナが槍を構えるポーズをとると、炎でできた槍が彼女の手に握られる。狙いを桜姫に定め、空を蹴る。


瞬間、彼女は不死鳥になった。


目を凝らすとただの突撃技であることがわかる。が、周りに纏う炎がフェニックスのような形状になっているため、傍目から見ればカルナが不死鳥になったかのようだ。桜姫は攻撃を避けようとしたが、そこで違和感に気づく。


体が全く動かないのだ。そこで彼女の4枚目のカードがわかった。先程までの翅を持った虫のような外観の使い魔。それが桜姫の体を固定してる原因だった。そしてその正体は、かつてカルナに救われ、天寿を全うした妖精たちの魂。それを使い魔たちに宿したもの、それがカルナの使い魔だ。その力1つ1つは小さいが、集まるとこのように牙を剥く。妖精の特性を生かした存在。その最終手段があの4枚目の妖精のカード。それは使い魔の留めた妖精たちの魂を開放し、妖精の力の源である、エーテルに干渉することのできるカード。桜姫は瞬時に体を使うことを諦め、防御用の術式を詠唱する。彼女が詠唱を終えると同時に、カルナが叫んだ。


「受けよ!『ランス・ザ・フェニックス』!」


不死鳥と防御術式が干渉し閃光が奔った後、爆発が起きる。


同時に、世界が元に戻る。気づかぬうちに夜になっていたのか、辺りは星空が彩る夜空の中だった。


「3発目。合格だわ」


桜姫の腹部に槍の先端が到達していた。炎はそこで消える。体中が焦げ臭いカルナはそこで緊張が解けたのか、それとも魔力切れなのか、眠るように気を失った。まどろみの中で、声がした。


「お約束どおり、あなたの本当の望みが叶えられる場所へと案内しますわ。今はゆっくりとお休みなさい……では…良い夢を……」


 


古城は朝を迎えていた。そのテラスには、この城の防人であるルーンが朝日を眺めている。


「おや?暇人かい?」


後方の足音に気づいたルーンは、ここに来た人物を自分と同等の暇人と断定し、話しかけた。


「残念だ。私は忙しい身でね」


応えたのはシータだ。彼は腰に長さが違う日本刀を3本携帯し、ルーンの横で外を眺める。ただし、彼が眺めているのは中庭だ。そこには、ジュヌエと談笑するルナの姿があった。


「客人は旧友とお茶会だってさ」


ルーンはシータのほうを見ずに、皮肉めいた口調で言った。


「それは承知している。ジュヌエとのお茶会が終わったらユイーシュと会談するようだ。そこには私も同席する」


淡々と述べるシータに対し、ルーンは睨むような視線を送る。シータはルーンに諭すように言った。


「お前があの人を気に入らない理由も解る。だが、ここは我慢してくれ。あの人は我々に深く関わっているだけではなく、この世界における重要人物かもしれないのだから」


シータの言葉をルーンは鼻で笑い、


「だからおべっか振れって?あたいはそんな器用に生きられもしないし、生きたくもないよ」


と否定した。彼女は自分が持つ杖を強く握り、


「あいつがもし裏切るような素振りを見せたら、あたいが真っ先に始末するさ」


と冷酷に言い放つ。シータはそれを本気と解釈した。そして、彼女の気持ちを諌めるため、紅茶を部下に頼み、テラスから退散した。


 ユイーシュの図書館に向かう途中、彼はカルナのことを思い出した。が、それは忘れることにした。これから忙しくなる。今彼女の単独行動に付き合っている暇は無い。次の瞬間には、これからやるべきことを羅列していた。今、この組織のリーダーは不在だ。なら、自分がしっかりせねば。シータは自分にそう言い聞かせ、図書館へと急いだ。


 ユイーシュは積み重なった本の中から、1冊の本を取り出した。それは、あることについての論文を纏めた本だ。その本は彼が子供のときに手に入れた、この世界への興味を抱くきっかけになった本だ。


「これが、始まりにして、至高」


彼は小さな声で呟いた。本を自らの傍らに置き、自身のノートに新たな文字が書き足す。それは、これから行うことに対する自身の考えを纏めるためのものだ。


題名はこう記してある。


『日本へと向かうのに必要な魔術の種類と総量についての研究』と。

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