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トップ  >  黒人形作  >  cross drive  >  cross drive 第四話 Lunatic gardenand Full moon cradle  第1章 peace and the movements of fetus
こんな経験したことはないだろうか?

仕事をしているうちに、今日何日か思い出すことができなくなる。思い出してみるといつの間にか数日進んでいたりしていたことがないだろうか?そして、その間のことが思い出せない。別段なんでもないから、覚えていないのだ。無理もない。同じような仕事を続け、同じような食事を食べ、同じように寝る。そこにあるのは無自覚での行動。意識があるかないかは関係ない。そんな瑣末な違いは消え去る。なぜなら、そこには新しい輝きもないから。

同じものを見続ければ情報は劣化する。やがてその風景は「当たり前」として処理される。そこに興味や目的がないのならなおさらだ。「習慣」になった時点でその人の記憶から、それは消滅する。そこにあるのは無意識下での行動。気づかずうちに終わっていくもの。子供のころは何もかもが新しくて、逐一記憶していただろう。しかし、それが「慣れ」に置き換わっていくと、輝きは失せる。大人になるにつれ、1日の暮らしそのものが「習慣」となっていく。そこに何の感慨もありはしない。

僕もまた、1日の暮らしが「習慣」になっていたから、あの出来事に気づくのが遅れたと思う。

それは、高校生の多くが憂鬱になる中間試験がもうすぐで始まるというころのことだった。進学校である桜ヶ丘学園は、中間試験前の授業はほとんどが自習になり、皆黙々と、文字が並ぶ教科書や参考書とにらめっこしていた。僕も例外ではなく、英語が全体の80%も占める参考書と格闘していた。

……正直、目が狂いそうになる。やがてチャイムが鳴り、一気に緊張が解れたのか、騒がしくなった。無理もない。次はお昼だ。こんな張り詰めた空気の中では、食事時が一番の休養になろう。

否。それはあんまり出来の良くない人物に限られるようだ。答えは明白で、出来のいい連中は食事時でも勉強してるか、また食事時も含めて勉強していないかのどちらかだからだ。僕らは囲んで弁当を食べる。食堂組である舘雄や結はチャイムがなると同時に、食堂へダッシュしていった。食堂は常に戦場だと前に聞いたことがある。僕と守人、圭太、麻紀の4人で弁当を食べる。実際に弁当なのは僕と麻紀だけで、守人は携帯食料の山を、圭太はコンビニのおにぎりを食べているのだが。

ちなみに、僕が出来の良くないほうで、ほかの3人は出来がいい部類に入る。特に守人は自習時間中、日本語訳されてない書物(英語だけではなく、フランス語、ドイツ語、イタリア語と多種多彩、果ては古代書なのか、ラテン語で書かれているものもあった)をずっと読み耽っていた。休み時間にこのことについて聞いてみると、

「この前の欧州旅行で気になる本を片っ端から買ってったんだ。気づいたら30冊以上になって、あんまり自由に読む暇ないから、こうして時間が開いたら読んでるんだよ。勉強?テスト前に勉強なんてする必要ないだろ?あんなもん日頃からやっていれば問題無いだろ」

という、なんとも憎ったらしい回答が帰ってきた。だが、これも彼の実力を考えると致し方ないことだった。だって中学時代のテストで、彼が100点を取り逃したテストは指の数よりも少ないのだから。

「…いくらなんでもそれは凄すぎだろ…」

力ない呟きを守人は地獄耳で聞いていた。守人は敢えて軽蔑するような眼差しで、

「テスト前に何とかしようと考えるのが間違いなんだよ。自業自得だね」

と追い討ちをかける。僕はさらにうなだれる。どうやら地獄耳は守人だけではないらしく、圭太が僕に聞く。

「何がすごいんですか?」

「こいつ、中学時代で100点取らなかったテスト、一桁なんだよ」

僕が教えてやると、2人とも絶句していた。何か化け物を見る目で守人を見る。守人はその目に臆することなく、更なる爆弾発言をした。

「すごいには兄さんと姉さんのほうだよ。兄さんは今までテストで100点以外はとったことないし、姉さんはあの年で妙な資格をたくさん持っているし、なにより毎年のごとく役職についてるしね。今年は副会長だっけ?それに比べれば、まだまだ」

