「それにしても今日も疲れたね〜」
「うん、まぁ定期演奏会も近いしね」
そんな他愛もない会話をしながら楽器の片づけをしていると、結衣がトイレに行きたいと言い出した。
「またトイレ?最近結衣トイレ近いんじゃない?」
「そうかな…?ちょっと練習前にお茶飲みすぎたのかも」
結衣は何かを誤魔化すように、そそくさとトイレに向かって行った。結衣を待っていた莉緒だったのだが、莉緒が戻ってくる前に先ほどの噂話の続きをしようと、先輩たちがやって来た。
「ねぇ莉緒ちゃん、さっきの続きなんだけどね…」
「はい…」
何を言い出すのか不安だったが、トイレにあった紙おむつの行方も気になったので、そのまま会話に加わった。そして先輩は話の続きを始めたのだった。
「その紙おむつが捨ててあったトイレっていうのが… 3階西棟の非常階段横のトイレなんだって!」
一斉に「え〜」という声が上がった。それもそのはず、その3階西棟の非常階段横のトイレというのは、吹奏楽部が今練習を終えた音楽室の真横のトイレだからだ。
「すぐソコじゃん!」
先輩はニコっと微笑みを湛えて続けた。
「それがミソなんだよ。この西棟の3階って特別教室以外の教室がないでしょ?だから、普段あのトイレをを使うのは、十中八九部活でこの音楽室を使う吹奏楽部なわけ。ということは…」
「ということは…?」
周りの先輩たちも催促した。
「ということは、そのおむつを使ってるのは、吹奏楽部の部員の誰かってこと!」
先輩がそう言うと、周りの先輩たちはお互いに顔を見合わせた。その中の一人が、みんなに向かって言った。
「でもさぁ、うちの部活って30人もいない小規模の部活じゃん。探せばすぐわかるんじゃないの?」
「見つけてどうするんですか?」ふと気になった莉緒は尋ねた。
「それもそうだね…」
すると噂話をし始めた先輩がまた話しだした。
「わかんないままでいいんじゃない。きっとそのおむつしてる子は見つからないか毎日ドキドキしてるだろうし、私たちが見つけたのが原因でイジメとかになったら嫌じゃん」
どうやら、噂話を持ってきた割には、正常な判断ができる先輩だったようだ。
「そうだね、それが良いよ。これはここだけの秘密ってことで」
「ね、莉緒もそれでいいよね?」
「はい、大丈夫です!」
「でも、莉緒ちゃんなら、可愛いからおむつ似合うかもね〜、なんちって」
そう言われた莉緒は、なんだか恥ずかしくなって顔を赤らめた。
「何言ってるんですか、先輩!」
「あ〜、でも莉緒ちゃん顔赤くなってるよ!本当におむつしてたりして〜」
先輩はふざけて莉緒のお尻をスカートの上から触った。
「もぅ、やめてください!おむつなんてしてません!」
「ごめんごめん、冗談だって」
先輩は笑いながら莉緒に謝った。女の子が多い部活では、どこもこんなノリなのかもしれない。そんなこんなで先輩たちと騒いでいたら、トイレから戻って来た結衣に呼ばれた。
「莉緒、帰ろう!」
「うん!」
そう言うと、かばんを持って立ち上がった。教室の入り口まで行くと、結衣と二人で「お疲れ様でした!」と元気にあいさつして教室を後にした。
帰り道、莉緒は今日先輩から聞いた話を結衣にしていた。
「…でね、トイレにおむつ…」
話していて気付いたが、どうも結衣の様子がおかしい。たしかに今日はアレの日だとは言っていたが、それにしても表情が暗い。
「結衣!どうしたの?さっきから暗いよ!」
「いや、別に…」
ここまでくると、暗いというよりは、機嫌が悪いというか、怒っているようにも見える。
「ねぇ結衣、私なんか悪いこと言った?」
「そんなんじゃないけど…」
ぶっきらぼうに結衣は答えた。
「なんかあったの?」
心配するように言った莉緒だったが、返ってきた返事はそんな莉緒の気持ちに沿うものではなかった。
「もういいよ、莉緒にはわかんないと思うから!」
無表情にそう言い放った結衣は、「今日は先に帰るから」とだけ言い残し、とっとと行ってしまった。何が起こったのかさえわからない莉緒は、呆然と立ち尽くすしかなかった。