僕らだけではなく、周囲の喧騒すらも止み、みんながこちらを見ていた。守人の姉、雪音さんはこの学校の生徒会副会長を務めている人だ。先日僕も知り合ったばかりだが、なんでも前から学校にいた人には有名な人らしい。数々の伝説を残しているらしく、特に有名なのが「ミニスカ事件」という、なんとも妙な事件であるが、今回は割愛する。

多くの人にとって、お子様副会長は学校のマスコットだ。生徒だけではなく、先生まで支持があるぐらいだ。だが、その私生活については謎な部分が多いということは皆の定評だった。

…そう、この時までは。

誰もが気づかなかったことであった。いや、気づいていても気にしなかったことだ。元からキャラが濃い守人は、苗字でなく名前のほうが有名だった。だから、同じクラスメイトでも名前を呼ぶのが普通だった。先生の点呼でさえ、名前だったのだから。だから、皆気づくのが遅れた。

守人の苗字が、雪音さんと同じ高野谷であることに。

途端に質問攻めにあう守人。無理もない。この学校に残った数少ない謎を解明するチャンスだろうから。ちなみに、この学校に古くからある7不思議はすでに僕らの手で解決済みだったりする。質問内容は多岐に亘った。一般的な身長体重から、小さいころの恥ずかしいエピソード、果ては好みの下着まで質問する輩が居た。それもその質問をしたのが、男子ではなく、眼鏡を掛けた少し地味な女子だった。そんなこと聞いてなんになるのか知れないが、かなり含み笑いしていたから、怪しいことこの上なかった。

「姉さんは人気者だね。僕なんか足元にも及ばないよ」

質問攻めが終わったと同時に愚痴る。…そういう守人も男女問わず人気がある。ただでさえ誰もが見ほれる美少女(外見的な面)なのに、中性的な雰囲気(内面的な面)が余計それに拍車を掛けていた。

「それにしても、何で昼食が携帯食料なんですか?コンビニおにぎりの僕が言えた義理ではないですけど」

圭太が誰もが思う疑問を守人に言った。同じことを僕も守人に言ったことがある。学校の行事で弁当が入用になると、彼は決まって形態食料を山積みにするほど持ってきていた。守人は、かつて僕に言ったことと同じように返す。

「別にお腹が一杯になれば十分だろ?おいしい食事が必要なのは本当に特別なときだけだよ。普段の食事までおいしくしようとしたら、作るほうが疲れちゃうだろうしね。それにお弁当を作るってことになったら、1時間は掛かるだろうし、迷惑も掛けちゃうしね」

守人にとって、本当に特別なこととは何だろう?と考えさせる答え。ちなみに、彼が作った料理は手抜きの目玉焼きさえそんじょそこらのものよりも格段にうまかったりする

彼は手に持ったポテト味の携帯食料を食べきると、それらを全て片付け、また本を取り出した。僕らも食事のほうに専念する。全員が食べ終わると、守人はページを捲る手を止め、栞を挟んで本をしまう。その動きは滑らかで、僕らもそのままおしゃべりモードに移行した。

「そういえば、この前神島君の妹さんに会いましたわ」

少し話が弾んだ頃、麻紀がそんなことを切り出す。僕の妹、神島 真琴は先日この学校の初等部に編入となった。最初は大丈夫かなと心配していたが、いなりのお札や圭太の妹とその友人達の協力で、何とかうまくいっているようだ。

「神島君にあんな妹さんがいるとは思いませんでしたわ」

「僕もまさか神島君に妹がいるとは思わなかったからびっくりしましたよ。そういえば、この前一緒にいた子供たちも含めて同居して暮らしてるんですよね?大変でしょう」

当事者の僕をほっといて会話が進んでいく。なんとなく面白くないので無理やり割って入ることにした。

「そうでもないよ。それに元々慣れてるし」

「昔からそんな暮らしを?」

圭太が僕に対し耳の痛い質問をする。僕が回答を遅らせていると、守人が先に答えてしまった。

「こいつがこんな生活を始めたのが、小学校の高学年ぐらいからだよ。それも相手は真琴ちゃんだけだしね。それまで、メイドさんにやってもらっててどっかのお坊ちゃんと思えるぐらい何もできなかったよな。それに今だって、音子さんが手伝いに行ってるからできるんじゃないか。うちのメイドさんなんだから、感謝して欲しいぐらいだよ」

また2人が絶句した。今度は僕に注目が集まる。主に男子が。この単語の露出だけは避けたかった。が、もう遅い。守人の口から出た言葉は、部屋中の男子の視線を僕に集中させるには十分な威力を持っていた。その単語とは…

「「「「「神島って…メイドさん雇ってんの!?」」」」」

超ステレオで質問されても困る。というか、僕の鼓膜が限界を突破する可能性があるからやめて欲しい。

「マジでメイドさんかよ…」

「ずいぶんとでけぇ業だぜ…」

「男の夢はすでに叶えられていたのか!?」

「おいおい…こいつただでさえ守さんという美女がいて、最近転入してきた美少女妹がいて、それでメイドかよ…その女運イカレてるぜ…」

「ちくしょう…ちくしょう…」

なんか凄い暴動になってるんですけど…。

「メイドさんとは本当のことか!?」

さらに情報は伝わったのか、食堂にいた男子連中が帰ってきた。皆その顔に情欲と憤怒をたぎらせ、そのまま僕に向かってくる。僕は、休み時間が潰れることを覚悟し、溜息をついた。その後、チャイムが鳴るまで僕は質問攻め(どさくさにまぎれて罵倒語があったのは言うまでもない)にされ、疲れた挙句、その次の自習授業を睡眠時間としてしまった。



試験前は部活もなくなり、多くの生徒が帰宅につく。もっとも、僕や守人の様な帰宅部連中には関係ないことだが。その守人は調べごとがあるからと言って、市の図書館に行ってしまった。僕は1人で帰路につく。茜色に染まった空がゆっくりと夕闇に変わっていく。茜と赤紫のコントラスト。それが凄く、綺麗だと感じた。駅前はいつも以上に混んでいた。ちょうど、電車とバスがほぼ同時に到着し、駅周辺に大きな人の流れができているようだ。セーラー服を着た女子高生。スーツ姿の会社員。ジャージ姿の中学生。いろいろな人がごった返しになって動いていた。

「……?」

ふと、その中にものすごい異端物が混じっているのが見える。まるで西洋の絵画の中からそのまま抜け出したかのごとく古風なドレスに身をまとい、白い、レースをあしらった日傘をさした少女が悠然と歩く。進行方向は僕と一緒で、顔は分からない。多くの人は、その姿を見るたびに驚いた顔をする。服の隙間から見える肌は人形のように白く、その姿はフランス人形を連想させるからだ。その少女は立ち止まり、1度だけ、こちらを振り返った。

その顔が、とても、見覚えがあるように感じた。

「えっ?」

思わず呟いてしまう。少女はまた歩き出し、人込みの中に消え、蜃気楼のように見えなくなる。僕はその姿を探したが、見つからなかった。だが、1度見ただけでその姿は網膜の奥、脳に焼きついた。そう、その顔立ちは、自分の知っている、少女のような少年に似ていたから。



「お帰りなさいませ。薫様」

音子さんは毎度のごとく僕を迎えてくれる。このへんはやはり、しっかりと教育されたメイドということなのだろう。僕は疲れた体を引き摺る様に動かし、リビングに入る。

「おかえりにゃー薫」

たまがソファの上でくつろいでいた。どこから漁ったのか、僕の漫画を読んでいた。尻尾がゆらりゆらりと揺れる。つい目で追いたくなる動きだが、僕はそれを我慢してリビングを通過する。リビングから廊下に出たとこで、

「お帰りなさい神島君」

夕子と出くわした。夕子はさっきまで自室で本を読んでいたと言い、僕と入れ違いにリビングに入る。どうやら音子さんを手伝うようだ。僕はそのまま自室へ向かう。自室で簡単な着替えを済ませ出てくると、同時に子供部屋からいなりと真琴が出てきた。

「お帰りなさいお兄ちゃん」

「うむ。いつも通りのお帰りじゃな。かおる」

僕らは3人でリビングに向かう。リビングからはおいしそうな匂いが漂い、僕らの空腹を刺激した。リビングと部屋続きのダイニングには、すでに夕食の準備ができていた。今日はカレーのようだ。いくつかの皿だけカレー色が違うのは、辛いカレーと甘いカレーを作っているからだ。僕は迷わず辛いカレーが置いてある席に座る。

「あら?白梅様は?」

音子さんがいなりに聞く。いなりは不思議そうな顔をして答えた。

「白梅は何故か知らぬが、ベランダで外を眺めておる。わしが声をかけても呆けたように反応せん。頼むがかおる。白梅を連れてきてやってくれんかの?」

「えっ?僕?」

突然振られて対応に困る。いなりは付け足すように言った。

「最近白梅はわしらより、かおるの言うことをよく聞くからの。ここはかおるが適任というわけじゃよ…フフフ…」

最後のほうは何かにやついていたが、僕は気にしないで白梅を呼びに行くことにした。廊下を歩いている途中、不意に今日見たフラン人形のような少女のことを思い出す。彼女の顔は、まるで…

部屋に入ると電気は消され、カーテンは閉められていたが1つの窓が開いていた。僕はその窓から外を見る。夕闇に沈む町並み。喧騒は休むまもなく続き、遠くの町はきれいな光でライトアップされていた。さらにその奥にはこれから沈む太陽が、名残惜しそうに狭間に留まっていた。逆に夜を迎え入れるように、月が昇り始めていた。そんな場所を見下ろす1人の少女、いやそんな姿をした少年。着ている服はピンクのワンピース。胸を大きく開いた姿は、女の子そのもの。兎の耳が、ぴこっと動いた。彼はその光景をどんな思いで見てるのか、僕には感じ取れない。

「白梅」

ベランダにいる白梅は僕に気づいて、こちらを振り返った。その顔は困惑に満ち溢れていた。何故そんな表情を浮かべるのか、僕はとても気になってしまう。白梅はまた外を眺め始める。案外表情変化がはっきりしやすい白梅だが、時折非常に読みづらい表情をする。今回の表情もそんな感じであった。憂いでいるような、怨んでいるような、諦めているような、そんな表情。

「…薫…もうすぐ…ごはん?…」

ずっとその顔を観察していると、急にこちらを振り返ってきて聞く。僕は慌てて前に顔を移し、「そうだよ。それで白梅を呼びに来たんだ」と棒読みで返す。

「…わかった…薫…行こう…」

それを気にも留めず、白梅は部屋に戻る。僕もそれに続き、窓を閉じようと思って、止める。少しだけ窓を開け、部屋を出る。最後に、一陣の風が吹く。カーテンが棚引き、外の景色が垣間見える。太陽は沈んだようで、空は夜の闇に包まれつつあった。そして満月が、太陽の代わりとなって昇っていくのが見えた。



部屋の外では白梅がリビングに行かず僕を待っていた。

「じゃあ…行こうか」

「…うん…」

2人で廊下を歩く。僕は、あの少女のことが気になって白梅に聞いてみることにした。

「白梅って…兄弟とか…いる?」

白梅は僕の質問の意図を図りかねていた。そのため困惑した表情で聞く。

「…どうして…そんな…質問…するの?…」

僕は今日あったことを説明することにした。

「今日駅前で凄い服着た女の子を見たんだ。西洋のドレス。フランス人形みたいな。それでその少女の顔が…」

「…似てた?…白梅に…」

その先を言われてしまった。白梅は最初驚愕の表情を浮かべたが、すぐに考え込むような表情を作り、そして、最後は困惑した表情に戻り、こう答える。

「…白梅…兄弟…いない…きっと…空似…」

そのまま、この話題には答えないというばかりにそっぽを向いてしまった。僕はその行動を変に思いながらも、追求はしなかった。誰だって秘密は1つ2つある。きっとそういうものだろうかなと思ったからだ。

「遅いにゃ薫!」

リビングに入るなり、たまに怒られた。僕はごめんと謝ってから席に着く。その後白梅が席に着くと、全員で手を合わし「いただきます」と言って食べ始める。僕と夕子、音子さんが辛口で、それ以外は甘口だ。音子さんが作るカレーは市販のカレーにいつも一加えする。今回もそうで、甘口にはターメリックを足し、さらにチョコレートを入れ、辛口にはガラムマサラとコーヒーを加えたそうだ。ちょっとピリッと来る具合がちょうどいい。音子さんはそれをゆっくり味わいながら食べていた。たまは猫舌のため、何回も息を吹きかけていた。いなりと夕子はお互いのカレーを味見しているようだ。いなりは辛口を食べた途端、水に手を伸ばした。夕子は甘口を食べた途端、福神漬けに手を出した。真琴は早くも全て平らげ、お代わりを要求していた。白梅は、ゆっくりであるが確実に食べていた。が、よく見ると、いつもよりペースが遅いようだ。

「白梅どうした?食欲ないか?」

僕は心配になって聞いてみる。白梅は僕に対しちょっと苦しそうに、

「…今日…あまり…お腹…すいてない…」

と答える。それを地獄耳のごとく聞きつけたたまは白梅のカレーをこっそり横から奪っているようだ。

「…ごちそうさま…」

結局、おかずも含めて1/3ほど残してしまっていた。その残ったおかずは全部たまの胃袋に吸い込まれ、それで夕食は終了となった。僕と音子さんは皿洗いの後片づけがあるから、いなりとたまに白梅のことを頼むことにした。僕は白梅の苦しそうな表情に不安になる。そして、残念なことにこの不安は的中してしまうことを後で知ることになる。

「あらかた終わりましたし、あとは私1人で十分なので、薫様は白梅様と一緒にお風呂入ってください」

大きな片づけが終わり、ある程度皿も洗ったとき、音子さんがこう切り出した。僕はそれを最初聞き流したが、ことの重大性に気づき、危うく皿を落として割りかけるところだった。

「僕が、白梅と一緒にお風呂…ですか?」

僕が恐る恐る聞いてみると、音子さんはさも当然そうに「ええ」と言ってから、

「体調が悪そうでしたので、1人でお入りになるのは危険かと思ったのです。私が担当してもいいのですけれど、白梅様は私とはあまり入りたがりませんから」

と理由を述べてくれる。僕はその発現にぐうの音も出なくなってしまった。僕は言われるままにお風呂の準備をしたあと、子供部屋にいる白梅を呼びにいく。

「白梅、いる?」

子供部屋では仲良くUNOで遊んでいた。ちょうどいなりが青のSkipカードを出して、隣の夕子を跳ばして真琴の番になったところだった。真琴はそれに対し青のReverseのカードを使っているから、Skipの意味がなくなっていた。が、夕子は自分の晩になると真っ先に山札に手を出す。どうやら青がないようだ。そのまま手札は4枚に増えていた。皆集中していて、声を掛けづらい。

1週して、いなりが黄色・赤の順で0を出す。隣のたまはそれを見てにやりと笑う。たまは1度逆隣の白梅を確認した後、手札から赤のDraw2カードを1枚、出した。白梅は手札を見て、青のDraw2カードを出す。真琴は同じカードを出し、夕子は緑色のDraw2カードを。そして、いなりはDrawwild4カードを1枚出す。たまが、固まるのが見えた。たまは山札を合計12枚引いた。手札合計15枚。これは勝ち目がない。いなりは「青色じゃ」と色指定する。

「…UNO…」

白梅が青の5を出す。手札は残り1枚。UNO宣言が皆に緊張感を漂わせる。真琴は青色がないのか、山札からカードを引き、そのカードを出した。緑色の5。色が変わった。夕子は緑・青・赤の順番に3のカードを出す。

「UNOじゃ」

いなりも赤の2のカードを出し、手札を残り1枚とした。たまは赤のSkipのカードを2枚、黄色を1枚出した。Skipの効果がなく、白梅の番になる。皆の注目が白梅に集まる。白梅は黄色がないのか山札に手を伸ばし…

「…UNO…上がり…」

黄色と緑の4を出して見事に上がっていった。結果、1位は白梅、2位はいなり、3位は夕子、4位は真琴、5位はたまだった。終わったのを確認して、僕は白梅を連れ出しお風呂に向かう。途中、ついてくる真琴を2度ほど追い払ったが。

脱衣所に入り、服を脱ぐ。大事なところに一応タオルを巻いて、白梅を見る。白梅はワンピースを脱いで、オレンジのおむつカバーと下着という組み合わせになっていた。キャミソールタイプの女の子用。どこからどう見ても女の子にしか見えない。白梅は恥ずかしそうに顔をほんのり赤くしながら、ゆっくりと脱いでいく。

「…見ない…で…」

白梅の哀願に素直に従い、僕はあさっての方向を向いた。しゅるりと衣擦れの音がして、ホックの外れる音がして、何かがばさりと落ちる。最後に何かが巻かれる音がした。

「…振り向いて…いいよ…」

白梅は女の子みたいに胸からタオルを巻き、こちらを見ていた。下には前の部分がほんのり黄色くなったおむつが置いてある。顔がさらに赤くなった。その姿はどう見てもかわいい少女。いつのまにか僕の心臓が早鐘を打っていた。この前のキスを思い出し、恥ずかしくなってきた。

「は、入ろうか?」

「…う、うん…」

なぜかぎこちない会話になってしまう。僕から先に入り、それから白梅が入る。僕はまず白梅の頭を洗ってあげることにした。だから僕はイスを譲る。白梅はちょこんと足を閉じ、行儀よく座る。僕は白梅の後ろに回った。それから、言いづらいことを提案する。

「た、タオルは取ろうか…濡らしちゃうとまずいし…」

数秒、無言の空間が流れる。お互いの顔が赤くなるのが鏡を見て分かる。

「………薫……えっち……」

白梅はか細い声で僕を罵倒した。僕はあたふたしながらも、打開案を提示する。

「じゃ、僕目を閉じてるから!それなら…いい、かな?」

最後のほうは尻すぼみに声が小さくなってしまう。白梅は少しの間俯くと、僕のほうを振り向く。

「…白梅…見えない…隠す…だから…大丈夫…」

白梅はそう言うと、両手を股の上に乗せた。ちょうど秘所を隠すように。それを確認すると、白梅は眠るように目を閉じる。耳がぴくぴく動く。僕はシャワーを出す。最初は水で、徐々にお湯に変わる。指で温度を確認しながら、微調整。37℃ぐらいになったところで、

「白梅、シャワー掛けるよ?」

白梅は大きくかくんと頷いた。僕はシャワーを白梅の髪に掛ける。

「熱くない?」

「…大丈夫…」

白梅の長い髪にお湯を丁寧に掛けていく。白い、絹のような髪。耳の中にお湯が入らないように注意しながら、全体にまんべなく濡らしていく。それが終わると、まずシャンプーを掛ける。他人の髪の毛を洗うのは久しぶりだ。それが白梅となると、余計緊張する。

「それにしても白梅はいつも綺麗な髪してるな」

「……そんなこと……ないと……思う………」

恥ずかしいのか、声が小さい。僕は髪の先端まで丹念に洗う。耳に泡が入ったのか、耳がくりくり動いていた。僕は急いで泡をどかす。それからまたシャワーを掛ける。泡を丁寧に落としたら、今度はリンスを掛ける。それを終えると、白梅はタオルで丁寧に髪をまとめる。

「珍しいな。白梅のショートカット姿なんて」

実際には切っていないのだが、こう見るとショートカットにしてるように見える。その姿がとても新鮮だった。

「……変?……」

白梅は心配そうに聞く。僕は首を横に激しく振った。いささか大げさだが、これぐらいのほうが気持ちを表せていい。白梅はその様子を見て、クスリと笑った。きっと僕の大げささが面白かったのだろう。今度は僕が髪を洗う。それが終わると、今度は2人同時に体を洗う。

「白梅…くすぐったいって…」

今は白梅が僕の背中を洗ってくれる。弱めの力で丁寧に。それがちょっとくすぐったい。今度は僕が背中を洗ってあげる。傷がない珠の肌なので、とても気を使う。大事なところはお互い自分で洗い、最後はお湯で泡を流す。細かいところは手を這わせて、泡を完璧に落としきる。

「しっかり泡を落とした?」

白梅に確認を取る。白梅は小さく頷くと、体中を確認する。耳が小さく揺れた。僕も体中を確認し、残っていた泡をシャワーを落とす。それから2人同時に湯船に入った。2人で入ると、ちょっと狭い。僕が足を広げ、その間に白梅が体育座りして向かい合わせに座る。

「……薫……恥ずかしい……」

正直僕も恥ずかしい。僕は今回2人で風呂に入った理由を心の中で確認し、どう言おうかを思案していた。無言の空間が過ぎる。白梅は上気した肌が朱を帯び、少し頭を傾け、眠そうに水面を見つめていた。

「あ、あのさ…」

意を決して話しかける。白梅は水面から僕のほうに顔を向ける。赤い瞳が、僕を映し出していた。僕はそのまま話し続ける。

「今日はどうしたの?…元気なさそうだけど…風邪でも引いた?」

白梅は僕を見つめ、何か言いたげに口を開きかけそのまま数秒固まり、目をそらして水面を見つめる。白梅はそこに映る自分の顔を、苦々しげとも悲しげとも取れる表情で見ていた。

「…うん…ちょっと…気分悪い…だけ…」

白梅は無理をした笑顔でそう答えると、目を閉じ、眠ってしまった。僕はその寝顔をじっと見つめていた。それしか、できなかったから。

お風呂から出ると白梅はタオルを巻き、髪を乾かすからと先に部屋に戻って言った。僕は玄関で音子さんを送り出すとリビングに戻る。リビングには牛乳を飲むたまと、テレビを見る真琴が居た。2人はテレビでやっているバラエティーを食い入るように見ていた。時刻は9時ちょっと前。僕がそのまま部屋に戻ろうと通り過ぎると、

「薫。ちょっといいかにゃ?」

とたまに呼び寄せられた。僕はたまの元に行くとたまは真琴の様子を確認し、それから席を立ち僕を台所奥に連れ出す。真琴はテレビに夢中で気づいてない。たまは再度真琴が気づいてないか確認し、話を切り出す。

「薫…今日は早く寝たほういいにゃ。ぐっすりぐっすり朝まで眠るにゃ」

何故そんな事言われるのかが分からない。僕はその質問の意図を問いただそうとしたら、たまはひらりと僕をかわしてまた元に位置に戻った。もう話す気などないということだろう。僕は皆、特にたまや白梅が何か隠しているのが気になったが、そのまま部屋に戻る。すると、僕の部屋の前で白梅が待っていた。見ると手にはおむつ換えセットがある。髪も乾かし終わったようで、さらさらと泳いでいた。

「…今日…白梅…添い寝…」

僕は白梅を部屋に連れ込み、ベッドの上に寝かせる。それからおむつとおむつカバーを出し、手早く準備する。それが終わるとタオルを解いた。しなやかな肢体が露になる。秘所を見なければその姿は可憐で華奢な少女のものだ。透き通るような白い肌が光に当てられ、その反射が眩しい。

「…薫…早く…」

僕は手を止めていることに気づき、慌てておむつを白梅の腰の下に滑り込ませる。白梅は分かったように動き、僕もそれに合わせてきびきびと作業する。

「ほい…できたっと」

薄い、黄色の無地のおむつカバーを纏った白梅はベッドからちょこんと降りて、自分のパジャマに着替える。ワンピース調の、薄緑色のパジャマ。そのまま眠そうに目を半開きにしてるが、僕がテスト勉強をしてる間は絶対に眠らなかった。が、やがて頭が舟を漕ぎ始め、少し息が荒く苦しそうになったので、僕はテスト勉強を切り上げ、早めに眠ることにした。時刻は10時40分。

「お休み白梅…」

「…お休みなさい…」

布団に2人で包まるとそのまま白梅は眠ってしまった。耳がぴくぴく揺れていた。僕もいつの間にか眠ってしまう。最後に、意味深なたまの発言だけが耳に残った。



急に目が覚める。なぜかパッチリ目覚めてしまい、やることもないので白梅の様子を見ようと思ったら…

すでにそこには温もりが残っているだけだった。

僕はぽっかりと開いた空間に驚き、そのままベッドから出てしまう。そのまま時計を見た。時刻は11時40分。、あだ1時間しか寝ていない。僕は気になって部屋の外に出た。遠くで、ドアが開く音。この距離だと玄関だろう。僕はパジャマのまま玄関に向かう。玄関にはいくつもの靴が並んで置いてあり、その中の、白梅がいつも履く靴がなくなっていた。

「こんな時間に…どこ行ったんだろ?」

僕は気になってそのまま靴を履いて外に出る。廊下から下を眺めると、すでに白梅はマンションを出ているところだった。僕はなぜかそこで付いていこうと思い立つ。パジャマのまま、僕はエレベーターに乗り白梅の後を追う。

…この時僕は、自分に襲い掛かる運命を、知る由もなかった…

白梅が向かったのは大きめの児童公園だった。元々林だったのを切り開いたというのを舘雄や夕子から聞いていた。レジャー向けの公園は、この時間だとまったくといって人影がなく、ひっそりとしていて不気味だった。白梅はその中をすたすた真っ直ぐ歩いていく。

「一体…どうしたんだよ白梅…」

僕は導かれるように児童公園の中央にある丘まで連れてこられた。いくつもクローバーが風に揺れ、坂を利用した遊具が多数点在するそこに、

月の王子が君臨していた。

丘の頂上、大きな銀月を背後にして、白梅は僕のことを見下ろしていた。その目は虚ろで、それでいて悲しみに満ちていた。耳が風に揺れ、右手はお腹を押さえていた。

「…ど  て…」

風に消えるような小さな声で、白梅が呟く。僕はその唇の動きを追おうとしたが、逆光でよく分からない。

「…どうして…」

同じ言葉を呟く。今度はしっかりと耳に聞こえた。僕はその質問に答えようとして気づく。白梅が涙を流していることに。僕は言葉を失い、ただ白梅を見ていた。やがて白梅の顔が歪み始め、お腹を抑える力が強くなっているのも見て取れる。顔を朱に染め、「あっ…ああっ…」と喘ぐように声を上げる。僕は心配になって近づこうとすると、

「…来ちゃ…ダ…メ…」

白梅は擦れるように言葉を紡ぐ。それは僕への拒絶の言葉。それでも僕は白梅に近づき…

彼のナカから出てきたモノに自分のナカを貫通させられた。

口に暖かくて絡みつくものが溢れ出す。それは生臭く、鉄特有の苦い匂いがした。白梅は今にも泣きそうな顔で僕を見つめ、「…ゴメンナサイ…」と呟いた。彼も苦しいはずなのに、それでも僕を心配してくれた。貫通したモノは僕の中から消え去ると、そのまま暴れだした。周囲の土は抉れ、遊具は完膚なきまでに壊され、僕は地上を数十メートル飛ばされた。そのまま視界が明滅し始める。最後に見たのは、それが母体を食い破って生まれた瞬間だった…



この結果を僕は受け入れない。だから、返す。

この事実を僕は受け入れない。だから、戻す。

今使える最大限の力で、僕は僕の日常を守る。

たとえ、それが僕を殺してしまったとしても。

こうして、僕を巡る幸せと不幸せの物語が、幕を上げた…
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